宣教するならば奇跡を見る
それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」
マルコ16:15~18
1965年9月26日から始まったインドネシアのリバイバル。
そのあかし人として神に用いられたメルキオ・タリ(1947-)は、義兄の牧師に起こった神の奇跡をあかししている。
異教の村ベーレに伝道に入っていった牧師は、村の広場で説教をはじめると、村人たちはそれを聞いて怒りだした。
彼らは石を投げて殺そうと、いっせいに牧師めがけてこぶし大の石をガンガンと投げつけた。
石は牧師の目の前まで飛んできたが、ちょうど壁があるかのようにすべて落ちてしまった。
それを見て、異教の村人たちは恐れをなし、牧師の話をおとなしく聞いて、ついには多数の人々がイエスを救い主として受け入れたのであった。
キリスト教例話事典より
神は、ご自分の信者たちを守るために、奇蹟的に介入されることがある。時折神は彼らに特別なカを与える。パウロは蛇の毒から守られ(使徒28:5)、弟子たちは病人をいやした(マタイ10:1、使徒3:7、8)。
しかしながらこれらの奇跡は、クリスチャンが主の証しをする旅の途中で起こったのである。であるから現在も、私たちが奇跡を体験したいのなら、宣教したいという心が基盤となるのである。