ちばきょんか日記

ちばきょんか日記は日常生活や思考、経験について綴ります。さまざまなテーマや出来事についての感想や考えをシェアします。

鳥居が素敵な氣比神宮に思う

2023-09-04 19:51:40 | 旅行

敦賀にの見どころはこの氣比神宮

でっかいんだよね

気比神社は、福井県敦賀市にある越前国一之宮で、大宝2年(702年)に建立されたと伝えられています。

気比神社の大きな鳥居は、高さ約11mで、春日大社(奈良県)・厳島神社(広島県)と並ぶ日本三大木造大鳥居の一つだそうです。

大きいはずですね。

また、氣比神宮は北陸道の総鎮守であり、7柱のご祭神をまつっています。

境内には松尾芭蕉が訪れたこともあり、松尾芭蕉の像と句碑があります。

この敦賀っていう町の出身者で有名なのは大和田獏さん

彼の親戚はこの町の名主で、大きな銀行家でもあります。

奥さんの岡江久美子さんが残念な亡くなり方をしたのが記憶に新しいです。

面白い方でしたよね。

志村けんさんの次に亡くなった有名人なので凄いショックでした。

お二人のご冥福をお祈りしたいと思います。

ではでは、また思いついたことを書いていきます。


安土城跡で密かに世界征服を企む芝刈り機

2023-08-29 19:32:35 | 旅行

 

やっとのことで安土城跡についたよ。

なんもない所やね・・・

何人かはお金払って頂上に向けていったけど

暑すぎて、とてもそんな気にはなれない

お茶飲んで和菓子食いたいw

 

で、こんな芝刈り機を見つけた。

こいつ、どうやらやる気らしいぞ!


安土駅には信長がおったw

2023-08-27 19:00:59 | 旅行

安土駅に到着すると信長が出迎えてくれた。

人間50年的な、いで立ちしてるじゃないか。

ここから安土城跡までどのくらいなんだろう・・・

歩いていくとこの暑さで死んでしまうに違いない

ここは車の出番だな・・・と思ってたが目の前のお菓子屋さんに目が行った。

安土駅前にある和菓子のお店とりあえず最初はそこに行くことに決めた。

ではまた明日w

 

 


日本丸が敦賀にいたよ

2023-08-23 19:54:55 | 旅行

敦賀の日本丸はここ

 

敦賀の港に着くと凄い人であふれていた。

こんな小さな町によくもまあこんなに人がいたもんだ。

とおもって駐車場のナンバー見たら県外が半分くらいいる。

お目当ては、日本丸!!

台風の影響で出航が一日遅れて、この日偶然見学できることになった。

多分メディアで放送したのだろう。

 

一時間待ってやっと中に入れた。

大きいね

船首のの女神像もきれいに磨かれて綺麗でした。

 

敦賀の日本丸はここ

 

 


みなとつるが山車会館

2023-08-22 20:14:37 | 旅行

敦賀のラーメン屋はここ

敦賀に行ってきました。

ここは「山車会館」

この日は無料で見学ができる日でした。

 

敦賀の山車の起源はさだかでないが、京都の祇園祭りの影響をうけて 室町末期には成立したと思われる。このことは、天正三年(一五七五 ) 織田信長の祭礼見物の伝説、寛永一九年(一六四二)小浜藩初代藩主酒 井忠勝や寛文三年(一六六三) 二代藩主酒井忠直の山車観覧の記録から かがわれる。江戸時代にあっては、敦賀三六町のうちの一二町が東・西組六町ずつ に分かれ、隔年ごとに山車を曳き出していた。すなわち、八月三日には 富裕な商人たちを中心とした小山車が、四日には六町からそれぞれ一基 ずつの大山車と商人たちの小山車が、少ない年で三〇基、多い年には五〇 基ほど曳き出され賑わった。明治六年(一八七三)に個人の山車を廃止するとともに、町で曳き出 大山車を小山車に変更した。さらに東西組を統合し、原則的に各町 からき出す山車の全一二基を巡行するとした。また、明治五年一二月 には暦が太陽暦に改正されたため、祭礼日も一か月遅れの九月三日四 に執行されることとなった。昭和二〇年七月一二日の戦災で山車の大部分が焼失したが、現在、六 基がようやく復元し、昔の姿をしのぶことができるようになった。 なお、当館での山車の名称は、江戸時代のものを使用している。

 

 

 

 

親切な受付のお姉さんがわざわざ私たちのために映画を準備してくれた。

 

 

もうすぐ行われる気比神社の祭りに使う山車の人形の着せ替えをしてました。

本物の甲冑だそうです。