旧約聖書偽典エノク書は語る。
人に惹かれ、神の御業を人に授け、堕天使となった天使がいた。
それに怒った神の意を受け、大洪水の引き金を引いた天使がいた。
文明の名の下に、神を否定し、軌道エレベータと言う名の神に弓引くバベルの塔を築き上げた神亡き大地に機械の体を以って舞い降りた天使達。
人類に齎すのは、救済か。粛清か。
滾る血はまるで沸騰しているようだった。
操縦桿を握る手にこれ程までに力を込めた事はない。
その感情は刹那個人の憎悪ではなく、もっと深くに根付く所にある人としての尊厳そのものを踏み躙る行為への人としての純粋なまでの怒りだった。
宗教、人種、貧富、エネルギー、イデオロギー。
人が人と争う数多の理由に“否”を突き付ける為に始めた、戦争根絶の為のラグナロク。
痛みを無くす為に痛みを齎すその矛盾を考え続け、それでいいのかと心の何処かで迷いながらも、それでも、と力を振るっていたのは刹那だけではないと確信を持って言える。
その迷い、戸惑いながらも、それでも、前へと進んでいけるのがガンダムマイスターである、と。
だが、こいつらは違う。
戦争根絶という言葉を建前以外のものにしかしていない。振り撒くのはただの痛み。そこから先など望めない破滅的な苦痛にしか過ぎない。
「エクシア、目標を補足。三機のガンダムスローネを紛争幇助対象と断定し、武力介入を開始する」
やっている事は同じなのだ、と。お前らも変わらないのだ、と。
例え、世界にそう告げられたとしても、断固として否と答えなければならないのだと刹那はその双眸を険しくした。
ここでこいつらをガンダムだと――神だと認めてしまえば、何にも応えず、存在すら示さなかった神の下、その幼い命を散らせるしかなかった少年の真っ直ぐの眼差しにまた何も応えられず、ただ悪戯に命を失わせる暗い彼岸へと見送る事しか出来なくなる。
世界の歪みを問われ、その答えに手は届かなくとも、『それでも』と言えるだけの強さを持って、手の伸ばし続ける事が大切なのだと言った人がいた。
今ここで、座して見て見ぬ振りをし続け、心の中で俺はあいつ等とは違うと唱えるだけでその眼差しに応える事が出来るとは刹那には思えなかった。
それでいいとは決して頷いてくれず、悲哀が似合い過ぎる儚さが秀麗さを色濃く薫らせるマリナ・イスマイールの容貌を脳裏に溶かした刹那は神の意を駆る天使に向かって、否の声を向けた。
「エクシア、目標を駆逐する……!」
吹き入れた躍動に応えるようにエクシアは、闇の帳を切り裂き、顕現した陽光にその白色の機体を輝かせながら、彼女の蒼い瞳を移した空の色を濁す血の色の悪意を撒き散らす天使へと挑んでいった。
神を否定した神亡き大地で、堕ちた天使と神の意を代る天使が剣戟を響かせた。
next……?
18話ラストの余りの刹那の格好良さに一気に書いてしまいました(笑)
もう、本当に刹那頑張れ……!!
初・刹マリ的MS戦と言えるかも知れません。