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日常の何気ない出来事も、振り返るととキラキラの宝石たち。
なくさないよう宝石箱に書き綴ります。

ウズベキ一人旅 #003 ~ヒヴァへひとっとび~

2009年02月01日 22時02分39秒 | 
なんだか記憶が薄れ気味なので、帰国直後に書いた日記をもとに日記形式で。
先に言っとくけど、いつも以上に無駄に長くなるよ?!

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タシケント着は早朝4:30。
ここで、トランジットか入国かで乗るバスが分かれると…
あれー?!大半がトランジットなの?!バスに乗ったら、誰もいない・寒い・暗い、でいきなり『ビビる●木』モード。
次に乗ってきたのが日本人っぽいので、声をかけてみる。彼女はリシタンのNORIKO学級(歩き方にも載ってるよ)の日本語教師として二度目のウズベキとのこと。
入国審査(遅いっ!)待ち中、いろいろウズベキ情報をいただきました。ありがたいっ。。。
この時教えてくれた『ウズの人(一般の)は、まだそこまでスレてないよ。』『日本の中高年のツアーが多いのは、日本の昔って感じがする国だからみたい。』って、何か納得。今、改めて思うと。

この日は8:30のフライトでウルゲンチまでひとっとびするので、国内線ターミナルへと一人テクテク歩く。外はまだ真っ暗。。。
男の人が同じ方向に向かってくるので挨拶をしてみると、同じフライトだって。(現地人かと思って『サローム』と言ってみたらまさかの日本人…。どう見ても日本人には見えないエキゾチックな顔立ちの方だったんだけど…。現地人にも現地人に間違われてた。)
個人旅行の方だったので、ウルゲンチからヒヴァへのタクシーシェアしません?って誘ってみる。
暇だったので国際線まで舞い戻り10ドル分両替してみた。(2008年10月時点のレートはだいたい1ドル=1350スム。今はどうなんだろうね。)
  
左:夜が明けてきた空と国内線の管制塔。右:破れた壁のすきまから、パシャリ。ウズベキ航空の機体がズラリとそろう様は圧巻。
(ガイドブック情報で空港や駅では撮影NGって事だったので、コソコソ撮ってた。今にして思うと多分全然OKだと思う。タシケントの地下鉄以外なら。)

フライトはフランス人のツアーとビジネスマン風の人たちで満席。
前の座席に手をかけると、90度にバタンと倒れ(前に)ビビる。ってか、笑える。ってか、笑った。いたるところで同様の笑いが…。
そもそもウズ旅のルートはヒヴァ→ブハラ→サマルカンド→タシケントの順か、その逆か、が王道。
普通に観光してるとだいたいペースも同じになるから、一度会う人は各所で会うことになる。この便にいたフランス人ツアーも、4日くらい連続で見かけたよ。
エキゾチック氏も全く同じルートなんだけど、私よりプラス1週間のちょっぴりのんびりな旅のようで旅自体は全くかぶる事なし。
あたしだったら、プラス1週間あったらアラル海の船の墓場&砂漠ユルタキャンプも追加しちゃうけど。←欲張りタイプ。

ウルゲンチからヒヴァまでは、タクシーで30分くらい。
あ、ちなみにタクシーといってもウズベキではメータータクシーはない。いや、もしかしたらあるかもしれないけど…まずいない。
いわゆる『白タク』だから、価格は交渉次第。
ウルゲンチ空港で客待ちしているタクシーは、なかなか激しくボッてきます。
言い値は20ドルスタートだもん。いくらなんでもボリすぎだろう。。。(多分5ドルくらいまで落とせれば上出来だと思います。)
ちなみに公共の足だと、遅かったり乗り換えが必要。
まぁ、はやくヒヴァに着きたいという事で●ドルで手をうちましたが…。(悔しいから何ドルだったかは言わない。)適正価格がわからない外国ではちょっと負け気味。
地元民価格にならなくてもいいけれど、トラベラー価格の相場程度ではあって欲しいささやかな意地。。。

見よ!トラベラーからぼったくり悪どく儲けたお金(←決めつけ)で趣味悪く(失礼?!)デコレートされた車の内装を!

どのへんが…ってゆーと、このへん↓。オープンカーって言っていいんか分からんが、天井開くしね。

車は140キロくらいの猛スピードで爆走。(途中スピード違反でポリスつかまって罰金?賄賂?払ってたけど。)

ヒヴァの北門指定で降りる。門をくぐるとイチャン・カラと呼ばれるヒヴァの城壁内に。
まずは今日の宿探し。第一候補にしていた『メロス』へ。
希望しているテラス付きの部屋は、まだ前のお客さんがチェックアウトしてないから部屋を見せれないけどOKって事。
この宿は事前情報で評判が良かったし、ヒヴァは1日しかいない予定で宿探しに時間は使いたくないので、ここで即決。

*** Meros *** 
新しめな宿だし掃除も行き届いてるし、共同スペースも広いよ。
アクシェフ・ババの見張り台から見えた、宿の全景。

看板の部分(2階)があたしの部屋。看板左横が、あたしの部屋のテラス↓にあたる部分。

ほぼ寝に帰っただけなのでテラスも共同スペースも全然使わなかったよ。全く何してんだか。。。
ウズベキの夏は砂漠地帯だけあって酷暑らしいから、テラスや屋上で昼寝したり、夜風にあたって星空ながめるの、いいんじゃなーい?!
  
部屋はこんな感じ。壁には『スザニ』という刺繍が施された布。
メインストリートのはずれにあるため、屋上からはイチャン・カラを見渡せますってガイドブックには書いてあったけど…ごにょごにょ(もうちと高さが欲しいかな。。。)
この旅最高級価格15ドル(朝食付き)。連泊したりテラス付き部屋じゃなければ、もうちと安いよ。
シャワールームは広く、お湯の出は良好。(ただヒヴァ全体かもしれないけどちと鉄っぽい感じ。)

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荷物を預かってもらい、次はエキゾチック氏が向かう『アルカンチ』へついていってみる。
『アルカンチ』はなかなか大きな宿のようで、丁度昼時だったため名古屋からのツアーの方たちが中庭で昼食とるために案内されて入ってきた。
この方たちは私の逆ルートで周るツアーだったようでヒヴァが最後だけどの街が一番気にいったって。小さなヒヴァの街ではその後何度も出くわし、その度にめっちゃ遠くからでもブンブン手を振ってくれる。ビバ!名古屋魂。
エキゾチック氏は『疲れたから、今日はもう寝る』と早速のんびりモードだったため、ここでバイバイ。(これがエキゾチック氏との最後。)

観光前に、まずインフォメーションへ。
というのも、翌日向かうブハラへの車チャーターのシェア仲間募集があたしのこの街での重要任務だから。
インフォメーションに『シェア仲間募集』の張り紙をはらせてもらう。この時は英語を話せるお姉さんがいて『じゃあ5時にもう一度ここに来てね!』って。
見つからなかったら、最悪一人でチャーターしてもいいんだけど長時間の移動だから出来れば誰かとシェアしたいなーって。
他の区間の移動は列車の予定だったから、ブハラへの移動がこの旅の一番の心配事だったのね。ほら、ビビル●木だから。
ちなみにインフォメーションは5時に行ったら、ロシア語じゃないと無理な感じの人しかいなかったから常に英語が通じるワケではないけど、お姉さんに電話で連絡とってくれたりして親切。奥には結構新しげなPCもあったから、ネットしたくなったらココへどうぞ。(速度は不明)

ヒヴァの共通チケットは、タシケント空港で両替した10ドル分じゃ足りない。
一旦宿に戻り、『両替できる?』って聞いてみると、宿の息子氏がバザール内の電気屋?みたいなところにつれってくれる。(レート:1ドル=1420スム)
このレートが結果一番良かったので、もしかしてこれは闇両替というものだったのか?
ウズベキでは昔と違って一般人も両替が自由にできるようになったようで、闇両替はブハラで一度だけ持ちかけられたくらい。(単に両替したかっただけかもしれないし、実際んとこどーなんでしょ?)
ヒヴァのバザールは観光客が喜びそうなものは売ってないけど、生活感ありありでいい感じ。

街をブラブラしてると、日本人の読書青年を発見でシェアタク勧誘。
残念ながら彼はあたしとは逆ルートで周ってて、ブハラ→ヒヴァは乗り合いタクシー(一応?公共のタクシーといっていいのかな…?定員4人がそろったら出発するタクシーです。)で来たって。
シェア仲間みつからなかったら、あたしも乗り合いタクシーにしよっかな。

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い、いかーーーーーーーーーん・・・我ながら長すぎる。。。まだ観光に入ってないじゃんか(汗)
予想以上に、長くなったんで一旦終了。つづきは、また次回。

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