〇 本連載では3カ月近く前に「人間の仕事はChatGPTに奪われるか?」というテーマで、急速に普及している生成AI(人工知能)によって人間は仕事を奪われるのかどうかという点を考察した。その後生成AIをめぐる新たな動きが次々と出てきているが、その中で「人間の仕事は、ある程度奪われるだろう」という予想が立ちつつある。
これは生成AIに限らずAI全体について言えることだが、その普及によって起こるであろう社会構造の転換とは、一体どのようなものなのか。仕事を変える必要が出てくる人は、どのような仕事をするようになるのか。新たに生まれる人間の仕事や、人間が着手できるようになる手つかずの仕事はないのか。今回はこれらの点を、最近のニュースを見ていきながら考えてみたい。
2023年5月1日、米IBMのアービンド・クリシュナ最高経営責任者(CEO)が、AI(人工知能)で置きかえられる可能性があることを理由に、今後数年にわたって一部の職種の採用を一時的に停止するとの考えをブルームバーグとのインタビューで示した。特に、雇用証明書の発行など人事における日常的な事務管理業務が完全に自動化される公算が大きいという。顧客との接点を持たない業務に従事する従業員が約2万6000人おり、今後5年間でその30%がAIや自動化で代替されることが容易に想像できると述べている。
IT業界の盟主とも言えるIBMの動きであるため、衝撃が走った。米Wall Street Journal(WSJ)の5月17日の記事「消滅しつつあるホワイトカラーの仕事」では、米Meta(メタ)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が、最近実施が発表された人員削減後、従業員に対して「新たなテクノロジーの台頭で企業運営が円滑化するため、今後仕事の多くが戻ってこない」という内容の話をしたことを紹介している。そのほか、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)、米Google(グーグル)、米Microsoft(マイクロソフト)などのIT大手が人員削減を発表していることは、多くのニュースが伝える通りだ。
社会構造の変化を前提に考えるべきだ。
こうした懸念があるものの、生成AIを含めたAIの議論は、単に「自分の仕事を奪われる」という論点から、そろそろ次のフェーズへの移行すべき時期にきているのかもしれない。
日本で言えば、社会構造の変化にAIが及ぼす影響である。例えば、少子高齢化はもはや避けられない未来とされており、労働人口の減少と消費力の低下をどこまで防げるのかが注目されている。従来この問題の解決策として、外国人採用増などが挙げられていた。だが、ここに来ての物価高と日本の国力低下を背景にした円安によって、日本に住み、働きたいと考える外国人を継続的に確保できるのかが懸念される。
そうなると、レストランの給仕を担当するロボットが思い浮かべやすいかもしれないが、AIを搭載したロボットを、より戦略的にさまざまな業種で活用することを本気で考える必要があるだろう。もちろんその実装アイデアを事業化し、世界にサービスとして売り込むといったことも考えられるはずである。
製造業の場合はどうだろうか。AIを使って工場の自動化を図るスマートファクトリーなどの取り組みを推進するということになってくるのではないだろうか。
さらに営業やマーケティングの自動化、クリエイティブの作成などもAIが代替しようとしている。今後はこうした動きを踏まえつつ、人間が何をすると最も付加価値を生むのかを本気で考える必要がある。少子高齢化の日本を考えるなら、視線を海外に移すのも一策だ。
例えば、従来日本市場しか見ていなかった企業が、新たに多数の消費者が存在する中国やインド、東南アジアなど多数の人口を抱える地域を新たに顧客ターゲットとして設定し、できるだけオンラインの仕組みを交えながら現地とコミュニケーションしていくといった取り組みをすれば、企業として業績を伸ばしていけるかもしれない。
AIの台頭を脅威ではなく、新たな経営戦略の立案につなげられた者が、未来の成功をつかむのだと考えられる。
だがAIによる雇用への脅威はIT業界にとどまらない。WSJは同じ記事で、米Walt Disney(ウォルト・ディズニー)や米Lyft(リフト)などの企業も人員削減を発表していることに触れている。
「一世代に一度のテクノロジーの融合と、より効率的な業務運営へのプレッシャーにより、失われた多くの雇用は二度と戻らないかもしれないと企業は述べている」とWSJは伝えている。
テクノロジーの作成者自身が懸念を持つ技術。
AIを含むテクノロジーの台頭で、コンピュータに仕事が代替されていくとの発表が相次ぐ中で、気になるニュースもある。
もともと米国を中心にくすぶっていた「AI脅威論」を一気に現実の脅威へと転換させたのが、米OpenAI(オープンAI)の大規模言語モデル「GPT」をベースにした生成AIサービス「ChatGPT」である。それが世界中のメディアやSNSを騒がせている一方で、その仕組みそのものや潜在的な影響力、リスクがはっきり分かっていないのである。
3月17日に米ABC NewsがオープンAIのCEOを務めるサム・アルトマン氏のインタビューを掲載している。その記事で、は、アルトマン氏がChatGPTを何かの代替品としてではなく、ツールとして見るよう推奨していると指摘。同氏はChatGPT を、問題解決を支援してくれる「副操縦士」として考えてもらいたいと述べている。
それについては、既に出でている認識であるため、驚きはない。一方でアルトマン氏が、自社製品の成功を喜んでいるものの、AIの実装に夜も寝られないほどの危険性があることを認めている点が気になる。具体的には、GPTのようなモデルが、大規模な偽情報によって操られる、もしくはサイバー攻撃に利用される可能性があることを、モデル作成者自身が本気で懸念しているのだろう。
SF映画のように、AI自身が意思決定を下し、世界征服を目指すといった心配はまだしなくてよさそうだが、「どこかの誰か」が実質的にこの仕組みを乗っ取る可能性は否定できないということではないだろうか。
クーリエ・ジャポンのコラムニストであるスコット・ギャロウェイ氏は同誌のコラム『デジタル経済の先にあるもの』の4月22日掲載記事で「あなたの仕事を奪うのはAIではなく、AIを使いこなす人物である」と述べている。この記事では、ChatGPTが8割の回答で誤情報を生成したとの調査結果を紹介している。ChatGPTが生成する情報を意図的にコントロールする(例えば、ChatGPTによる回答がウソと知りながら拡散するような)人物こそ、この生成AIにおける危険人物であるとの指摘である。