曲名:アトランティス
作曲者:樽屋雅徳
時間:8分20秒
出版社:CAFUA
参考音源:アトランティス(CAFUA)
レビューもたまには新作、かつ、話題の作品でもと思い今回はこれを選びました。昨日買ったばかりのCDです。常に話題となる樽屋作品ですが、管理人は樽屋作品は嫌いではありません。いや、素直に好きというべきでしょうか。世間でよくいろいろ言われますが、これだけの支持を受けるのは事実。樽屋作品の魅力とは何でしょうか。
今回レビューに取り上げる“アトランティス”はいわゆる樽屋作品の「テンプレート」を外すことなく、期待通りの作品です。しかしながら“マゼランの未知なる大陸への挑戦”や“民衆を導く自由の女神”などの初期の作品から比べるとかなり「新しい試み」が多くなされています。
序奏は大洪水の予兆である雨が降り始める情景からスタート。樽屋作品によくある鍵盤楽器の断片的なフレーズの上に管楽器が重なり、煌くような響きから始まります。そしてすぐに樽屋節全開のコラールが重厚に鳴り響きますが、長くは続きません。明るい不協和音の上に打楽器が踊りだしたかと思うと、すぐさまに快速部へ入り、大洪水が描写されます。この快速部は今までの樽屋作品とは一味違いますね。ポップス的なシンコペーションを多用し、ビート感溢れるライドシンバルが洒落た雰囲気を出します、どことなくゴーブの“アウェイデー”を思い起こさせる感じです。大洪水が去ったあとはお約束、いつもの樽屋コラールが4分間に渡って築き上げられます。この展開は“トビアスの家を去る大天使ラファエル”に近いですね。終了直前に鍵盤楽器による断片が再び現れたかと思うと快速部のテーマが少しだけ顔を出します。しかし長くは続かず、クライマックスを迎えた樽屋コラールが全面に現れ、感動のフィナーレを迎えます。作品の方向性自体は従来どおりですが、ややポップス的な部分があったり、使われる和音が少し前衛的な和音だったりします。管理人は好きです。
余談ですが同ディスクに収録されている“カタリナの神秘の結婚”もいつもの樽屋節全開です。樽屋作品に樽屋節を期待している方は買って損はないですよ。(2008.6.29)
~あれから12年~
いまだに邦人作品の第一線、何なら楽譜の売上高で言えばトップ5に入るぐらいではないでしょうか。すごいものです。いやもう、本当にすごい。一過性のものにならなかったのは作曲者の努力と研鑽の賜物。現在は全国大会にも普通に現れるようになりました。演奏会もコンクールも、バンドの大小を問わず、日本全体に浸透したのは作曲家冥利に尽きるものと思います。
よくテンプレート作曲家として挙げられますが、いろいろ聴いてみると、時の流れの節々で「ガチ」で書いている節があります。“ラザロの復活”、“白磁の月の輝宮夜”、“眠るヴィシュヌの木”、最近では“November19”など、新しい方向性を模索し、常に考えているように感じられます。すごいですね、人間はなかなかそうはならないものです。
樽屋作品でいいアイデアだなあと思うのはいくつかあります。ひとつはティンパニはとてつもなく低いこと。平気で下のDとか出てきますもんね。この辺りはティンパニの音程が定まらないと思いますが、いわゆる映画音楽的な…クラウス・バデルトのシンセサイザーがギュイギュイいうような、ああいったサウンドを志向しているのだろうと思います。そしてその思惑は見事に成功している。R.W.スミスが打楽器を擬音楽器としてかなり頻繁に使っていた時代がありましたが、それとはまた別なる「打楽器の効果音的使用」の例ですね。
次に横のつながりを無視した不協和音の使い方。これは同年代の作曲家のほかもそうですが、いわゆる和声的には必然性のない不協和音が多く見受けられます。ものすごくザクっといえば、とりあえず短2度で当てる、など。たとえば“マードックからの最後の手紙”で、2回目のアップテンポに入る直前、木管群はA♭の和音を鳴らしています。アップテンポに入ると調性はC-Minorですし、その直前はE♭‐Majorっぽい挙動をするので、このA♭はサブドミナントとして機能するかと思います…たぶん。とするならば、トランペットの3rdがもっているEの音は何やねん、というツッコミが入ります。前後の調性に関係のない音で、機能上A♭が持つことのできない音、理論上は出所がよく分からない音になると思います。で、おそらくは続くアップテンポでE♭にD、GにA♭を当てているので、構成音に対して短2度、ということで、第5音に対して短2度という意味でのE♭に対するEだと思われます。しかしながら、調性上導きだしにくい音を鳴らしているため、ここだけ何だか調性感のない音が響きます。こういった手法は清水大輔や八木澤教司もよく使っています。シンプルな非和声音ですが、緊張感の出る効果抜群な手法です。
ちなみにこのEの音、たとえば6音のFからE♭に向かう経過音…という考えもなくはないのですが、Fがないんですよね。あったらなあ。あと半音で当てるならDでもよかったんじゃないか、とも思います。DだとA♭から導けるし。ところがそれだと続くアップテンポでオクターヴを超えた跳躍になってしまう。それならトランペット3rdをトロンボーンと同じ音域にすればDでも…そうするとアップテンポ以降のメロディがトランペット3rdだけ低すぎて吹けないことになる。何よりも構成音を変えると響きは自然になりますが、アップテンポ以降のホルンの不協和音の合理的説明がつかなくなる…。うーん、八方ふさがりか、ええい!ままよ!!…という苦肉の策だったのではないかと思っています。たった1音ですが、作曲者の苦心がうかがえるような気がします。…まあ、これらのすべては管理人の妄想なので、間違っていたらすみません。
最後はもちろん、グイグイ歌わせるメロディ。いやもうこれはいいんですよ。いい、すごくいいです。誰が何と言おうと胸キュンです。胸キュンは、書けない人には絶対に書けないのです。書けるだけですごいです。胸キュンメロディが書けるのは、それはもうすごい力。圧倒的パワー!しかも狭い音域をあらゆる楽器が入り乱れる入り乱れる!でも何だか全部上手いこと吹けば聴こえちゃう!これも1つの武器なんだなあと思います。
時代を超えて愛される樽屋作品。何やかんやであと数十年は生き残っているかもしれませんね。(2020.7.25)