昔々の『部屋とYシャツとわたし~♪』というあの歌の感じで、タイトルを読んで頂けると幸いです。
しかし。あの歌。新婚さんのあま~い歌かと思っている方が多いのでしょうが、実は、とっても恐ろしい歌なんですよね?
だって。あの旦那さま、もしも、浮気しちゃったら、”毒入りスープ”を飲まされちゃうんですよΣ(゜Д゜;)。
『毒入りスープで一緒に逝こうね』っていう、何とも恐ろしい歌なんですよ。
………。
はい。本題。
あしたから、春季キャンプが始まりますね。
夕方、沖縄入りする選手たちのニュースを眺めておりましたが、那覇空港はえらい人混みになっておりましたね
我が家の今年の沖縄キャンプ見学は無し(o゜ω゜)チーン。
最近は、ファイターズのことよりも筋肉(?)に関心があるので、地元新聞も読んでいないし、録画はしていても地元ローカル番組もあんまり観ていなかったりする。もっぱら、母上から情報を入手。
(って言うよりも、聞いてもいないのに勝手にお話して下さる。)
それでも、キャンプも始まるしってことで、シーズン終了と同時に解約したスカパーを再契約。
少しずつ、開幕へ向けてファイターズ熱も上昇していくかな???
ファイターズが北海道にやって来て、わたしがファイターズを好きになって8年―。
8年という時間の流れはすごいものです。何がすごいって、わたしが所持しているレプユニの枚数。
北海道移転元年。初観戦で、『まずは、格好からでしょ?』っていうことで、Tシャツを購入(どの選手かは今となっては不明)。ただ、自分が”はまる”とは思っていなかったので、現実的に安いTシャツを買ったことだけは覚えております。
しかし、すぐに、ファイターズにまんまとはまってしまったわたしは、レプユニが欲しくなり購入。
忘れもしません。はじめて手にしたレプユニは”新庄さん”(一代目)でした。
”新庄さん”が引退後、それは、”思い出の品”となり、新しく買ったのは、うちのエース”ダルビッシュ”(二代目)。
しかし、容赦なく洗濯機でガンガン洗ってしまった結果、みるみるよれよれになった二代目。
そんな、よれよれな二代目を見兼ねた友人が、06年にプレゼントしてくれたのが、オリジナルの”賢介”(三代目)。
(探してみたけど…行方知れず……。)
そう。移転してからファイターズを好きにはなったが、特定の選手を好きになることはなかった、わたし。
三代目をプレゼントして頂くにあたり『誰がいい?』と聞かれたときに、『長く居そうな選手。』と答えた結果、友だちは迷わず賢介をセレクト。
ただ。その翌年。わたしは、小谷野栄一っという選手のことを大好きになってしまったのです。
『小谷野のレプユニが欲しい。欲しい。欲しい。』っと、そう思い続けてはいたものの、なんせ、わたしにしてみたら高価な品物。しかも、当時のわたしは”学生”っという身分であったため、出そうにも手が出なかったのです。
そんなわたしが、初任給で【背番号31】の”小谷野”(四代目)を買ったのは、言うまでもありません。
これを手にしたときの喜び。『大切に、大切に。』とこまめに手洗いをして、常にきれいな状態でシーズンを共に闘い、『沖縄キャンプでは、これにサインを貰うんだぁ~。』っと、新たな夢を抱いていたわたしを待っていたのが……。
はい。小谷野の背番号変更………。
あんなにも長いこと願いつづけて、やっとの思いで手にした好きな選手のレプユニの命は儚かった(1シーズン…)。
社会人となっても、ひとり暮らしをしていると、¥9240はなかなかの出費なんですよね。
だけど、心機一転。新しい背番号で頑張る小谷野と同じ背番号で応援したい、この心理。
いろんな葛藤の末に、思い出したこと。『あっ!!!! わたしは4月生まれ!!!!』っていうことで、誕生日プレゼントにアクセでも何でもなく『小谷野のユニホームをください。』と言う女子力の無さを発揮し、無事に入手(五代目)。
それが……。またしても……。1シーズン限りの儚き命であろうとは…………。
(…いや、今季もこの旧ユニで応援するけどね。)
ただの救いは……。昨年、シーズンの中盤。気持ちがどんよりと沈みがちだった自分に、『こんなときは、思い切って、痛いぐらいの小谷野オリジナルユニでも作るかなぁ~。』と思ったが、総額を確認しに行って”あんまりな高額さ”に泣く泣く断念したこと…ぐらいだろうか……。
一代目~五代目にわたる、わたしのレプユニたち。
いつの日か。『こんなデザインの時代もあったよね。』と、そんなふうに懐かしみながら見るんだろう…か。
ちなみに。
05年からの2年間。誰にも頼まれていないのに、わたしは、”ファイターズを好きになって”活動っぽいものをしていた(結果的にだが)。活動内容は、一度も札幌ドームに行ったことがない人を連れて行き、一緒に観戦してみる、というものであったが、そのいちばんの被害者(?)は、うちの両親だろう。
7年間で立派なファイターズファンになった。わたしよりも詳しくなってしまった。
そんなうちの両親もそれぞれにレプユニを着用し、応援している。
忘れもしない。父親がはじめて買ったレプユニは、【背番号2 小笠原】だった。
おまけに、ホークスとのプレーオフで、父親にとってのレフスタ観戦デビューの日だった。
当日。超私服姿だった父親は、『やっぱり、お父さんもユニホームを着たい。買ってきて。』と、わたしに言った。
福沢諭吉さんを頂き、誰が良いの?と聞いたら、『小笠原にするかな。』と。
その約1カ月後、小笠原は、日本一パレードにてにこやかに手を振りながら、北海道を去った。
父親が【背番号2 小笠原】のレプユニに袖を通したのは、あの日が”最初”で”最後”となった。
その出来事がトラウマだったのか。
翌年。父親は、迷わずに『B★B』のレプユニを購入していた。
そして、新ユニ購入の際に『斎藤佑樹のユニホームを買っちゃおうかなぁ~』という妻(つまり、わたしの母親)を、『だめだよ。B★Bじゃなくちゃだめだよ。』と真顔で説得していた。
そんな、父親と母親のやりとりを見ながら、娘はちっちゃなしあわせを感じた。
『あぁ。今年も、こんなふうに家族で仲良くファイターズを応援するんだろうなぁ。』と。
ユニホームには、それなりの思い出があるものだ。
WLHシリーズは今年もやるのだろうか?
確か、青がメインなのが最初の年だったよね?? 今年も友だちの誕生日プレゼントはコレで決まりなんだろうか?
ビジユニにもおっきく”北海道愛”を詰め込んだから、今年は無しかな???
個人的には、昔のオレンジユニの復刻版がいいなぁ。他球団ではやったりしてるよね。
昨年のWLHシリーズの”黄金色”ユニ。友だちと父親から『似合わない』と酷評を頂いた”黄金色”ユニ。
同じゴールドを基調にしたデザインでも、きのう届いた新ビジユニと対比してみると、
こんなにも違います。
Eちゃんとの道外遠征のときに、このビジユニを着るのが今から楽しみ
ちなみに、我が家が思わず購入しちゃったものは、WLHシリーズのユニだけじゃない。
年に4回ほどあるファームの道内遠征には、行けるときには必ず行くのだが、そのときにもついつい買ってしまった。
去年の芦別(試合は雨天中止…今年も芦別で開催するようだ)では、買うつもりなんかまるで無かった。
だが、『ユニを買うと選手のサインが貰えるよ』的な、球団の策略にまんまとはまり、緑×オレンジのにんじんのようなユニを買ってしまった。しかも、いざ、サインを貰いに行こうと思ったら、芦別の前の苫小牧でが購入していたユニを手渡され、それに、頂くっというの策略にもまんまとはめられた…わけだけど…ね。
”記念の品”、行方知れずのものを合わせると、ファイターズのレプユニの総枚数…13枚(´д`)。
それに費やしたお金を計算しちゃうのはナンセンスってもんだ。
それぞれに思い出のあるレプユニたち。たまには、クローゼットの奥底から取り出して、年に1度ぐらいは日干しも兼ねて(?)現地応援のときに着ようかなぁ。
最後に。
きのうのの写真撮影会時に、なぜか、わたしとの2ショットも撮っていた。
ただ、カメラマンの父上の手元がブレブレで残念な出来栄えに。
ファイターズバカ100%な母娘の図。
この写真から、はっきりと分かること。
オフシーズン中に、がお太りになられた!!??
(ちなみに、わたし着用はSサイズ。はMサイズです。)
よ。いつまでも健康に仲良くファイターズの応援や、いろんな場所に行って一緒の思い出をいっぱいいっぱい作りたいし、特別なことなんて何にもしてあげられなくても、出来るだけながく一緒に生きていてほしいから、頼むから、少し痩せておくれ(切実な願い)。
そんなの口癖。
『大丈夫。シーズンが始まれば痩せるから。』。
それが嘘か誠か。半年後に、また、こんなファイターズバカ100%の母娘の図をこの場で公表し検証してみよう。
しかし。あの歌。新婚さんのあま~い歌かと思っている方が多いのでしょうが、実は、とっても恐ろしい歌なんですよね?
だって。あの旦那さま、もしも、浮気しちゃったら、”毒入りスープ”を飲まされちゃうんですよΣ(゜Д゜;)。
『毒入りスープで一緒に逝こうね』っていう、何とも恐ろしい歌なんですよ。
………。
はい。本題。
あしたから、春季キャンプが始まりますね。
夕方、沖縄入りする選手たちのニュースを眺めておりましたが、那覇空港はえらい人混みになっておりましたね
我が家の今年の沖縄キャンプ見学は無し(o゜ω゜)チーン。
最近は、ファイターズのことよりも筋肉(?)に関心があるので、地元新聞も読んでいないし、録画はしていても地元ローカル番組もあんまり観ていなかったりする。もっぱら、母上から情報を入手。
(って言うよりも、聞いてもいないのに勝手にお話して下さる。)
それでも、キャンプも始まるしってことで、シーズン終了と同時に解約したスカパーを再契約。
少しずつ、開幕へ向けてファイターズ熱も上昇していくかな???
ファイターズが北海道にやって来て、わたしがファイターズを好きになって8年―。
8年という時間の流れはすごいものです。何がすごいって、わたしが所持しているレプユニの枚数。
北海道移転元年。初観戦で、『まずは、格好からでしょ?』っていうことで、Tシャツを購入(どの選手かは今となっては不明)。ただ、自分が”はまる”とは思っていなかったので、現実的に安いTシャツを買ったことだけは覚えております。
しかし、すぐに、ファイターズにまんまとはまってしまったわたしは、レプユニが欲しくなり購入。
忘れもしません。はじめて手にしたレプユニは”新庄さん”(一代目)でした。
”新庄さん”が引退後、それは、”思い出の品”となり、新しく買ったのは、うちのエース”ダルビッシュ”(二代目)。
しかし、容赦なく洗濯機でガンガン洗ってしまった結果、みるみるよれよれになった二代目。
そんな、よれよれな二代目を見兼ねた友人が、06年にプレゼントしてくれたのが、オリジナルの”賢介”(三代目)。
(探してみたけど…行方知れず……。)
そう。移転してからファイターズを好きにはなったが、特定の選手を好きになることはなかった、わたし。
三代目をプレゼントして頂くにあたり『誰がいい?』と聞かれたときに、『長く居そうな選手。』と答えた結果、友だちは迷わず賢介をセレクト。
ただ。その翌年。わたしは、小谷野栄一っという選手のことを大好きになってしまったのです。
『小谷野のレプユニが欲しい。欲しい。欲しい。』っと、そう思い続けてはいたものの、なんせ、わたしにしてみたら高価な品物。しかも、当時のわたしは”学生”っという身分であったため、出そうにも手が出なかったのです。
そんなわたしが、初任給で【背番号31】の”小谷野”(四代目)を買ったのは、言うまでもありません。
これを手にしたときの喜び。『大切に、大切に。』とこまめに手洗いをして、常にきれいな状態でシーズンを共に闘い、『沖縄キャンプでは、これにサインを貰うんだぁ~。』っと、新たな夢を抱いていたわたしを待っていたのが……。
はい。小谷野の背番号変更………。
あんなにも長いこと願いつづけて、やっとの思いで手にした好きな選手のレプユニの命は儚かった(1シーズン…)。
社会人となっても、ひとり暮らしをしていると、¥9240はなかなかの出費なんですよね。
だけど、心機一転。新しい背番号で頑張る小谷野と同じ背番号で応援したい、この心理。
いろんな葛藤の末に、思い出したこと。『あっ!!!! わたしは4月生まれ!!!!』っていうことで、誕生日プレゼントにアクセでも何でもなく『小谷野のユニホームをください。』と言う女子力の無さを発揮し、無事に入手(五代目)。
それが……。またしても……。1シーズン限りの儚き命であろうとは…………。
(…いや、今季もこの旧ユニで応援するけどね。)
ただの救いは……。昨年、シーズンの中盤。気持ちがどんよりと沈みがちだった自分に、『こんなときは、思い切って、痛いぐらいの小谷野オリジナルユニでも作るかなぁ~。』と思ったが、総額を確認しに行って”あんまりな高額さ”に泣く泣く断念したこと…ぐらいだろうか……。
一代目~五代目にわたる、わたしのレプユニたち。
いつの日か。『こんなデザインの時代もあったよね。』と、そんなふうに懐かしみながら見るんだろう…か。
ちなみに。
05年からの2年間。誰にも頼まれていないのに、わたしは、”ファイターズを好きになって”活動っぽいものをしていた(結果的にだが)。活動内容は、一度も札幌ドームに行ったことがない人を連れて行き、一緒に観戦してみる、というものであったが、そのいちばんの被害者(?)は、うちの両親だろう。
7年間で立派なファイターズファンになった。わたしよりも詳しくなってしまった。
そんなうちの両親もそれぞれにレプユニを着用し、応援している。
忘れもしない。父親がはじめて買ったレプユニは、【背番号2 小笠原】だった。
おまけに、ホークスとのプレーオフで、父親にとってのレフスタ観戦デビューの日だった。
当日。超私服姿だった父親は、『やっぱり、お父さんもユニホームを着たい。買ってきて。』と、わたしに言った。
福沢諭吉さんを頂き、誰が良いの?と聞いたら、『小笠原にするかな。』と。
その約1カ月後、小笠原は、日本一パレードにてにこやかに手を振りながら、北海道を去った。
父親が【背番号2 小笠原】のレプユニに袖を通したのは、あの日が”最初”で”最後”となった。
その出来事がトラウマだったのか。
翌年。父親は、迷わずに『B★B』のレプユニを購入していた。
そして、新ユニ購入の際に『斎藤佑樹のユニホームを買っちゃおうかなぁ~』という妻(つまり、わたしの母親)を、『だめだよ。B★Bじゃなくちゃだめだよ。』と真顔で説得していた。
そんな、父親と母親のやりとりを見ながら、娘はちっちゃなしあわせを感じた。
『あぁ。今年も、こんなふうに家族で仲良くファイターズを応援するんだろうなぁ。』と。
ユニホームには、それなりの思い出があるものだ。
WLHシリーズは今年もやるのだろうか?
確か、青がメインなのが最初の年だったよね?? 今年も友だちの誕生日プレゼントはコレで決まりなんだろうか?
ビジユニにもおっきく”北海道愛”を詰め込んだから、今年は無しかな???
個人的には、昔のオレンジユニの復刻版がいいなぁ。他球団ではやったりしてるよね。
昨年のWLHシリーズの”黄金色”ユニ。友だちと父親から『似合わない』と酷評を頂いた”黄金色”ユニ。
同じゴールドを基調にしたデザインでも、きのう届いた新ビジユニと対比してみると、
こんなにも違います。
Eちゃんとの道外遠征のときに、このビジユニを着るのが今から楽しみ
ちなみに、我が家が思わず購入しちゃったものは、WLHシリーズのユニだけじゃない。
年に4回ほどあるファームの道内遠征には、行けるときには必ず行くのだが、そのときにもついつい買ってしまった。
去年の芦別(試合は雨天中止…今年も芦別で開催するようだ)では、買うつもりなんかまるで無かった。
だが、『ユニを買うと選手のサインが貰えるよ』的な、球団の策略にまんまとはまり、緑×オレンジのにんじんのようなユニを買ってしまった。しかも、いざ、サインを貰いに行こうと思ったら、芦別の前の苫小牧でが購入していたユニを手渡され、それに、頂くっというの策略にもまんまとはめられた…わけだけど…ね。
”記念の品”、行方知れずのものを合わせると、ファイターズのレプユニの総枚数…13枚(´д`)。
それに費やしたお金を計算しちゃうのはナンセンスってもんだ。
それぞれに思い出のあるレプユニたち。たまには、クローゼットの奥底から取り出して、年に1度ぐらいは日干しも兼ねて(?)現地応援のときに着ようかなぁ。
最後に。
きのうのの写真撮影会時に、なぜか、わたしとの2ショットも撮っていた。
ただ、カメラマンの父上の手元がブレブレで残念な出来栄えに。
ファイターズバカ100%な母娘の図。
この写真から、はっきりと分かること。
オフシーズン中に、がお太りになられた!!??
(ちなみに、わたし着用はSサイズ。はMサイズです。)
よ。いつまでも健康に仲良くファイターズの応援や、いろんな場所に行って一緒の思い出をいっぱいいっぱい作りたいし、特別なことなんて何にもしてあげられなくても、出来るだけながく一緒に生きていてほしいから、頼むから、少し痩せておくれ(切実な願い)。
そんなの口癖。
『大丈夫。シーズンが始まれば痩せるから。』。
それが嘘か誠か。半年後に、また、こんなファイターズバカ100%の母娘の図をこの場で公表し検証してみよう。