今日の一言

日々の生活の中で見つけた「なぜ・なに」について書いています。

思い出の

2024-07-15 14:13:56 | Weblog

Car Tag』の記事で書いたように、アメリカ留学の思い出に持って帰ってきたナンバープレートがこちらです。真ん中がメリーランド州の州旗です。調べてみるとLicense Tagという表現が一般的のようです。

オフィスに返却する時に記念に欲しいとお願いすると1枚だけもらう事ができました。今はどうなっているのでしょう? 担当者や、もしかすると州によってはこの裏技は使えないかもしれません。現在留学中の方、これから留学する方で車を登録して利用する方は帰国時に是非一度試してみてはいかがでしょうか。

ネットで見ると、現在はプレートの背景を選べるようになっているようです。私の頃もこんなおしゃれなプレートがあったら選んでいたのに。

メリーランド州の車両関係のオフィスはMVA(Maryland Motor Vehicle Administration )にあります。私はGaithersburgにあるMVAを利用しました。運転免許取得や車両の登録などでお世話になる所です。このMVAのウエブサイトでは運転免許を取るために受けるテストの模擬練習ができるのですが、国外からのアクセス制限がかかっているのか今は使う事ができないようです。テスト問題の中には日本では考えられないようなちょっと変わったものがあって面白いです。

GaithersburgのMVAをGoogle Mapで見るとこんな感じです。実技試験をここの敷地内で受ける事になります。日本では教習所で車を用意してくれますが、なんとアメリカは誰かの車を借りて運転しないといけません。私は前任の先生の車を借りて実技試験を受けました。

助手席に試験官が乗り込んできたら、エンジンをかけて左側に見える建物の横から実技試験はスタートします。黄色の矢印の所を進み、道路を横切って右側のエリアで実技試験を受けますがここで1つ大切な事があります。それは赤印の所にあるSTOPの標識でしっかりと車を停車させないと、即不合格になってしまいます。実はアメリカではSTOP標識での一時停止は絶対的で、怠ると厳しく取り締まりを受ける事になります。赤丸の所で十分すぎる程に車を制止させる事は、あらかじめ聞いていたので私は大丈夫でした。試験の最後は縦列駐車でしたが難なくこなせて、少し怖そうな男性の試験官でしたが、なんとか合格を貰う事ができました。今でもあの時の緊張感を思い出します。


3か月でマスターする

2024-06-26 12:04:09 | Weblog

歴史を学ぶ時は前後の流れを意識して考えると理解しやすいと、学生の頃に先生がよく話していました。

私は高校生の時には世界史を選択しました。歴史を世界レベルでグローバルにとらえたい事、いつか世界旅行をした時に役立つ事、そんな理由だったと思います。しかし実際には多くの国の歴史が混在して複雑に絡み合い、勉強するのはとても大変だった記憶があります。

さてこの春よりNHKで「3か月でマスターする世界史」というテレビ番組が始まりました。この番組は世界史をアジアの視線から捉える事がテーマです。一般的に世界史は西洋の見方で解釈したものが多いので、日本も属するアジアから見た歴史を学ぶ事が目的です。最初は4大文明の発祥から始まりましたが、そこでもアジアの遊牧民族の存在が重要だったという解説がありました。

そのような番組も前回の放送で最後となりました。最終回は世界大戦後の現代社会についてでしたが、驚いたのは現在の混沌とした世界情勢にまで踏み込んでいた事です。なぜいつになっても戦争はなくならないのか、これは私たち人類に課せられた永遠の課題です。そして番組の最後で語られたこの言葉がとても印象深く聞こえました。

歴史を学ぶこと現代を学ぶことになる感覚を養う

学校の歴史の授業では暗記ばかりが先行しがちですが、実際には「このような事が起こると必然的に次はこのような事が起こる」という流れが大切です。子供の頃はこの因果関係を理解するのが難しいものです。しかし事象を分かりやすく、例えば学校のクラスでの出来事などに置き換えると分かりやすいかもしれません。そして小さい頃から、歴史は互いにつながっている感覚を養っておくと、未来の見方も変わってきます。現在起こっている事は、実は遠い昔に起こった歴史に起源している事が多いのです。

この番組を3か月間見る事によって、私の歴史観や世界観が少し変わった気がします。そしてもっと深く歴史を学びたいと思いました。

ところで次回からは新しい番組が始まります。タイトルは「3か月でマスターする数学」です。実際にはとても難しい事ですが、目標を絞って数学の面白さを伝えるような番組になるのではと期待しています。


そろそろかな

2024-06-26 10:31:21 | Weblog

朝の出勤時に、いつも通る美容院の前で鳥の鳴き声が聞こえました。

自転車をとめて 見上げると、、、

親鳥と見間違いそうなくらい大きいですが、よく見ると子供のようです。奥にもう1羽います。それにしてもどうしてこんな狭い所に巣を作ったのかな。2羽とも、そろそろ巣立ちしそうですね。それとも、もう少し親鳥に甘えたいのでしょうか。

翌日見ると、もう2羽とも巣立っていました。狭い間取りでよく頑張りました。


エキスポ70

2024-06-23 12:14:10 | Weblog

今から50年以上前の夏休みの事です。いつも仕事で忙しい父が休みをとって、家族で大阪の万国博覧会に行きました。とは言っても私はまだ小さかったので、当時の記憶はほとんど残っていません。断片的な思い出のほとんどは、アルバムの写真からのものです。しかし微かな記憶を辿ると、夜遅い時間に煌びやかな電飾の中を家族で歩いた事は憶えています。自分にとってこの非日常的な行動が、とても貴重で嬉しくて記憶に深く残っているようです。

実は現在も私が大切に持っている当時の万博のお土産は、万博の記念切手とバッチです。また当時父親が会場内で使っていたと思われる公式ガイドブックも置いてあります。

ところで大阪万博のシンボルと言えば、故岡本太郎さんがデザインして作られた太陽の塔ですね。

この太陽の塔は、2018年に内部のリノベーションを終えて一般公開が始まりました。当時は私も家族と一緒に塔の中に入ったようですが、全く憶えていません。しかし塔の中を見たくて、公開開始当初は予約サイトをよく見ていました。ところが人気が凄くて数か月先まで予約がいっぱいになっている状況で諦めていました。先日大阪で開かれた学会に参加した時に、ふと太陽の塔の内部見学の事を思い出しました。久しぶりにサイトを確認してみると、若干空きがあったのですぐに予約しました。そして念願の太陽の塔の内部を見学できる事になったのです。

予約時間の少し早く到着しましたが、係の方の許可を得てすぐに入場する事ができました。どうしても塔の中の写真が撮りたかったので、スマートフォン専用の透明ポーチをレンタルしました。これは塔の中でスマートフォンの落下を防止するために使うものだそうです。

太陽の塔の歴史(デザインのデッサン展示など)を見ながら進むと、その奥には地下の顔が姿を現しました。当時の様子を再現しているエリアですが、万博で使われていた本当の地下の顔(第4の顔)は今も行方不明なのだそうです。そしていよいよ塔の内部へ進みました。

そこには足元から頭上高くまで伸びる進化の木がライトアップされていました。木の根元には生命の起源が描かれ、上に向かうにつれて順に生物の進化の過程を見る事ができました。これらのディスプレイは原型に忠実に再現、もしくは修復されたのだそうです。階段を登って写真を撮りながら上に向かいます。万博が開かれた当時はエスカレーターが設置されていたそうです。

これが太陽の塔の手の部分です。グラデーションしながら変化する照明をじっと見ていると中に引き込まれそうな感覚を憶えました。万博の時は、この手の部分進み外に出て、そこから塔の周囲を囲んでいた台座のようなエリアへ進んでいました。

下りは普通の階段を降りて見学終了です。その後は近くの鉄鋼館に向かいエキスポ70パビリオンを見てきました。ここには大阪万博開催時に太陽の塔の頂部に設置されていた「黄金の顔」がそのまま展示されていました。間近で見るととても大きくて迫力がありました。

これは万博開催時の様子をペーパークラフトで再現したジオラマです。近くで見ると、とても精巧にできておりとても驚きました。製作にはかなり時間がかかったのではと思います。

帰りに鉄鋼館の受付で、このパビリオンの記念メダルを買いました。横にある機械にメダルを入れて記念に日付を刻印しました。そう言えば子供の頃は、旅行先にこのようなメダルの自販機があって親に買ってもらいました。昔はダイヤル式の刻印機で、回すたびに「ガチャン」と大きな音が鳴っていました。

さて、いよいよ来年は55年ぶりに大阪で万国博覧会が開かれます。この55年の間で世の中は大きく変わりましたね。今回の万博でも、未来に向けて想像を掻き立てるようなワクワクする展示を見学したり体験ができたりするといいですね。私は是非とも来年の万博に行ってみたいと思っています。

 

 

 

 

 


新幹線で

2024-06-13 12:56:31 | Weblog

先日の出張で、久しぶりに新幹線に乗りました。子供たちが小さい頃は、喜ぶので家族旅行の時はよく利用したものです。子供たちにとって新幹線は外から見るのが楽しくて、乗り込んでしまうと普通の列車に見えたようです。でも車窓から見える流れる景色を楽しんでいました。

今回利用したのは山陽新幹線でしたが、調べてみるとこの新幹線は全国でも唯一最高速度を300キロまで出しているようです。しかし車内は比較的静かなので、F1カーのストレート級の速度を出しているとは思えないくらいです。

さて、駅で列車を待っている時に線路を見ていてある疑問がわきました。線路に継ぎ目が見当たりません。これも調べると、敷設の時は約25メートルの線路を運び込み現場で溶接して長くします。そして1本を数キロの長さにして、互いの一部分を重ねるように設置してゆきます。線路は熱で伸縮するためですね。なるほど、だからガタンゴトンをいう音が聞こえないのですね。

中学生の時に英語の参考書に、新幹線はNew Truck Lineと書いてあったので、私はずっとそう憶えていました。現在ではShinkansenでも大丈夫との事、または映画のタイトルにもありますがBullet Trainも使われるようです。


旅立ち

2024-06-13 11:35:53 | Weblog

自宅の庭のキンカンの葉に、今年もたくさんアゲハの幼虫を見つけました。最初は黒い塊ですが、次第に色が変わって緑色になっていきます。頭にある2つの大きな模様は目のようで、こちらを睨んでいるように見えます。この緑の幼虫、怒らせると頭から黄色の角が出てきて、強い柑橘系のにおいを出して威嚇してきます。一生懸命にキンカンの葉を食べて大きくなり、やっとその1つがサナギになりました。

調べると2週間程たってから羽化するようです。毎日楽しみに見ていました。するとある朝、羽化したてのアゲハ蝶を幸運にも見る事ができました。いつも思いますがあの緑色の幼虫が、こんなに美しい生き物に変身するとは信じられないです。

羽を思いっ切り広げて飛び立つ準備をしているようでした。ただ残念ながら結局サナギになったのはこの1匹だけでした。他の幼虫はいつの間にか姿を消していて、おそらく鳥に食べられたのかもしれません。自然の中で生き延びるのは大変な事なんですね。


新旧ルービックキューブ

2024-05-31 17:19:55 | Weblog

ルービックキューブのパズルが流行った1980年の事です。高校の友人が学校にパズルを持ってきて、みんなの目の前で見事に6面を揃えたのです。この光景は私にとって衝撃的でした。そして、さっそく自分もパズルを買って色合わせに挑戦しました。

当時は解法書やインターネットもない時代でしたから、試行錯誤しても四角いパズルは不ぞろいな色合いの単なる置物になってしまいました。しかし何とかして色をそろえたい一心で、私はその友人に揃え方を教えてもらいました。彼はこう言いました。 「3つの動かし方さえ覚えれば6面をそろえる事ができる」 そしてその3つの動きを私はノートに書き留めました。毎日練習をしていくうちに、時間はかかりますがキューブの6面をそろえる事ができるようになりました。

勉強の合間にこのキューブを回していると、なぜか心が落ち着きました。おそらく何かに集中する事で、気分をリフレッシュさせてくれていたのだと思います。

ある日、スタッフがルービックキューブを医院に持ってきてくれました。ネビュラーザーの棚に置いておくと、患者さまが興味を示してくれるようになりました。診療が終わってからキューブの色をそろえておくと、翌日それを見た患者さまが驚いてくれました。その瞬間、私は久しぶりにルービックキューブの色合わせができる事に喜びを感じる事ができました。

残念ながらそのルービックキューブは壊れてしまいましたが、せっかく患者さまが楽しんでくれるので、先日新しいキューブを買ってきました、ルービックキューブVer.3です。調べてみて気づきましたが、オリジナルとは色が異なる製品もたくさんありました。しかし、やはりルービックキューブはこの色だと思うのでメガハウスの純正品を買いました。

左側が最新のルービックキューブ、そして右側が私が高校生の時に買った初代ルービックキューブ(ツクダオリジナル製)です。40年以上経過しても右側のオリジナル製品は壊れる事なく滑らかに動きます。初代の製品づくりの完成度の高さには驚かせされます。最新のキューブは、とにかく回しやすいです。私の3つの動かし方もスムースに快速で出来ます。色をバラバラにして最新型のキューブで色合わせに挑戦してみると、いつもは20分くらいかかる所が、なんと9分30秒で完成させる事ができました。なるほど、ハードの進化も記録に貢献しているようですね。

さあ、この最新型のルービックキューブを当院のネビュラーザーの所に置いてあります。我こそはと思う方は、是非挑戦してみて下さい。ネビュラーザーが終わるまでに、6面をそろえる方はおられるでしょうか。挑戦者をお待ちしております!


Last Days

2024-05-28 12:45:03 | Weblog

先日NHKで放送された『Last Days 坂本龍一 最期の日々』を見ました。

まず放送を見終えて、様々な思いが頭の中で嵐のようにうごめき、私はしばらくテレビの前から離れる事ができませんでした。そして改めてこのような貴重な映像を提供して下さった遺族の方たちに心より感謝と畏敬の念を持ちました。

私が初めて担当患者さまを看取ったのは、医師になって3年目の時でした。患者さまは、放射線治療と化学療法を幾度と繰り返した後に病状が悪化して最後はICUで逝去されました。私はその時に涙を流しました。そして医学の力がいかに無力であるかを思い知らされた瞬間でもありました。今回の番組を見て、まさにその時の気持ちが数十年ぶりに沸き上がってきました。なぜこの人に、なぜこんな時に、神はこのような試練を与えなければならなかったのか、何とかできなかったのか。あの時のように、私は自分に問い続けましたが答えは見つかりませんでした。

余命を告げられてからの坂本さんの生きざまには考えさせられる事が多くありました。その考えを敢えてここには書きません。なぜなら感じ方は人それぞれ違うからです。もし自分がこの立場にあったら一体どうしただろう、何を考えるだろう、思考を巡らせても いつも深い森に迷い込んだようになって先が見えず諦めてしまいます。

命には必ず始まりと終わりがあります。だからこそ、生を受けている間は精一杯に悔いのないように生きる、それは紛れもなく重要な事だと思います。そしていつか終わりを告げる時が来たとしても、自分の事をいつまでも心にとめておいてくれる人が、1人でも多くこの世にいてくれれば何も怖い事はないと思います。坂本さんも、多くの人々の心の中で今も生き続けているはずです。


NIHのコリーグたち

2024-04-16 17:34:44 | Weblog

 アメリカ留学をしていた頃から、約30年が経とうとしています。そんな事を考えていたら、留学当時ラボで研究を共に行った人たちは今どうしているのかなと思い始めました。

 ラボのチーフ(ボス)だったクリスティはNIHを去った後はマディソン大学に移りましたが、現在はもう在籍されていないようです。共同研究者のスティーブはジョージタウン大学病院の耳鼻咽喉科の教授になりました。ラボで席が隣だったジュリーはアリゾナ大学に移った後、現在はユタ大学で言語学の教授になっています。また私の研究を支えてくれたトーマスは昨年マイアミ大学病院の耳鼻咽喉科の教授になりました。インドから研究に来ていたランジニは、論文の真偽性を判断する仕事に携わっています。その他にも、キンバリー(研究以外のアメリカの事をいろいろ教えてくれました)、マーシー(私の研究の被検者の調整をしてくれました、彼女のもう1つの顔はミュージカルダンサーでした)、メアリー(ラボでは最も経験が長い頼れる先輩でした)、マイク(ジョークが得意なハンサムくんですが研究には真剣でした)、ドラガナ(ロシアから来られた研究者でした)、ベティ(ラボの秘書さん、親日家でとてもやさしくしてくれました)、スザーン(クリニックでお世話になった看護士さん、カルフォルニアにいるお孫さんの話をよくしてくれました)、みんないつまでも忘れられない懐かしいメンバーたちです。

(画像はNIHのVirtual Tourから)


永久の未完成こそ

2024-04-16 15:32:31 | Weblog
「テストで80点の人はそこまでだが 100点の人はそれ以上の実力を持っている」子供の頃によく父から言われた言葉です。特に算数は答えが決まっているため、国語とは違って100点を取る事が出来る科目です。だから算数で100点を取ると父は褒めてくれました。
 
父方のお爺ちゃんは私が生まれる前に亡くなりましたが、何事にも大変厳しい方と聞きました。その教育を受けてきた父は医師でしたが、何事にも完璧を目指して最善を尽くす人でした。その生きざまが、おそらく子供の教育にも反映されていたのでしょう。しかし今から思えば、その厳しさが逆に息苦しく思える時もありました。もっと自由にいられたら、そんな気持ちが芽生えたのは高校生の頃でした。ある日 学校帰りに本屋に立ち寄った時に友人から勧められた本が、加藤諦三さんの「体当たり人生論」でした。
 
 
難しい哲学書などは難しくて苦手な私でしたが、この本はとても読みやすく理解しやすい内容でした。当時自分が悩んでいた事について共感できる内容が多く、何となく人生の指南書のようで私は何度もこの本を読み返しました。そして当時この本の内容に関して感じた事や思った事をメモ用紙に書き綴って巻末に挟みました。実は今もその紙はこの本の中に綴じられています。今から思えばこの本は、自分の人生を変えた本の1つだと思っています。物事を多面的に捉える事をこの本から学びました。何よりこの本を読む事で、心が穏やかになりました。実は今もこの本は大切にしており、自分の子供たちにも読ませました。
 
 
先日本屋に行った時に、加藤諦三さんの本を見つけました。ご高齢になられた現在も執筆を続けておられるようです。
 
さて先日の天声人語に、スペインの教会のサグラダ・ファミリアの事が取り上げられていました。今も建設中のこの教会の一部が2026年に完成する事になったそうです。進行形のものが完成する、これはあたかも大好きなドラマが最終回を迎えるようなもので、寂しくて空しい気持ちになるようだと書かれていました。私の趣味のプラモデルも、作っている時が楽しくて出来上がると嬉しい反面 なぜか物足りなくなる気持ちになるのと似ていると思いました。
 
 
天声人語の最後には「永久の未完成 これ完成である」という言葉が引用されていました。これは宮沢賢治が農民芸術概論綱要の中に書いた言葉です。実は私がこの言葉を知ったのは、様々な事で悩んでいた高校生の頃でした。この言葉を何度もかみしめているうちに、不思議と私の緊張した気持ちが和らいだ事を覚えています。
 
近年、新しい事へチャレンジする若い人が少なくなっていると聞きます。いわゆる失敗が怖くて、挑戦を躊躇してしまう人が多くなっているそうです。しかし、人は失敗して学ぶもの、失敗してもそれで終わらずそこから何かを得る事ができれば、失敗する事には必要十分な意味があるのです。言葉を変えるなら、100点を目指す事は大切ですが たとえ80点でも失った20点を次の機会に取り返せばよい訳です。100点を目指して進み続ければ、それは100点を取っているのと同じになるのだと思います。
 
少しずつでいいから前に進む事が大切なのです。苦しくて 辛くて 不安でも、そのような気持ちになるという事は、それは自分に当たる向かい風なのです。風を感じているという事は、確実に自分は前に進んでいる証拠です。むやみに間違いや失敗を恐れずに、自分のペースで前へ進みましょう。うまくゆかなくても、そこから学べばそれでよいのです。そうすれば確実に新しい何かに近づいていく自分を感じ取る事ができるはずです。
 
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