つらつら日暮らし

マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・31

ドイツ宗教改革の発端にもなったとされるマルティン・ルターの『九十五箇条の提題』の日本語訳を学んでいく連載記事である。連載31回目である。

6〔31〕 真実な悔い改めが稀であるように、真実に贖宥を買う人も稀である。〔後者は前者よりも〕さらに稀なことである
    深井氏下掲同著・22頁


ここでいう、「真実な悔い改め」とはどういうことなのだろうか?別の文書でルターは「信仰のみが人間の義であり、すべての戒めの成就になる」(「キリスト者の自由について」、深井氏下掲同著・383頁)とあるので、キリスト(救世主)への信仰の成就こそが、真実の悔い改めになるのだろう。

そうなると、これこそが「贖宥」になると信じて買う人こそが、真実の贖宥に繋がることになるのだろう。ただ、多くの人の場合は、信心から買うというよりも、信心を補うために買うことになっており、ルターが批判したのである。

それから、次の提題以降に、真実の悔い改めについての言及もあるようなので、その時に見ておきたい。

【参考文献】
・マルティン・ルター著/深井智朗氏訳『宗教改革三大文書 付「九五箇条の提題」』講談社学術文庫・2017年
・L.チヴィスカ氏編『カトリック教会法典 羅和対訳』有斐閣・1962年
・菅原裕二氏著『教会法で知るカトリック・ライフ Q&A40』ドン・ボスコ新書・2014年
・ルイージ・サバレーゼ氏著/田中昇氏訳『解説・教会法―信仰を豊かに生きるために』フリープレス・2018年
・田中昇氏訳編『教会法から見直すカトリック生活』教友社・2019年

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