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キチガイかも知れんなあバタ屋トーナイ 禰宜の口走ることは しかし それは仕方がない 先祖も切れた事をやってたからもある金属と祈り中山太神宮→籠神社の西の古墳

2017-04-10 06:16:08 | Weblog

古墳や社を宇宙から覗くと 岡山県の地図にピンが打ってあるんじゃ 

作山古墳→月の輪古墳→中山太神宮(東内誠家)その直線の先は籠神社 元伊勢

禰宜ねぎ

禰宜の意味(禰宜とは)

禰宜とは、神社における神職の職名のひとつです。一般的な神社では、
上から宮司、禰宜、権禰宜の順になっていて、
禰宜は宮司を補佐する立場の職位です。
禰宜は、ねぎらうの語源でもある「ねぐ」から来た言葉で、ねぐという言葉を目上の人に使う場合には「祈ぐ」と書き、祈る、祈願するという意味もあります。
 

神の心を和ませ、その加護を願うという意味です。

禰宜は祭祀を専門に行う者の役割があり、現在でも、主に祭祀を執り行う際には、重要な役割を果たします。

禰宜の実際

明治以降になると、伊勢神宮や官国幣社に禰宜を設置い、第二次世界大戦後には、すべての神社宮司と禰宜を置く現在の制度が整いました。神職奉務規則にのっとり、原則的に、宮司と禰宜は各神社には1名ずつが在籍します。
慣習として、関東では神職についているものを総じて「神主さん」関西では「禰宜さま」と呼ぶことがあります。職名と職位を考えると、神主は宮司で神社の神職の長のことを、禰宜はその下で祭祀や祈祷を行う者となります
 
4/9のNHK おんな城主 直虎では 次郎法師は 自らを直虎と名乗り始め 虎松の後見人として
城主を始めたころの 百姓や神職の禰宜(ねぎ)との 争いの場面だった
 
日本の戦国時代の 井伊家の絶対に滅びないという踏ん張りをみせる 物語りである
 
4/9井伊谷徳政令 の場面で 女城主 直虎が農民の心を掴んだ場面でした
ここで 井伊谷の 神職が 百姓を先導する場面がみられた
戦国時代 宮に勤めたモノの 地位というか そんなのが、垣間見られた
 
なんか此の場面で出てきた神官 禰宜は 悪者に されていましたねえ
 
宮の建物には お百姓が集っていた風景だ
 
150年ほども 前の時代は 何処の村も そうだったんかなあ~
ワシのトーナイ 先祖が出入りしていたのは 一国の一宮なので あんな小さな社ではないな
その昔 岡山県は 西暦700年過ぎからは3つの国に別れ その一つの美作の国のNO1の社が中山神社や
 
もっと時代を遡れば、
西暦では450年前後かな 岡山県に(作山古墳)の 前方後円墳が造られた時代では
その作山古墳の→の方向は 柵原鉱山 下の付近にある (月の輪古墳)を(西暦400年前後) 示していまして、
その直線状には ワシの 岡山県美作市楢原上748番 トーナイ誠の家の五矛祠を (中山太神宮)を示す
 
また(吉備津彦神社)を 拝めば 
岡山県北部にある 津山市の 美作一の宮 (中山神社)を拝む方向に まったく狂いはない
 
岡山県地図を持っている人は その地図の上に 長い物差しで 直線をひいてみてくれ
 
明治時代頃まで  東内 誠の 先祖は 津山市の みまさか一宮 中山神社に出入りさせて貰っていた
そんでも 中山神社が創建される前の 元祖中の元祖は 中山太トーナイ神宮が 実は元祖中の 元祖では なかろうか
 
岡山県南部の 二つの吉備津の宮の 中にも どうも かなり昔より藤内トーナイが 潜んでいるんだ
 
上に書いた(月の輪古墳) これは 岡山県 美咲町 柵原鉱山付近 ワシが神秘を感じる 尾谷の村の傍で 
戦国時代では 下山 というのが 城主じゃ 
神主は藤原氏が都より下向し やっていまして、
唐内トーナイも 下山の城主が左で右が唐内トーナイ
そんなん 関係する
 
岡山の古墳の傍には 金属の山があったり、
その古墳が示す 方向には 
神様が関係しとる それは間違いない
 
これは この地図の上に 直線をひいている人の ブログを参考にしたが 
 
その線の真下に 中山太神宮があることは ワシが
昨日 発見した
此の直線を 真っ直ぐに日本海にまで 伸ばせば 
元伊勢 籠神社すぐ 西の また古い 古墳に直線が交わる
 
今の時代より 1300年 1500年 1600年 それ以上も前の時代より 
なんかしら 地図にピンが打ってあるんだ
古墳の方向とか
いにしえからの 社とか鉱山
 
 
今朝は神職 神官 神主 禰宜 鉱山にも関わる話と
古代より 古墳や神社は 空より みたら ピンを打ってある という話しでした
 
金属と祈りに 超古代より関わりの深い バタ屋トーナイ 中山太神宮 当代
 
今日も金属を仕分ける それしか 無い
 
 
左下のスタート地点を 作山古墳(前方後円墳日本で10位)にして 旧 柵原鉱山横の 月の輪古墳を 目指せば その先は
美作市楢原上の 中山太神宮 跡 東内誠の実家の真上を
ラインが抜ける そんで兵庫県の気になる市や そこを抜けて
元伊勢の 籠神社に 西の古墳に出るライン
この古墳は かなり古いぞ
全ての場所は 金属と祈りに関わる 古代から 関わるのだ
そんなん が 浮かんできました
 
そやねん ワシは小学校の頃より こんなキチガイじみた事を
口走るんだわ・・・
これは 血の中に なにか 悪いものが含有しとる
かも 知れんなあ
 
占いとか される方には あんたは なんか 恐ろしい とか言われる事もある

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