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谷本拓郎のブログ

フランス Toulouseでの海外生活記 2008年10月~2012年2月等

マレーシア MSC (Multimedia Super Corridor)

2009-07-11 | Weblog
2009/7/3 出張でマレーシアに行く機会があり、マレーシアの国を上げてのIT産業集積地域 CyberjayaのMSC(Malaysia Multimedia Super Corridor)の一つの施設を見学した。

 MSCはIT産業発展のために前マハティール首相の指揮のもと1996年から進められたマレーシアの国政産業育成プロジェクトである。1996年当時アメリカに留学していた時のクラスメートにルーセントテクノロジーから派遣留学していたマレーシア人がいたので、当時スタートしたMSCに興味を持って話を聞いていた。また、当時マハティール前首相のアドバイザーを務めていた大前研一さんがMSCの構想に携わっていたらしく、彼の著書にもMSCに関することが書かれていたので、実際にこの国策プロジェクトが成功するのか興味があった。

 先日7月3日のCyberjaya訪問時に1996年の発足当時からMSCに携わっているマレーシアのMSC関連組織の職員から話を聞く機会があり、見たところMSCは思った以上に成功しているようだ。
特徴は、MSC ステータスをいう称号を内外資企業に与え、特に最初は海外からの先進企業を誘致を重視し、地元マレーシア人の雇用とスキル育成を実現している。MSCステータス企業には
・光ファイバー等のインフォメーションインフラの提供
・マレーシア人、外国人への雇用制限の撤廃
・資本外資制限の撤廃
・必要先進設備の輸入の5年間の関税免除、10年間の法人税免除
・インターネットのNo censorship(無検閲保障)
・地元の行政、企業へのネットワークのサポート
等々が提供されている。

 結果、1996年の発足当時ICT企業は180だったのが現在は2300企業に増え、10万人の雇用を創出している。また、内容もe-Government等の行政手続きの効率化だけでなく、MSC関連企業が3Dアニメーション映画の製作が行えるレベルのクリエーター技術も育成され、産業の裾野が広がっている。発足から13年でここまで、成功している国家のIT産業育成はあまり例がないのではないだろうか?また、マレーシアが過去のイギリスの植民地の事実があってか英語のリテラシーが他のアジア地域と比較しても非常に高いことも海外の企業が安心して投資を行えた理由の一つだと思う(プレゼンターの英語も非常に流暢だった)。東南アジアの国々は1997年の通貨危機、2008年世界不況の影響で総じて経済が低迷しているが、マレーシアは5-6%の成長をしているようで、一人当たりGDPも近隣国のタイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアに比較して数倍~10数倍程度高い。

 この見学を終え、「日本のIT行政は大丈夫か?」と思ってしまった。内部に関与していないので、実態は良く知らないが海外から対外的に聞こえてくる内容は、IT産業育成プロジェクトの「名前をITにするかICT」にするかとか、「巨大な漫画喫茶の建設」とかあいかわらず、中身のない箱モノ行政のように見える。
民間の草の根的な努力、技術に頼るのいいが、マレーシアのMSCプロジェクトのように国家として戦略的なIT産業の育成、雇用、国民的スキルの向上を計画し、分かりやすく国民に伝えるべきではないか?麻生総理の「漫画好き」は、コンテンツ等ソフト産業への理解と好意的にとらえていたが、IT産業へのビジョンが見られない現在の状況は支持率が示す通り失望されられる。

 ところで、1996年前のIT状況を補足したい。私が社会人になって最初の会社NECに入社した1991年から、1996年にアメリカ留学に行くまでの5年間に大きくオフィス環境が変わった。91年当時はIT企業の先駆者と見られていたNECでもまだオフィスコンピュータが使われており、仕事もオフィスコンピュータを主、PCをサブとして使って行っていた。
インターネットはいわんやPC LANも社内に普及していなかったが、1992年~1993年くらいから、個人一人一台のPC普及も広がり、PC LANも敷かれていった。

 社会的には当時TV露出も多く、ベストセラー作家だった竹村健一さんの「マルチメディアを知らんで明日を語ったらあかんよ!」(1994)や大前研一さんの「インターネット革命」(1995)等の出版もあり、この数年間で次世代IT産業への期待が高まり、マルチメディアと言う言葉が流行った。NECも1994年くらいに「98Multi CanBe」というTV機能、FAX機能も備えた一体型パソコンをマルチメディアパソコンとして売り出し、会社の標語も「C&C(Computer & Communication)のNEC」から、「マルチメディアのNEC」に変え、マルチメディアという新IT産業に期待し、経営の方向性を転換していった。ところで、当時私はNECの一担当者だったが、マルチメディアという社会トレンドの標語を使うより、C&Cというオリジナリティーのある標語を守る方がいいと考え、社内の上司、同僚にも伝えていた(社長には伝える機会がなかったが・・・)。今では、予想通りNECはマルチメディアも捨て、国際性を考慮してか、NEC/Empowered by Innovationになっている。素敵な響きだが、
TOSHIBA/Leading InnovationやHITACHI/Inspire the Nextと違いが分かりずらい。やはり、C&Cを残していた方が老舗として魅力的だと思うのだが・・・。

 さて、1993~1994年ごろマルチメディアが流行語になったが、当時どこかITを中心とした未来の豊かで便利な生活を期待させるような響きがあった。その後、インターネットが普及し、インターネットが主となり本当にIT産業、世界を変革していった。現在では、マルチメディアという言葉はあまり聞かなくなったが、MSCはマルチメディアという言葉を残して成功している数少ないプロジェクトの1つであると思う。

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