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すごいぞ!ニッポン の デジタル化。②

〇 山間部の課題解消するLPWA網、愛媛県久万高原町が構築したSOS通報システムとは?

IoT(Internet of Things)の活用が進んでいる。例えば、農業分野だと圃場(ほじょう)の監視や作物の管理に活用できる。Webカメラやセンサー、散水装置といった多数のデバイスをインターネットに接続。監視データや測定データをクラウド上のサーバーに送ってビッグデータと連携させ、生産計画の調整や収穫時期・収穫量の予測、育成・収穫のナレッジ化を実現する。またクラウド側から制御信号を送り、水やりや温度管理を自動化する。こうした仕組みを活用しながら農業分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進めていくわけだ。

こうしたデバイスをつなぐセンサーネットワークで使われる通信技術はいくつかあり、その1つとして実用化済みなのがLPWA(Low Power Wide Area)である。通信速度は携帯電話網で使われている5G/4Gと比べるとかなり低速だが、電波が届く距離が長く低消費電力であるという特徴を持つ。使用にあたり特別な無線免許も不要だ。バッテリーやソーラーパネルでの運用が可能で、広範囲に少量のデータを送れることからIoTに適している。

そんななか、林業の町である愛媛県久万高原町は、ユニークな形でLPWAを利用している。聞けば、LPWAネットワークを使うのはデバイスではなく人だという。

愛媛県久万高原町役場
画1、愛媛県久万高原町役場。

同町が進めているのはどのような取り組みで、どんな効果があるのか。久万高原町まちづくり営業課 課長の高木勉氏、同課デジタル戦略班 班長の窪田成志氏、同班 主事の西岡真里氏に話を聞いた。

久万高原町まちづくり営業課の高木氏(右)、同課デジタル戦略班の窪田氏(中央)、西岡氏(左)
画2、久万高原町まちづくり営業課の高木氏(右)、同課デジタル戦略班の窪田氏(中央)、西岡氏(左)。

携帯の圏外である山間部では助けを呼べない。

久万高原町のLPWAネットワークは、林業従事者の安全対策に一役買っている。

実は、林業従事者が山に入って作業中、万が一転落・滑落のような事故が起こってしまったとき、助けを呼ぶのは容易ではない。

同町では、このような場合に救助を依頼する「SOSコール」の通信手段としてLPWAネットワークを活用している。そのためにまず、町内ほぼ全域をカバーするLPWA網を構築した。そして林業従事者(希望者)には町からLPWAに対応する端末(LPWA子機)を貸与。事故などで助けが必要になったら、LPWA子機からSOSコールを発信できるようになっている。

このシステムを導入する前は、携帯電話が通じない山間で作業をする際には、複数名で作業場所に向かい、1人が事故に遭ってしまったら、もう1人が圏内まで移動して携帯電話などで助けを呼んでいたという。

そもそも、山間部の作業を単独で行うことは推奨していない。だが、過疎化や人手不足が進む林業において、単独での作業は現実問題として避けられない。久万高原町では、この課題に対して携帯電話以外のネットワークを使った通報システムを作れないかと検討。「そこで目を付けたのがLPWAだった」(窪田氏)。

LPWA中継機はソーラーパネルで電源確保。

では、なぜ業務用無線や携帯電話ネットワークではなく、LPWAなのか。

「人が開拓した耕作地と違って、山林は携帯電話の圏外である場所がほとんどだ。このような場所で事故に遭って動けなくなったら、助けを呼ぶことができない。人や車の往来があるわけでもないので大変なことになる」(窪田氏)。

四国地方のような山林が険しいエリア、集落が少ないエリアにおいて、携帯電話の基地局および中継アンテナの整備はあまり期待できない。ましてや5Gのような周波数が高い電波は山や建物といった遮蔽物の干渉を受けやすく、尾根の影、谷間などをくまなくカバーするのは難しい。こうしたエリアの問題のほか、大容量の動画データなどをリアルタイムで飛ばせる5Gの場合、携帯電話網の基地局の消費電力も小さくない。電源をどう確保するかという問題もあるのだ。

久万高原町は、愛媛県中央部にある山に囲まれた林業の町だ
画3、久万高原町は、愛媛県中央部にある山に囲まれた林業の町だ。

LPWAは、正式名称の「Low Power」の部分が示すように、低出力ではあるが消費電力が小さい。LPWA子機(後述する「林業ジオチャット」)は、長時間のバッテリー駆動が可能になっている。LPWA中継機も小型であるため、設置に大規模な基礎工事や鉄塔は必要なく、ソーラーパネルと蓄電池で長期間の運用が可能だ。特別な免許も不要なので、導入のハードルが低いと言える。

前述したように、比較的長距離の伝送に耐えることもLPWAの特徴である。基本的に、周波数が低いほど電波が届く距離が長くなる。例えば携帯電話の700M〜800MHzが「プラチナバンド」とも呼ばれているのは、遮蔽物が多い街中でも電波が届きやすいためだ。LPWAが使用する周波数帯は920MHz。1GHz以下(サブGHz)と低い方で、LPWA中継機の設置場所さえ工夫すれば、山林でも広範囲をカバーできる。

20の中継機を設置、SOS通報以外にスマホと連携したチャットも可能。

久万高原町のSOS通報システムは、どのような構成になっているのだろうか。

久万高原町のLPWA網(親機・中継機・子機)のイメージ。同町と協力してLPWAのSOSネットワークを構築したフォレストシーが公開している資料を基に、筆者が作成した
画4、久万高原町のLPWA網(親機・中継機・子機)のイメージ。同町と協力してLPWAのSOSネットワークを構築したフォレストシーが公開している資料を基に、筆者が作成した。

まちづくり営業課デジタル戦略班によれば、設置したLPWA中継機の数は20。うち1つが、役場の屋上に親機として設置されている。親機はLPWA中継機とほぼ同じものだが、携帯電話網のアンテナ・通信モジュールを持っており、クラウド接続などが可能だ。20の中継機によって、山間部の多い町内はほぼ全域LPWAの圏内となっている。

LPWAの中継機は、見通しがよい斜面など20カ所に設置されている
画5、LPWAの中継機は、見通しがよい斜面など20カ所に設置されている。
 
町役場の屋上に設置された親機
画6、町役場の屋上に設置された親機。

そして役場、林業組合、消防署など計5カ所に、通報システムの管理コンソールPCと、回転(警告)灯+サイレン付きの警報器が設置されている。

久万高原町役場に設置されたコンソールPCと警報器
画7、久万高原町役場に設置されたコンソールPCと警報器。

端末としては、トランシーバー型でオレンジ色の「林業ジオチャット」という名称のデバイスが、林業関係者など希望者に町から貸与されている。林業ジオチャットは充電式で、1回の充電で丸3日ほど稼働できる。表示パネルなどはなく、SOSコールのためのボタンが1つ付いているだけだ。

「林業ジオチャット」(左)と、連携するアプリをインストールしたスマホ(右)。林業ジオチャットとスマホはBluetoothでつながる
画8、「林業ジオチャット」(左)と、連携するアプリをインストールしたスマホ(右)。林業ジオチャットとスマホはBluetoothでつながる。

通話はできないが、「ジオチャット」の名前が示すように、Bluetoothで接続したスマホにインストールしたアプリと連携させれば、簡単なテキストメッセージを送ることができる。またこのアプリは、山に入っている仲間などとの定型文を使った連絡や、SOS発信をすることも可能である。この仕組みによって、携帯電話ネットワークの圏外でもLPWA網によるコミュニケーションが可能になっている。

スマホアプリでチャットを利用している様子
画9、スマホアプリでチャットを利用している様子。
 
スマホアプリはSOS発信や定型文を使った連絡も可能
画10、スマホアプリはSOS発信や定型文を使った連絡も可能。

スマートフォンが使えない状況に陥っても、林業ジオチャットのボタンを押せばよい。役場や消防署・営林署などに設置したコンソールの警報器が事故を知らせてくれる。林業ジオチャットは、3分おきにGPS測位情報も送信しているので、管理コンソールから遭難者の位置を特定したり、トラッキングしたりすることも可能だ。

苦労したのは中継機の配置を決めるサイトサーベイ。

ただし、システムの構築は一筋縄ではいかなかった。LPWA中継機の設置場所を選定するための調査である「サイトサーベイ」が、最も苦労したポイントだったという。

「町が所有する山林を利用できるので用地確保は難しくなかったが、どこに置けば全域をカバーできるか、という試行錯誤が大変だった。設置は小さい櫓(やぐら)を立てるだけで電源工事も必要なく難しくはないが、中継機周辺はなるべく見通しを良くしたいと考えた。そして、開けた斜面に立てた中継機をつないで親機に届くようなメッシュ構成にした。また、場所によっては一部の樹木を伐採した」(窪田氏)。

山間部に設置されたLPWA中継機
画11、山間部に設置されたLPWA中継機。

5GにしてもWi-Fiにしても、サイトサーベイは簡単ではない。通信事業者はそのプロフェッショナルの技や高度なツールを駆使して干渉も少なく、最も効率のよい配置を考える。久万高原町にはサイトサーベイのプロはいないが、LPWAのソリューションを持つフォレストシーという企業と協力して、LPWAのSOSネットワークを構築した。

「ベースとしたのは、システム構築を相談したフォレストシーが全国で展開していた、害獣の捕獲を通知するIoTセンサーシステム『オリワナシステム』だった。フォレストシーは、オリワナシステムのほか、それを応用した登山者向けの遭難信号システムのソリューションまでは持っていた。これを共同で拡張してSOS通報システムとして開発した」(窪田氏)。

IoTでの活用も視野に。

SOS通報システムは、2021年4月に導入した。現在、稼働している「林業ジオチャット」は100台ほど。町では、多くの人に持ってほしいと考えており、少なくとも現在の倍、200台くらいまで稼働台数を増やしたいとしている。

幸いにも導入以降、林業関係事業での遭難事故は起こっておらず、警報器はまだ鳴っていない。テストや訓練は適宜行っており、役場から20km前後なら問題なくSOS信号は届いているという。

課題や今後の展開についても聞いた。

窪田氏は「(林業ジオチャットは)緊急時にボタンを押すだけの端末だが、気軽に持ち歩くにはもう少し小型化が必要かもしれない」と話す。今でもスマホと大差ない大きさだが、厚みがありアンテナも飛び出しているため、ポケットに楽におさまるサイズが理想だ。より肌身離さず持ち歩きやすくするためである。

さらに、SOS通報システム以外の利用も検討中だ。例えば、田んぼの水位警報やセンサーを用いた高齢者の見守りなどである。せっかく、町内全域をカバーするLPWAネットワークを整備したので、LPWAの得意分野であるIoTにも活用したいというわけだ。LPWAは写真や動画など大容量コンテンツの伝送には向かないが、センサーデータやシグナルの伝送といったIoTの用途であれば問題はない。

過疎地やルーラルエリアの通信網としてはローカル5G(通信事業者ではない組織が構築・運用する自営の5Gネットワーク)などもあるが、整備・運用コストを考えると広い範囲に展開することができる自治体はそれほど多くないと考えられる。事実、久万高原町によるLPWAを用いたSOS通報システムと同様のシステムは、他の林業組合や自治体でも採用されるケースが増えているという。


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