つらつら日暮らし

無我禅師『一心妙戒教』プレ参究

今年に入って手元に入ってきた版本の中に、無我禅師『一心妙戒教』(受戒弟子:湛円慧証・痴禅柏堂結集、京師書林・小川源兵衛発行、安永9年[1780]4月吉辰)が混じっていた。名前から、天台宗や浄土宗辺りの戒学文献かと思っていたら、この無我省吾禅師についての『大明勅贈菩薩無我省吾禅師行実』が本書に収録されていたので、それを見ていくと、花園天皇(1297~1348)の庶子であり、生没年は1310~1381年の人であり、臨済宗・月堂宗規禅師(1285~1361)の法嗣としていた。月堂禅師も戒律を能くした人であるが、法嗣の無我禅師もまた同様だったようである。

せっかく版本が手に入ったので、機会があれば実世界での論文も含めて研究してみようかとも思うのだが、拙ブログでは「プレ参究」と称して、一節を学んでおきたい。もちろん、本書のタイトルにもなっている「一心妙戒」の意味するところである。

 一日、堂に詢りて、仏学無尽にして戒を以て先と為し、定慧之に次ぐ、定慧を先にし、戒律を後にす、何が為ぞ倒置するや、
 堂曰く、見ずや世尊、霊山拈華し、迦葉微笑し、遂に正法眼蔵涅槃妙心実相無相の法を伝ふ、是れ戒本なり、
 二十八伝至り、達磨大師得得として西来し、首めに直指見性教外別伝の宗を唱ふ、万法一に帰し、一亦立たず、一切の名相、思惟言説総に離却し、離れるも亦離却し、一心妙明是れを戒本と為す、
 二祖大師三拝して立つ、六祖大師本無一物、亦是れ一摸に脱出す、是れを戒本と為す、
 後来の臨済の喝、徳山の棒、著に出身の路有り、涅槃妙心胸襟より流出す、是れを戒本と為す、
 仏滅二千年魔強く法弱し、戒本支分して三学鼎立す、禅和子滔々として末に逐て本を忘る、
 海信醒めず、猶お倒置の会を作す、可憐生、一心妙戒何ぞ前後を論ぜん、
    『一心妙戒教』1丁表~裏、原典に従い訓読、漢字は現在通用のものに改める


これは、無我禅師が月堂禅師に尋ねた一節を引用してみたのだが、問題意識が面白かったので、注目してみたのである。まず、仏学無尽というのは、多くのことを学ばねばならないので、尽きることが無いとしているのである。そして、通常の三学の階梯であれば、戒律が先で、そこに禅定・智慧と続くところ、禅宗では禅定・智慧が先んじ、その後に戒律があるとしつつ、その「倒置」の理由を聞いているのである。

そこで、月堂禅師の答えとは、世尊が霊鷲山にて拈華し、摩訶迦葉尊者が微笑することで、正法眼蔵涅槃妙心を伝えた。月堂禅師はこれを「戒本」としている。その後も、祖師方が二十八伝し達磨大師が西から中国に来て、その最初に直指見性教外別伝の宗を唱え、一切総てを統合しつつ、「一心妙明」を示した。これもまた「戒本」である。

他にも、二祖慧可大師が伝法の際に達磨大師を礼拝したこと、六祖慧能禅師が五祖弘忍禅師に対して「本来無一物」と示したこともまた、「戒本」とし、臨済義玄禅師の喝、徳山宣鑑禅師の棒などの後進を指導する働きもまた、涅槃妙心が胸襟より流出したものであるとしつつ、「戒本」としたのである。

要するに、「戒本」であるから、戒の本質そのものであると解釈されている。大悟し、伝法していく現場の働きも「戒本」であれば、後進への指導の振る舞いや、言葉もまた、「戒本」である。つまり、禅僧の祖師方による一切の働きが、「一心妙戒」の「戒本」なのである。

しかし、仏滅から二千年が過ぎ、末法の時代となると、魔が強く、法が弱いため、戒本も散り散りとなってしまい、三学もどれが大事か?といった分別として捉えられてしまった。その分別された枝葉末節に禅僧も拘ってしまい、その本来の大事なことを忘れてしまった。

それでも海信(無我禅師の当初の名前、後に省吾へと改める)の迷いは中々醒めずに、「倒置」への疑問を持ったままであったので、月堂禅師は憐れんで、非常に分かりやすく、「一心妙戒何ぞ前後を論ぜん」と示されたのであった。つまり、先ほど述べた通りで、一切の事象が全て、「一心妙戒」なのである。

まずは、「プレ参究」程度であるが、ここから「一心妙戒」の適合される領域が確定できた。いや、正しくは確定され得ない融通無碍なる様子こそが、「一心妙戒」なのである。後は、既に行われている「一心妙戒」への先行研究などで論じられている、「戒体」の問題や、「天台本覚思想」との関わりなど、幾つか考えるべきことは残されている。

その辺は、また機会を得て学んでみたい。

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