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冬の駅から#5

2021年04月14日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ
焼き芋みたいな
エッセイ・シリーズ  (47)


冬の駅から #5

デンスケの家は中学校から自転車で20分ほどの田園地帯にあった。
デンスケを先頭に、僕は皆の列の一番後ろに付いて行った。

辺り一面、広々とした田んぼが延々と続く国道を、自転車を漕いで走るのは
気分が爽快だった。その時一緒にいたのがイイっちとフジオとコータだ。
三人ともデンスケの小学校時代からの幼なじみだった。

               

この日のことは、今でも鮮明に覚えている。
デンスケの家は、のどかな感じの典型的な農家の佇まいで、

デンスケの部屋は二階にあった。
部屋に入って真っ先に目についたのは、ステレオと何枚かのLPレコードと
アコースティックギターだった。

「音楽好きなんだ?」僕は訊いた。
「うん。好きだよ。そっちは聴かないの?」
「たまに、歌番組観るくらいだわ」
「井上陽水は?」
「あんまり知らない」
「ほんと?じゃあ、かぐや姫は?」
「あんまり知らない」

僕とデンスケのやりとりを聞いていた皆が
少しびっくりしたように言った。
「えっ!かぐや姫知らないのかあ?」
「カーペンターズなら分かるよ」
「カーペンターズかあ」
皆少し力のない声を出した。
「カーペンターズ、だめか?」
「いや、そうじゃなくてさ、ま、いいや」

そう言ってデンスケはおもむろに一枚のLPレコードを取って、
それにステレオの針を落とした。

「これ、井上陽水のライブ盤。どう?いいっしょ?」
「うん、ナンカいいね」
「兄さんから借りてるんだ。この人の歌好きなんだよ」

そう言うとデンスケは壁に立て掛けてあったギターを抱えて、
ステレオから流れて来る歌に合わせ、ボロンボロンとつま弾き始めた。

「ギター弾けるんだ?」
「まだヘタだけどね」
「すごいなあ。あ、この歌知ってるわ!ラジオで何回か聴いたことある」

「だろ。ちょっと歌ってみる?伴奏するから」
「ん?どうやって?」

弾き語りなんてやったこともなかった。

只、弾き語りを見たことは一回だけあった。
いつだったか、放課後の学校の体育館のステージで、上級生の女子生徒が
文化祭に向けてだろうか、練習しているのをたまたま見たのだ。
フォークギターを弾きながら歌うその上級生の美しい声に感動して、
しばらく僕は体育館の隅で聴いていた。
今思うと、それが生で初めて見た弾き語りだったと思う。強烈な印象だった。


                                                                         


「一回ボローンと鳴らすから、そしたら歌い出してよ」
デンスケのギターに合わせて何回かやり直しながら、
僕は少しずつ

タイミングを掴んで行った。
「そう、今の感じで入ってくればいいよ」
そんなやりとりをするうちに、僕はだんだん楽しくなって来た。
他の皆は床に寝転がり、僕らのやりとりを面白そうに眺めていた。

「いい声してるんじゃない?」デンスケがそう言った。
「ほんとか?」
「うん。すごくいいと思うわ。ナンカいい」
「そっかぁ?」
それまで誰かの前で歌うなんて経験もなかったから、
そう言われてびっくりして、けど何だか嬉しかった。
イイっちとフジオらも「うんうん、いいね」と褒めてくれた。

「今度さ、文化祭出てみない?」唐突にデンスケが言った。
「ん?」
「もうすぐ文化祭あるっしょ。僕がギター弾くから横で歌ってよ」
「いんや、無理だわ。それは無理だ」

「大丈夫だって」
「なにが大丈夫なんだよ、絶対出ないよ」
「出ればいいっしょ!大丈夫だって」周りの皆も面白がって囃し立てた。

「だって皆みてるんだろ?500人以上いるぞ。嫌だ。それにオレ、ギター持ってないし」
「ギターはいらないよ。歌だけだから」
「歌だけ?」
「うん。ギターは弾くから、横で歌えばいいんだ。な、出ようよ」
「いんやだ。無理だ」
「出よう!」
「いんやだ!」

頑固として断る僕をみて、皆が笑っていた。コータなどは床に転がって
腹を抱えて笑っていた。結局、文化祭に出ることになってしまった(むはは)。
デンスケと、もう一人モリタという同級生がギター伴奏で、
僕がボーカルをすることになった。
全校生徒の前で歌う・・それを想像すると恥ずかしかったり、恐かったり。
ただ、それまで僕の知らなかった、何か優しい光のようなものが、

皆とくつろぐ部屋に柔らかく射し込んでいるのを感じていた。




             ー続ー



      星空Cafe、それじゃまた。
       皆さん、お元気で!

  

           





   無人島に漂着した親子」より(むはは)
           いつも読んで頂いて、ありがとうございます!
          「冬の駅から」この章はちょっとまだまだ長くなりそうですが、
          (完)まで何とか頑張って書き終えたいと思っています。by S.Y


星Cafeラジオ #5ーs.y  2019.12(リクエスト・再)
「FBで懐かしいひとが」+♪ 弾き語り I Need To Be In Love (青春の輝き)/CARPENTERS
              








                

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