TAOコンサル『もう一度シネマパラダイス』

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心に沁みる映画 「悪人」・・失われつつある真に人を想う心を描く

2014年05月14日 | あなたの○○○な映画
 この映画のクライマックスは、主人公祐一(妻夫木聡)が愛する光代(深津絵里)の首を激しく絞め、殺そうとする場面である。そして、殺人現場に花を手向けに行った光代がタクシーの運転手に「そうなんですよね、あの人は世間の人が言う通り、悪人なんですよね。」と語るシーンで終わる。いささか難解な終わり方である。現に、ネットを覗いたら、「なぜ殺そうとしたんだろう」「やはり悪人だったんでしょうか」といった感想がいくつも寄せられていた。無理ないと思う。多分、監督の意図はそこを観客に考えさせようとしているのだろうが、もっと深く見る必要がありそうだ・・。

 この作品、海外の映画祭で受賞したことは聞いていたが、悪人という題名も物語も暗そうなので、見る気が起きなかった。ところが、先日テレビでやっているのを見て、驚いてしまった。奥の深い映画である。妻夫木聡と深津絵里の演技も素晴らしい。特に深津絵里の真に迫る演技には感動させられる。

 吉田修一の原作がいいのだろう、考えさせられる映画だ。殺人事件を起こした祐一と逃避行を続ける光代、自首しようとする祐一を踏みとどまらせ、小さな無人の灯台に辿り着く。幸福とは言えない境遇の二人は惹かれあい、暫し幸せな時を過ごす。しかし警察の捜査の手が近づく気配の中、祐一は突然「俺はお前が思っているような人間ではなか!」と、凄い形相で光代の首を絞める。警察が踏み込んでも絞める手を緩めること無く、光代は気を失う。

 この映画は前述のセリフ「そうなんですよね、あの人は悪人なんですよね」で終わるので、光代自身がそう思っていたかに見えるが、そうではないと思う。警察の眼前で光代を殺そうとする行動は光代への愛の為であり、警察官に羽交い絞めにされつつも祐一の手は光代の手に向かって伸びていたのが印象的であった。ラストシーンの光代の表情にも微かな希望が感じられた。この作品は、祐一が本当に悪人であったのか、悪人とは、人を想う心とは等を観る者に考えさせているのだと思う。

 脇役の柄本明や樹木希林の演技も素晴らしい。特に、殺された被害者の父親を演じる柄本明が娘を置き去りにした男に向かって吐く「あんた、大切な人はおるね。その人の幸せを思うだけで自分まで嬉しくなってくるような人は・・。今の世の中、大切な人のおらん人が多すぎる」のセリフも心に残る。

 監督はフラガールの李相日。モントリオール世界映画祭での深津絵里の最優秀女優賞、34回日本アカデミー賞での最優秀主演男優賞・主演女優賞、助演男優賞・助演女優賞受賞に納得である。この映画を見てすっかり深津絵里のファンになってしまった。