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「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律案」(わいせつ教員対策法案)の5つの問題点(この法案はわいせつ教員排除の根本的解決とはいえない)

1 「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律案」の5つの問題点

(1)教員のわいせつ行為等による懲戒処分 

 わいせつ行為等により懲戒処分を受けた公立学校教員

年度

  人数

令和元年

  273

平成30年

  282

平成29年

  210

平成28年

  226

平成27年

  224

  ・

   ・

平成23年

  170

 

 この表からもわかるとおり、わいせつ行為等によって懲戒処分を受けた公立学校教員は増加しており、この中には、自校の児童生徒など18歳未満の者に対するわいせつ行為を行い懲戒免職となった教員も多く含まれています(例えば令和元年度は懲戒免職121人、停職5人)。また国立、私立等の学校教員も同様な傾向があると見られます。

(2)わいせつ教員の免許再取得

 わいせつ行為等によって懲戒免職処分等を受け、教員免許の失効または取上げ処分を受けた教員でも、現行法では、失効等から3年を経過すれば免許の再取得が可能になります。このような教員の教員免許再取得については、何からの立法措置が必要としてこれまで多くの議論が重ねられてきました。

(3)文科省の取り組み

 文科省は、昨年、わいせつ行為等による懲戒免職処分を受けた者に教員免許を無期限に再付与しない制度を検討していましたが、刑の消滅の均衡等により断念したという経緯があります。

 なお文科省は、教員の採用権者に対し、過去40年間分の検索が可能な「官報情報検索ツール」を提供しています。また、本年4月からは、懲戒免職処分等の理由がわいせつ行為等かどうかについても官報に掲載することとしましたので、採用権者とにとってこの検索ツールは、内容は限定的ですが有効な情報源となるでしょう。 

(4)議員立法による「わいせつ教員対策法案」

 他方、国会議員による議員立法に向けた検討として、与党のワーキングチームが作成した「わいせつ教員対策法案」に野党4党が合意し、衆議院文部科学委員会を経て、衆議院に法案が提出され、2012年5月25日、衆議院で可決され、参議院に送付されました。このあと参議院での審議を経て、今国会で成立することは間違いないでしょう。

 この法案は、今国会での成立を目指しての大変なスピード審議です。この法案は、わいせつ教員が再び教員免許を取得しないための法制度として大変有効なものですが、問題点がないわけではありません。その問題点を5つ取り上げたいと思います。

 

2 (問題点その1)「児童生徒性暴力」の該当性判断が困難な場合がある

 まず、前提として、この法案の教員免許再授与の仕組みとしては、教員免許の失効や取上げが「児童生徒性暴力等」を原因とする場合には、その後の事情により再授与をしてもよいと認められる場合だけについては、いわば例外的に再授与ができるというものです。

 この仕組みから明らかなとおり、「児童生徒性暴力等」が原因と認定されるかどうかはその後の再授与手続に大きな差異が生じます。ということであれば、大きな差異が生じる要件は一義的で該当性判断が困難でないものとするのが基本的な原則です。

 この点で、この法案の「児童生徒性暴力等」の要件(第2条3項1号から5号)の「児童生徒等の心身に有害な影響を与えるおそれがないと認められる特別の事情」(同項1号)や、「児童生徒等の心身に有害な影響を与えるもの」(同項4号、5号)等は幅のある判断事項ですから、懲戒免職処分等をする際に「児童生徒性暴力等」の該当性判断が困難な場合が生じることが想定されます。

 

3 (問題点その2)停職以下の懲戒処分や罰金刑を受けたわいせつ教員は対象外

 この法案が対象にしている「わいせつ教員」は、「児童生徒性暴力等」が原因となって懲戒免職等の処分を受けた教員です。しかし現実には、相当悪質なわいせつ行為をした教員でも、情状酌量により停職や減給にとどまる例は少なくありません。また、わいせつ犯罪まで犯しても、罰金刑以下であれば、教員免許はそのことによっては失効しないことは現行法のままです。このようにこの法案の対象は限定的ですので、この法案で「わいせつ教員が根絶できるわけではありません

 なお、観点は異なりますが、児童生徒に対する体罰によって懲戒免職となった教員も同じように厳格な再授与審査をすべきとの議論も出てくるでしょう。

 また、この法案では、幼稚園や幼保連携型認定こども園の教諭等も対象となっていますので、保育士の欠格事由についての制度設計もすぐに検討しなければならないでしょう。

 

4 (問題点その3)教員免許の再授与の要件が漠然としている

 この法案の要である「わいせつ教員」に対する免許再授与手続(22条)として規定されている再授与の要件は、当該教員の「改善更生の状況その他その後の事情により再び免許状を付与するのが適当であると認められる場合」です。

 しかし、ここでいう「改善更生の状況その他その後の事情」というのは漠然としていて何を指すのが判然としません。ということは、都道府県教育委員会ごとにその判断がまちまちになることもありえます。もちろん文科省は基準を通知するでしょうが、加害者更生プログラムができればその受講によってクリアできるのでしょうか。いずれにしても、再授与が適当かどうかという判断はどうしてもばらつきが出てくるでしょう。

 また、それでなくても多忙な都道府県教育委員会に、公平性、中立性を求められる再授与手続と再授与審査会の事務という難しい業務を割り当てるのが適切かどうかということも問題になるでしょう。また再授与しないときそれを訴訟で争われることも出てくるでしょうから、さらに対応を迫られるでしょう。

 

5 (問題点その4)「データベース」としてどの程度のことが記録されるのかが不明

 前述のとおり、本年4月から、教員免許の失効または取上げの官報掲載については、その理由がわいせつ行為等によるかどうかも掲載されるようになっていますが、この検索データは官報掲載という公開情報が対象です。

 この法案では、国へのデータベース整備義務と都道府県教育委員会へのデータベース記録義務を定めています(15条)。データベースそのものは必要なことなのですが、この法案には、「データベース」にどこまでの情報を記録するのかが書かれていません。

 もちろん「必要な措置を講ずるものとする」とあるので、文科省が具体的に定めることになるのでしょうが、どの程度の情報をデータベース化するか、管理をどのようにするかなども非常に難しい内容になりますし、ここでも教育委員会による記録のばらつきも生じるでしょう。また守秘義務はどうなるのか、当該教員がデータベースの開示請求をしたときにどうするのか、記載が誤っていると訴訟で争ってきたらどうするかなどの問題も出てくるでしょう。

 

6 (問題点その5)私立学校の懲戒解雇処分逃れが防げない

 私立学校の教育職員については、この法案でいう「児童生徒性暴力」による懲戒解雇処分を逃れるため、その処分前に退職届を提出して退職する例があります。私立学校の場合は公務員と異なり、退職届の提出によって退職が有効になるので懲戒処分が間に合わなくなるのです。

 この点は、ある意味では、懲戒処分の「官民格差」(ただし民が有利)ともいうべきものです。このような制度逃れに対して、この法案では何も対応されていません。

 

7 まとめ 

 この法案は、教員免許の再授与時をとらえて、その段階でわいせつ教員を振るい落とそうとするもので、わいせつ教員排除のための有効な方法ではありますが、わいせつ教員に対する網としては限定的なものです。

 わいせつ教員の排除は、教員採用時の情報を充実させることが本来の方法でしょう。その点で、これから本格的に検討の始まる「日本版DBS」に期待するところが大きいといえます。

 このような意味で、この法案は緊急措置としての意義はありますが、わいせつ教員排除のための根本的な解決とはいえないでしょう


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