TAOコンサル『もう一度シネマパラダイス』

「あなたが館長シネマ会」・・仲間たちとの映画談議と記録
「見逃せないこの映画」・・仲間たちが選んだ作品の映画評

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マーティン・スコセッシが28年かけて映画化・・遠藤周作の「沈黙」

2017年02月10日 | あなたの○○○な映画
マーティン・スコセッシの「沈黙」を観てきた。28年かけて制作したというだけあって監督の思い入れが伝わる映画だ。米国映画にありがちな東洋趣味的な場面は一切なく、江戸時代の貧しい村や家屋など日本土着の雰囲気がよく出ている。全編にわたり音楽もほとんどなく、オープニングもエンドロールも海の波の音、蝉の声、雨の音のみであった。
 マーティン・スコセッシ

舞台は江戸時代初期の頃の長崎。日本で布教中の宣教師フェレイラが拷問に屈し棄教した旨の手紙がポルトガルのイェズス会に届く。信じられない弟子のロドリゴとガルペが真実を探るため3年かけて日本に渡るのだが、十字架磔や逆さ穴吊りなどの想像を絶する拷問とこれに屈しないキリシタン達の信仰を知り、驚愕する。しかし、何度も踏絵を踏むキチジローに裏切られて奉行に捕まる。そして踏絵を踏むことを強要される。棄教したフェレイラが現われ、自分が何故踏絵を踏んだのか説得するのだが・・・。

宣教師ロドリゴとキチジロー
若い頃遠藤周作の小説「沈黙」を読んで以来心に引っ掛かっていたが、この映画を見て改めて自分ならどう行動するだろうかと考えてしまった。拷問に耐えるか、キチジローのように踏絵を踏むか。残念だが、自分はキチジロー側の人間であろうと思う。遠藤周作もそうであったかもしれない。だからこそ、小説最後の「踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため・・・。」の言葉が心に沁みるのだ。

この物語はキリスト教がテーマになっているが、実は仏教でも神道でもいい。或いは妻でも家族でもいい。要は自分が信じ、愛しているもの、大事に思っているものを踏みつけろ、踏みつけないと処刑すると言われたら、我々はどういう行動をとるのだろう。勇気を持って立ち上がって行くのだろうか。如何に生きるか、誇り高く死ぬことができるのかについての問いかけだと思う。辛い小説である。

 宣教師ロドリゴとモキチ
マーティン・スコセッシは凄い監督である。NYのイタリア街に育ちたくさんの暴力を見て来た。映画も「ギャング・オブ・ニューヨーク」などそういう作品が多い。しかし遠藤周作のこの小説に心を動かされ、28年かけて制作したこの作品、映画人生の勲章として残るであろう。出演した俳優たちの演技もよかった。フェレイラ役のリーアム・ニーソン、殉教して行く塚本晋也、笈田ヨシ、キチジロー役の窪塚洋介、通辞役の浅野忠信など、素晴らしかった。

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小栗康平・・泥の河

2016年11月11日 | 心に沁みる映画
小説「泥の河」は宮本輝の太宰治賞を受賞した作品であるが、1981年に小栗康平が映画化した。監督デビュー作品である。しかも自主制作映画というのに、この年のキネマ旬報ベストテンの第1位に選ばれ、日本アカデミー賞の優秀作品賞や監督賞なども受賞した。


水汲みをする少年喜一

舞台は日本が高度成長時代を迎えようとしている昭和31年頃の大阪。安治川の河口近くに住む少年と対岸に繋がれた小舟で暮らす姉弟との出会いと別れ、社会の底辺で生きる人々の姿をきめ細かく描いている。悲しい物語だ。しかし、子役たちの演技が素晴らしい。
今日は雨降りだ、植木の剪定も草取りもできない。こんな日は我が草庵での読書か映画に限る。
先日、恵比寿の写真美術館へ行ったら、イベント企画に小栗康平の名があり、気になっていた。そうだ、今日は「泥の河」を見よう。
小説「泥の河」は宮本輝の太宰治賞を受賞した作品であるが、1981年に小栗康平が映画化した。監督デビュー作品である。しかも自主制作映画というのに、この年のキネマ旬報ベストテンの第1位に選ばれ、日本アカデミー賞の優秀作品賞や監督賞なども受賞した。

安治川の河口付近で安食堂を営む板倉晋平(田村高廣)と妻(藤田弓子)の小学3年生の息子信雄はある日、対岸に繋がれたみすぼらしい小舟の姉弟と知り合い友達になる。母(加賀まりこ)はこの舟で売春しながらひっそり暮らしている。いわゆる廓舟だ。暫らくして11才の姉銀子と信雄と同い年の弟喜一は食堂に遊びにやって来る。喜一は用意された夕食をこんな旨いもの食べたことないと喜び、笑うことの無かった銀子は風呂に入らせて貰ってはじめて笑顔を見せる。喜一がお礼に歌う軍歌「ここはお国の何百里・・」を晋平はしみじみ聞いている。彼はシベリアからの引揚者だったのだ。


手品でせいいっぱい歓迎する晋平 

悲しい話がいくつか挿入されている。銀子は晋平の妻が用意してくれたワンピースが似合って嬉しそうにするが、受け取るのを断って帰っていく。自分は幸せになってはいけないと言い聞かせているのであろうか。はかなげな少女が悲しい。天神祭りの日、喜一と信雄は小遣いを貰って出かけるのだが、喜一のズボンのポケットに穴が空いていて落としてしまう。・・以下、物語は省略するが、・・ある日、突然の別れがやって来る。別れの言葉もなく、姉弟の乗った舟が急に岸を離れ、動き出す。信雄は慌てて舟を追いかけ、川岸や橋の上を走り続けるのだが、姉弟は最後まで姿を見せることはない。信雄が涙を流しながら「きっちゃん、きっちゃん」と呟くように喜一を呼ぶ声には、人生で初めて出会った悲しみ・切なさが滲んでいる。しみじみいい映画だ。


 去って行く小舟と見送る信雄
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クリントイーストウッド・・ハドソン川の奇跡

2016年11月02日 | 心に沁みる映画
クリント・イーストウッド監督作品のファンなのに、なかなか時間がとれず、この映画、やっと観てきた。さすがである。
映画評論家の芝山幹郎が「短い。無駄がなく、力強くて優雅だ」と評していたが、まったく同感である。
イーストウッドが今回新作に選んだ題材は、全世界が奇跡と称賛したハドソン川に不時着した航空機事故だ。映画タイトルは機長サレンバーガーの愛称「サリー」、機長を演じるのはトム・ハンクスである。副操縦士を演じるアーロン・アッカートの演技も、とてもいい。



2009年1月15日、厳寒のニューヨーク。ラガーディア空港を旅だったUSエアウェイズ1549便は離陸2分後に鳥の群れと衝突、左右のエンジンが停止状態に陥り、この儘では墜落するしかない。こんな時、如何なる判断を下すべきなのか。機長は管制塔も驚くハドソン川への緊急着陸を試みる。しかも、無事な不時着、乗客・乗員155人全員の救出に成功させたのであった。

この航空機事故のニュースはその日のうちに世界中を駆け巡り、機長は英雄として称賛された。私も翌日の新聞を読んで、機長の冷静な対応やこういうことに遭遇した時のアメリカ人のタフネスに感動、早速ブログに感想を記したものだ。



しかし、この映画は機長の英雄物語ではない。その裏に隠された真実を描いている。映画は国家運輸安全委員会(NTSB)の調査官による追及シーンから始まる。まるで、法廷劇のようだ。我々は知らなかったが、155人を救ったはずの英雄は容疑者とされていたのである。本当に両エンジンとも推力を失っていたのか、何故ニュージャージーの空港に向かわなかったのかなど18カ月に及ぶ調査が続いていたらしい。そして映画では、繰り返し行ったシミレーションからすると、この飛行には問題があると調査官は機長を追い詰める。コンッピュータデータをもとに、飛行機は近距離にある空港に着陸可能だったと主張する調査官と機長・副操縦士の闘いが繰り広げられる。こういう視点からの映画作りがイーストウッド監督の凄いところだ。その他、この航空機不時着を知った民間の船舶が数隻が脱出した乗客救出に向かったというのも素晴らしい話で、これら勇敢な船長たちを映画に出演させていた。心憎い演出である。



クリント・イーストウッドの作品のテーマは常に人間である。「許されざる者」は引退して久しい賞金稼ぎが再び立ち上がる物語、「グラントリノ」は朝鮮戦争で心に傷を負った偏屈で孤独な老人の人生最後の賭け、「ミリオンダラーベイビー」は実の娘と疎遠になったトレーナーが貧しい女性ボクサーを育てながら心を通わせる話だ。さらっとした映画作りなのに、どれも見る者に考えさせる。
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笛吹川を散策しながら、深沢七郎の「楢山節考」や「笛吹川」に思いを馳せる

2016年07月06日 | あなたの○○○な映画
特にここ数年は、高等学校時代の友人たちとの付き合いが深まり、会食などしながら甲府での旧交を温めている。この4月も武田神社から舞鶴公園・小瀬公園を経て石和温泉へと皆でドライブ。宿泊した石和温泉常盤ホテルから直ぐのところを笛吹川が流れている。朝早く目覚めたので朝食までの時間、一人で笛吹川の土手を散策。旅館の前を流れる疎水沿いは桜が満開、少し歩くと桃の花も咲いている。いい気分だ。笛吹川というと、この地出身の深沢七郎のことを思い出す。長野の姥捨伝説を描いた小説「楢山節考」で世に出たが、「笛吹川」も有名である。

笛吹川は甲武信岳(こぶしだけ)と国師ケ岳(こくしがだけ)に源を発し釜無川に合流、富士川にいたる河川である。笛吹川とは美しい名である。その由来は、かつて鎌倉幕府に追放された日野一族の武将藤原氏の嫡男権三郎が洪水で流された母を偲んで吹いた笛に因んで付けられたらしい。土手から見渡すと冬枯れのヨシやススキが風にそよいで何処か寂しげな風景である。

小説「笛吹川」は、信玄から勝頼に至る武田家の盛衰と共に生きた笛吹川沿いの農民一家の何代かにわたる物語である。生まれては殺されて行く農民たちの無慈悲な運命を土俗的な語りで描いた問題作で、1960年木下恵介監督によって映画化された。出演は高峰秀子・田村高廣。「楢山節考」は今村昌平により映画化されカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞、年老いた母を背負い真冬の山に捨てに行く悲しい物語だ。

初めての地を訪ね、こうしてその歴史や小説に思いを馳せる、これぞ旅の醍醐味である。

笛吹川のもの悲しい枯れススキやヨシの風景


WEB画像より・・木下恵介映画笛吹川
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「NY眺めのいい部屋・・」モーガン・フリーマン&ダイアン・キートンの人間ドラマ

2016年02月08日 | あなたの○○○な映画
この映画、舞台がブルックリンと聞いて嬉しくなって観に行って来た。NYでも特に好きな街だ。しかも主演が「許されざる者」「インビクタス・負けざる者たち」のモーガン・フリーマンとウッディ・アレン映画で活躍して来たダイアン・キートン。地味そうな映画だが、見逃したくないではないか。



主人公は黒人と白人の結婚に偏見があったであろう時代に一緒になり、40年間苦楽を共にして来た画家アレックスと妻ルース。その住まいはブルックリンの余り豪華ともいえないアパートメントだが、部屋は美しい景色を一望できる最上階にある。屋上の家庭菜園でトマトを作り、愛犬と三人で暮らしている。二人にとっては最高の住まいだ。しかしアレックスも愛犬も相当高齢となり5階までの階段が辛い。そんな姿に心を痛めるルースはアパートを売って転居しようと提案する。そんな夫婦の物語である。



二人のさりげない演技が実にいい。アパートの売却交渉が一気に進展しそうになった物語の後半、アレックスは橋の上のテロ騒ぎに大騒ぎする人々の喧噪を見て、ふと不動産ブームに振り回される自らの姿に虚しさを感じる。そして「とんだ空騒ぎだったな」と我に帰り、妻に「ここに住み続けようじゃないか」と語るシーンは心を打つ。監督は「人生の価値は所有する資産では測れない」ことを言いたかったのであろうか。

ラストシーンに流れるヴァン・モリソンの曲「Have I Told You Lately」が実にいい。
・・歌詞は「Have I Told You Lately that I Love You 」、「最近、僕は君に愛してると言ったかな・・」、ジーンと来る。 


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あのロッキーが帰って来た、人間の絆と限界への挑戦が感動的な「クリード」

2016年02月03日 | あなたの○○○な映画
老境に入り、自分が既に過去の人間であることを受け入れて静かに生きるロッキー。そこに現れるのはかつてのライバルであり親友であった元チャンピョン、アポロの息子アドニス・クリードだ。偉大な父を持ったが故のコンプレックスと葛藤しながらも、進行性難聴の恋人ビアンカに支えられて生きている。こうして、自らのアイデンティティを見出すための闘いに挑もうとする若者アドニスと、これを受け入れ自らの病とも闘いながら生きるロッキーの物語が始まる。





ロッキーシリーズの流れを継承しながらのきめ細かいした物語作りはファンを感動させる。お人好しで純粋なロッキーが健在はあり、お馴染みのテーマ曲が随所に散りばめられた音楽作り、フィラデルフィア美術館でのシーンなどファンにはたまらない。しかし、貧しさとは違う現代社会の悩みに葛藤する若者の姿、老いて成長し全てを受け入れる優しいロッキー、そして重い病を持ちながらアドニスを支えるビアンカなど、斬新な物語が描かれている。単なるリバイバルではない。そして何より素晴らしいのは、物語の根底を流れる人間と人間の絆であり、自らの限界に挑戦しようとする若者の生き方への賛歌であろう。


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映画「日本のいちばん長い日」・・戦後70年、日本人が忘れてはならない歴史

2015年08月12日 | あなたの○○○な映画
歴史小説作家半藤一利は「昭和史」で毎日出版文化賞を受賞するなど、ジャーナリストの視点に立った意欲的作品を発表して来た。特に「日本のいちばん長い日」は1945年(昭和20年)8月14日正午から翌15日正午までの出来事を描いた作品であるが、証言者一人一人に取材するなど中身の濃い内容となっており、若い頃夢中で読んだ記憶がある。この映画はそのノンフィクションドラマの映像化である。監督は「金融腐蝕列島」「クライマーズ・ハイ」「我が母の記」など社会派の原田真人、俳優人は私の好きな役所広司、本木雅弘、山崎努など錚々たる実力派俳優が顔を揃えている。


この映画は「日本の一番長い日・決定版」と「聖断・昭和天皇と鈴木貫太郎」の2冊を中心に脚本が構築されており、昭和天皇と鈴木貫太郎首相、そして阿南惟幾陸軍大臣を中心としたドラマになっている。太平洋戦争の戦況が絶望的となった1945年4月、鈴木貫太郎内閣が発足するが、既にアメリカ軍は東京大空襲に引き続き、全国主要都市へのB29爆撃機による空襲を着々と進めていた。その上ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して日本に侵攻し兼ねない一触即発の緊迫した状況にあった。6月には沖縄戦が終結、日本の敗色が濃厚となるなかで、7月26日には連合国は日本にポツダム宣言を発令し受諾を迫っていた。降伏か決戦か、連日連夜閣議が開かれるが、陸軍大臣と海軍大臣の対立など議論は紛糾する。こういう状況下、アメリカは8月6日広島、9日には長崎に原子爆弾を投下する。こうして8月14日に緊急御前会議が開かれ、昭和天皇のご聖断により降伏を決定したのであった。
阿南陸軍大臣を演じる役所広司

この映画は、ポツダム宣言受諾に至る二転三転の激しい議論が行われる閣議の様子や御前会議での❝国を残すために軍を滅ぼすしかない❞とする昭和天皇のご聖断、或いは本土徹底抗戦を主張する血気盛んな陸軍若手将校たちのクーデター決起など、歴史教科書には出て来ないシーンなど見応え十分である。特に天皇を演じた本木雅弘の凛とした立ち姿、戦争終結に向けて力を尽くす山崎努演じる鈴木貫太郎の豪快な姿、そしてご聖断の後静かに自決する役所広司演じる阿南惟幾陸軍大臣の毅然とした姿など、どれも美しく見応え十分であった。
昭和天皇を演じる本木雅弘

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはドイツの名宰相ビスマルクの言葉と言われているが、この作品には、戦後70年、戦争の記憶が薄れていくなかで、日本人が忘れてはならない歴史が描かれている。是非多くの日本人に見て欲しい。

首相鈴木貫太郎を演じる山崎努
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巨匠マーティン・スコセッシ監督が悲願であった遠藤周作「沈黙」の映画化

2015年06月04日 | あなたの○○○な映画
「タクシー・ドライバー」「ギャング・オブ・ニューヨーク」の巨匠マーティン・スコセッシ監督が10年以上前から構想してきた「Silence(沈黙)」の制作が本格着手となったようだ。この度、台湾での撮影が順調に終了し、記者会見が行われた。
映画の原作は遠藤周作の「沈黙」である。この小説に感動したスコセッシが長年あたためてきた悲願の企画であり、公開が待ち遠しい。




「沈黙」は私にとっても青春時代の愛読書の一つ。遠藤周作が17世紀・江戸初期のキリシタン弾圧について史実・歴史書に基づいて書き上げた歴史小説である。島原の乱が鎮圧されて間もない時期、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人の司祭セバスチャン・ロドリゴが、日本人信徒に加えられる激しい拷問と悲惨な殉教の姿に接し、苦悩する姿を描いている。ついには自らも裏切りにより捕えられ、踏絵に足を掛けるロドリゴの心の葛藤を描いて、感動的である。神の沈黙というキリスト教の永遠のテーマに切実な問いを投げかける問題作であり、世界10数か国で翻訳されている。


この映画の出演者は、司祭ロドリゴを演じる「アメイジング・スパイダーマン」主演のアンドリュー・ガーフィールドの他、「シンドラーのリスト」「マイケル・コリンズ」のリーアム・ニーソンなど。日本からは浅野忠信等そうそうたる役者が出演している。脚本が「ギャング・オブ・ニューヨーク」でアカデミー賞にノミネートされたジェイ・コックスというのも楽しみである。
 
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伝説の狙撃手の光と影を描いた反戦映画「アメリカンスナイパー」

2015年05月28日 | あなたの○○○な映画
この映画、好きなクリント・イーストウッド作品であり、作品賞・主演男優賞などアカデミー賞6部門にノミネートされたこともあって早々と観に行ったのだが、直ぐにレビューを書くことができなかった。アメリカでも日本においても「これは反戦映画なのか、単なる英雄ものではないのか」などの論争が巻き起こったからだが、何故そのような見方しかできないのであろう。これは明らかな反戦映画である。


映画は主人公の狙撃手クリスが望遠鏡で、味方の戦車に近づこうとするイラク人の少年と母親らしき女性の姿を捉えるシーンから始まる。クリスの目は辛抱強く二人の様子を伺うが、ついに女性の手に自爆テロの対戦車手榴弾を見つける。そして躊躇うことなく引き金が引かれる・・。


これはアメリカ最強の狙撃手と呼ばれた伝説のスナイパー、クリス・カイルの自叙伝を実写化した映画である。アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズ所属の狙撃手であったが、イラク戦争で160人を射殺するなど数々の戦果を挙げながらも心に傷を負って行く。

イーストウッドはこのスナイパーの知られざる人物像を丹念に描き出している。味方からは伝説と尊敬され、敵からは悪魔と恐れられたクリスであったが、その実像は、国を愛し家族を愛する一人の男であった。父親から「人間には羊・狼・番犬の3種類があるが、番犬であれ」と教えられて育つ。成人した後、アフリカのアメリカ大使館爆破事件を知って、自分が何を成すべきかを確信、軍の訓練生を志願するのであった。クリスは英雄などとは程遠い人柄で、激しい戦いの最中においても仲間を守りたい、家族にとって良き夫・よき父親でありたいと願う人物であった。しかし、凄まじい闘いの中で、次第に心を蝕まれて行く。


イーストウッドの作品は近年、英雄ではなくそういう人生を生きたことを悔いる男たちをテーマにしている。「許されざる者」も、主人公は殺し屋として生きた過去を捨てて妻の墓の近くで二人の子供と生きる男であった。「父親たちの星条旗」や「硫黄島からの手紙」などの戦争映画も撮っているが、戦争に英雄はいないのだという信念が滲んでいる。戦争は人殺しの場に他ならないことを認めながらも、アメリカ軍と日本軍双方の兵士たちを共に尊厳を持って描いているのだ。


イーストウッドはブッシュ政権のイラク攻撃にも批判的であったが、この映画「アメリカンスナイパー」もそういう文脈の中で観る必要がある。それにしてもショックなラストだ。
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映画「シンデレラ」、映像も音楽も素晴らしく、大人も子供も楽しめる

2015年05月13日 | あなたの○○○な映画
 女友達から映画「シンデレラ」を見に行きたいとのお誘い。ええー?、孫娘とならともかく、いまさらデイズニー映画でもないのだが、そこは紳士〈笑)、レディーのお誘いとならばそうはいかない。二つ返事で、有楽町へ。だが、映画館に入って驚いた、子供より若い女性がワンサカ。本日、レディースデイとのこと。いいね、映画がつまらなくなったら周りをキョロキョロするか・・。


 素晴らしい映画であった。不良老年、年甲斐もなく感動してしまった。これはディズニー・アニメではなく実写映画である。我々が絵本で長く親しんで来た物語を忠実に映画化しているのだが、大人も十分楽しめる。特にシンデレラ役のリリー・ジェームズが清楚で美しく、継母役のケイト・ブランシェットの演技も秀逸で、見応え十分である。




 監督は「ヘンリー5世」などシェークスピア作品を手掛けてきたケネス・ブラナー。ストーリー展開も映像も音楽も見事と言う他ない。魔法使いが現われ、破れたドレスが魔法の力で美しいドレスに変えるシーンなど感動させるが、特にクライマックスとなるシンデレラが舞踏会に登場するシーンは優雅で美しく圧巻である。ヴィスコンティ作品「山猫」の舞踏会シーンを思い出してしまった。

 この映画が見る者を感動させるのは、そういう映像の美しさだけでなく、シンデレラが亡き母の教えを守り、如何なる苦難においても『勇気と人に対する優しさ』を失うことなく生きる姿に共感するからであろう。


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クリント・イーストウッドが描く60年代音楽界のヒーロー「ジャージーボウイズ」

2014年11月01日 | あなたの○○○な映画
僕は映画監督としてのクリントイーストウッドが好きだ。その作品は「許されざる者」「ミリオンダラーベイビー」「グラントリノ」など、どれも心を揺さぶる。シンプルな映画作りだが、観る者に何かを問いかけ、考えさせる作品が多い。


さて、この作品はミュージカル、・・と聞くと、ちょっと引いてしまうかも知れない。だが所謂ミュージカルではなく、素晴らしい出来上がりである。元々クリント・イーストウッドは音楽通で、夭折した天才サックス奏者チャーリー・パーカーを描いた映画「バード」を制作したり、自らもジャズを作曲かつ歌うなど、音楽に対する造詣が深い。となると、この映画、見逃すわけにはいかない。
中央がジョン・ロイド・ヤング扮するフランキー・ヴァリ

映画は、60年代に世界を席巻し、音楽会に不滅の伝説を打ち立てた4人組「ザ・フォーシーズンズ」、アメリカニュージャージー州のイタリア移民が暮らす貧しい街で育った若者フランキー・ヴァリとその仲間たちの栄光と挫折の物語だ。出演しているのは、舞台版ミュージカルでトニー賞を受賞したジョン・ロイド・ヤングやエリック・バーゲンやマイケル・ロメンダなど本格的歌手ばかりだ。だから、「シェリー」「悲しきラグ・ドール」「恋はヤセがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」」「君の瞳に恋してる」など当時のヒット曲を最高の歌声で聴くことができる。僕はどちらかと言うとジャズが好きであるが、改めてこの時代のロックンロールに酔ってしまった。


しかも、底辺で育った青年たちの絆と成功・裏切り・家族の崩壊や名優クリストファー・ウォーケン演じるマフィアのボスとの友情、そして最後に名曲「君の瞳に恋してる」で再び4人が結集するエンドロールまで物語性も十分で、さすがクリント・イーストウッドである。

映画評論家の芝山幹郎が、「これは、年季の入った遊び人にのみ可能な技だ。押しも押されもせぬ名匠の位置にあってなお、イーストウッドは遊び人の闊達とざっくばらんな態度を捨てていない。・・とても乗り心地のいい大型車で、1950年代と60年代をクルーズしているような気がする。」と語っているが、嬉しい映画評だ。
 クリント・イーストウッド
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映画「蜩の記」・・理不尽な10年後の切腹を命じられた武士の矜持

2014年10月14日 | あなたの○○○な映画
話題の映画「蜩の記」を観た。


主人公戸田秋谷(役所広司)は郡奉行だが、側室との不義密通の罪で蟄居となり、10年後の切腹とその間の藩史編纂を命じられる。切腹の時期は3年後のこと。その監視役として派遣された壇野正三郎(岡田准一)への命令は、藩の秘め事を知る秋谷が逃亡を企てた時は妻子ともども切り捨てよというものであった。正三郎は事件の真相に不審を抱く一方、切腹という過酷な運命にもかかわらず、恨みを晴らす行動に出ることもなく坦々と藩史編纂に取り組む秋谷の気高い生き方に惹かれて行く。こうした中、正三郎は事件の真相を裏づける文書を入手することになり、ここから物語は大きく動くのだが、・・・。


脚本監督は「雨あがる」の小泉堯史。ロケ地に遠野を選び、田舎の家での緑の情景や武士家族の慎ましい生活を丁寧に描く。秋谷の畑仕事や正三郎の居合抜き・薪割り姿などのシーンも美しい。演出も2台のフィルムカメラを使っての長回し撮影といった凝ったもので、いかにも黒澤映画の伝統を守った映画作りである。



「柘榴坂の仇討」に続けて2本の時代劇映画を見たことになるが、いずれもいい作品であった。
このところ良質の時代劇が増えているが、時代劇映画でないと描けない世界があるのである。これらの映画に一貫して流れるのは、義に生きる武士の生き方であり、武士がひたむきにまもる矜持である。しかし、これらは現代劇映画では描けない。何故か。現代においては己の利益や出世を優先する生き方が当たり前になり、義に生きるなど程遠いからだ。仮に現代劇でそういう人物を描いても、時代遅れと映り見向きもされないであろう。

 そういう意味で、この二つの映画は素晴らしい。いずれも矜持を持って生きる武士のドラマであり、他者への慮りと赦しの精神に貫かれている。これらは如何なる時代においても人間が守るべき大事な生き方であることを、思い起こさせてくれる。
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映画「柘榴坂の仇討」・・時代の狭間で、己の運命に向き合う男たち

2014年10月10日 | あなたの○○○な映画
この映画、幕末から明治へと移り変わる時代の波に翻弄されながらも、己の道を貫こうとする元武士の姿を描く。
桜田門外の変で敬愛する主君井伊直弼を守り切れなかった志村金吾は、切腹も打ち首も許されず、仇敵を探すことだけに13年を費やする。一方、大老を殺害した後、身を隠し車引きとして孤独に生きる男佐橋十兵衛。
この二人が13年前と同じ雪の日、柘榴坂で巡り合い、剣を抜いて激しく斬り合うのだが・・。その結末は・・。


感動的なドラマである。降りしきる雪の中、激しく斬り合うシーンが素晴らしい。鍔迫り合いの中での二人の男の心情に泣けてしまった。
武士道を貫いてひたむきに生きる中井貴一の立ち姿が美しい。死に場所を探しながら生きる寡黙な男を演じる阿部寛の演技も心を打つ。
いい映画である。




ここには、情報が氾濫する中で、己の利益にのみ汲々とする現代人が何処かに置き忘れてきたものがある。時代が変わっても失ってはならないものがある。
そんなことを考えさせる映画だ。浅田次郎の原作がいいし、久石譲の音楽もいい。
映画の後はいつもこれ、今日は日本酒だよ。
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「ワイルドレンジ」・・ロバートデュバルとケビンコスナーの心を揺さぶる異色西部劇

2014年08月20日 | あなたの○○○な映画
西部劇の時代は終わった。暴力や殺人・人種差別など現代という時代に相応しくないからだ。しかし、いい作品もある。この作品、米国の新聞が「ハリウッドが生んだ最高のジャンル、西部劇の中でも最高の一本」と評したが、これは最後の西部劇かもしれない。


物語は単純である。草原から草原へと牛の群れを追って旅する男たちが町の有力者の罠にはまり、仲間を殺され復讐に立ち上がる話だ。だが、主人公二人の怒りが静かに報復に向かう心情がサムライを思わせ、ロマンをかきたてる。そして最後の銃撃戦、これは西部劇史上10本の指に入る名シーンと評価されているらしい。見どころ十分である。
 左ケビン・コスナー、中央ロバート・デュバル

 この世に居た証の前で祈る

特にいいのは「ゴッドファーザー」の名優ロバート・デュバルの人間を見つめる優しいまなざしなどいぶし銀の演技と拳銃の使い手ケビン・コスナーとの男のドラマ。多くを語らない二人の友情や人生に対する謙虚さが滲むシーンが心に響く。中年の独身女性を演じる「アメリカン・ビューティー」のアネット・ベニングの知的な美しさやケビン・コスナーとの大人の恋も心和ませる。

気の利いた場面やセリフも多くて楽しい。以下はその一部。
・早朝の草原で、ケビンコスナーが「この世にいた証だ」と言いながら、殺された友人モーズと愛犬の墓を掘るシーンも感動的である。「神よ、いいやつでした。笑顔で起き、終日それを絶やさなかった」の祈りの言葉もしみじみ胸を打つ。

・死を決した戦いの朝、コスナーがベニングに何も言わずに出かけようとするのを見て、デュバルが「あんな簡単なお別れか、俺は死んだ妻ともっと話してればよかったと思ってる。お前から何か言うべきだ。」と語りかけ、コスナーが素直に引き返し彼女に愛を打ち明けるシーンもいい。

・最後の決闘の直前、デュバルは雑貨店でキューバの最高の葉巻とスイスのチョコを買うが、高価なので一度も食べたことがないと恥ずかしそうに語る店主に、「最高のものも食べておかないとな」と言いながらチョコを分け与えるシーンも泣かせる。コスナーが壊してしまった彼女のティーカップをそっと買おうとするシーンもいい。





*この映画、NHKテレビで見たのだがいい作品であった。ちょっと中弛みのケビン・コスナーであったが起死回生の監督作品。僕の好きなロバート・デュバルをたてた演出も嬉しかった。劇場で見たいものだ。
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「とらわれて夏」・・脱獄犯とピーチパイを作るシーンが心に沁みる

2014年08月18日 | あなたの○○○な映画
原題は「RABORDAY(レイバーデイ)」。9月初めのこの祝日を控えたアメリカ東部の閑静な街。辛い過去の経験から深い喪失感を抱いて生きる母アデルと13歳の息子ヘンリーが支えあって暮らしている。二人は外出先で殺人犯の脱獄囚フランクと出くわし、絶対に危害を加えないと言う言葉を信じて自宅にかくまうことになる。

脱獄犯にピーチパイを教えてもらう感動的シーン

たった5日間の物語だが、家や車を修理し料理を作り、ヘンリーに野球を教えるフランクに安らぎを抱き、次第に魅せられて行くアデル、そんな二人をじっと見つめるヘンリー。癒しがたい過去にさいなまれて来たアデルとフランクはこうして惹かれあうのだが、ヘンリーとフランクの間にも父と子に似た感情が流れる。しかし、脱獄犯を追う警察の包囲は刻々と迫って来る・・。
 
次第に心が溶けて行くアデル

一緒に過ごした時間は短くても、運命的な出会いがアデルとヘンリーに残したものは大きい。しかしこの物語の真のクライマックスは、一緒に暮らした5日間の後にやって来る。静かな感動が心に響く映画だ。特にフランクが二人にピーチパイの作り方を教えるシーンが最高である。ボールの中でフランクとアデルの指が触れあって・・。いいねー、僕も誰かとピーチパイを作りたい(笑)。

アデルを演じるのは「愛を読むひと」のケイント・ウインスレット。フランクはジョッシュ・ブローリン、寡黙な演技がとてもいい。監督は「マイレージ・マイライフ」のジェイソン・ライトマン、にくい演出である。さて、この映画のタイトル「とらわれて夏」はセンスがない、原題通り「レイバーデイ」にすべきであったと思うが・・。

 じっと母アデルを見守る少年ヘンリー



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