(Ⅰ). 翻訳のこころ構えーミクロ翻訳法とマクロ翻訳法
1.その文章を書いた人は何か言いたいことがあってそれを書いたにちがいない。翻訳と は要するにその「言いたいこと」、著者が何を言おうとしているのかをつかむことで ある。
2.そこでまず大事なのは、原文の全体が何を言おうとしているかをつかむことである。 だが全体を理解するためには、各部分(一語一句)もおざなりにしてはならない(ミ クロ的翻訳法)。同時に各部分が全体を離れて部分だけで独立しているものではない ということも忘れてはならない(マクロ的翻訳法)。要はミクロ的翻訳法とマクロ的 翻訳法の両方が必要なのだ。
3.言いたいことを把握するのに重要なのは、どんな国の人間が書いたにせよ、正常な頭 をもった著者の文章には、万人共通の論理というものが備わっているはずである。内 容の理解には、この論理の筋道を正しく追うことが大切なのだ。
4.論理の筋道を追うことにあわせて、柔軟な頭を持つことだ。
いかなる難文といえど、柔軟に頭を働かせてみれば内容はそれほど難しいことを言っ ているわけではないことに気づくことが多い。自分でもわけの分からない訳文になっ てしまったら、十中八九、誤訳していると思って間違いはない。こういう場合は原点 に帰って、文法・語彙などの解釈に問題がないか見直すことが肝要だ。
(Ⅱ) 翻訳ガイドライン
(Ⅰ)正確であること:
A.誤訳の原因:
① 著者の意図が十分つかめていない。
② 英語を正しく理解できていない。
③ 内容を正しく理解できていない。
④ 日本語が正しく使っていない。
⑤ ケアレス・ミス(思い込みや不注意による単純な間違い)
B.原文を分析する:
)内容:
・ これは誰が書いたか
・ 何の目的で書いたか
・ どんな読者を対象にしているか
)表現
・どのように書かれているか。
C.表現の過不足をなくす:
翻訳の際、読者の理解を確実なものにするため、翻訳文の中に追加情報を付加する 必要がある。
D.何をどう調べるか:
一般辞書・専門辞書・専門書・百科事典・インターネットなどフルに活用するとと もに、専門分野の研究者の人脈づくりも重要である。
E.専門得意分野を、1つだけでなく、少なくとも2つ以上もつ。
例えば、経済と金融、ITとコンピュータ、遺伝と生物などの近隣分野もカバーす ることで、仕事に幅を持たせることも大切である。
F.専門用語集・表現集など手づくりのデータ・ベースを作る。
(Ⅱ)翻訳に必要なスキル
1.翻訳とは、外国語で記述された原文を読み、その内容を理解し、理解した内容を読者 として想定される日本人に理解しやすい日本語で記述する作業である。
2.翻訳のステップ:5段階
原文を読み内容を理解するまでは英語ネイティブとなり、内容を理解した後は日本
語ネイティブとなって日本語を記述する。
① 原稿をさっと読み、表題の意味を考え、何を目的として記述されたものかを理
解する。
② 目次をざっと追って、どのように説明を展開しているのかを理解する。
③ 第1章の表題を見て、その章で何を説明しているかを知る。
④ 最初のパラグラフ全体を英語として読み、筆者の説明の流れを理解する。
⑤ パラグラフ全体の説明の流れが理解できたら、そこで初めて、今度は頭の中に ある理解した内容を自分の日本語表現力を駆使して日本語で記述する。このとき には、すでに原文は頭にない。
(Ⅲ)3つのスキル:
1)英文解釈力 ①英文法
②単語
③英文の構造の理解
2)専門知識 ①専門知識
②専門用語
③調査力
3)日本語力 ①自然な日本語
②流れのよい文章
③誤字、脱字、変換ミスの有無、スタイルガイドの遵守
4.スキル詳論
1)英文解釈力
① 英文法:6つの要点
・ 冠詞
・ 単数と複数
・ 関係代名詞の制限的用法と非制限的用法
・ 助動詞
・ 時制
・ 仮定法
② 単語:英英辞典を使う
英英辞典で、個々の英単語の本当の意味を知り、さらにWeb上でその単語を使った文 を読んで、その単語が使われているコンテキストにあった適切な訳語を自分で考える。
ツール:
1.Collins COBUILD CD-ROM版
2.LONGMAN Contemporary English CD-ROM版
3.GuruNet http://www.gurunet.com
4.Random House CD-ROM
5.Readers Plus CD-ROM
6.研究社新英和・和英中辞典 CD-ROM
★ なぜ英英辞典を使うのか?
1.英和辞典に出ている訳語はあくまでサンプルで、最終的な訳語は自分
で決定する必要がある。
2.英英辞典は文章自体が英米人の発想で書かれているので役にたつ。
3.文章全体の英語ネイティブの発想に関する知識を知ることができる。
★ 英語ネイティブ独特の発想を理解するには、ひたすら多くの英文を読む以外に
解決法はない。
③ 英文の構造の理解:
日本語・・・「起承転結」
英語・・・・パラグラフ・ライティング
■パラグラフ・ライティング
1.1つの専門語には1つの訳語をあてなければならない。
2.1つの文の中で、複数の事項を説明してはいけない。
3.1つのパラグラフの中で、複数のトッピクについての説明をしてはいけない。
4.1つの文書の目的は1つに限るべきである。
2)専門知識:
① 専門知識: 1.専門書・専門誌の活用
2.展示会・セミナーへの参加
② 専門用語: 1.支給された用語集の訳語を使うこと。
2.Webは用語辞典の宝庫である。
③ 調査力: Web検索のコツをつかめ。
3)日本語力:
① 自然な日本語 1.翻訳後の対象読者を意識せよ。
2.毎日「日経新聞」を読め。
3.出来上がった訳文を声を出して読むと、不自然な部分を 見つけられる。
② 流れの良い文章 1.一文一文を独立して訳さず、原文の説明の流れをパラグ ラフ単位で意識する
③ 誤字・脱字 略
5.翻訳に必要なパソコン環境・・・パソコンは最低2台は必要である。
1台:翻訳作業環境・・TRADOSのWorkBench,MultiTerm, MS Word, Excel
2台:参照環境・・・原文ファイル、CD-ROM辞書、Web上辞書、Web検索
2.普遍思考回路と意味範疇
人間は、すべからく「普遍思考回路」という共通のものを持っていると考えられる。
どんな国の人でも母国語のほかに他の外国語が習得可能なのは、普遍思考回路が存在し、これを回路を介して「言いたいこと」を2国語間でそれぞれの国語固有への表現転換を行っているためと考えられるからである。
A言語からB言語への転換、つまり、A言語からB言語への「翻訳」を行う場合、A言語の「表現形態」を、そのままB言語の「表現形態」に「辞書」を使って直接転換しても、決して自然なB言語にはならない。
まずA言語の表現形態から真に意味すること、言いたいことを咀嚼・理解して、いったん普遍思考回路のレベルに昇華させることが必要である。その上で、昇華された「言いたいこと」にもっとも一致する表現形態をB言語の中から見つけ出すという作業を行ってはじめてA言語の「いいたいこと」の表現形態を、B言語を母国語とする人々に違和感を生じさせない自然なB言語に転換することが可能になるのである。
「翻訳」という作業は、A言語のある表現単位に一番合致するB言語の表現単位を探し出すことである。A、Bそれぞれの自然言語をまとめて整理したものが、A,Bのそれぞれの国語辞書であり、AとBとを両方の言語を対訳の形で編集したものが2ヶ国語辞書であり、英語でいえば、英和辞典、和英辞典である。
A言語に含まれるgetという英単語は、B言語の「得る」という日本語の語彙と一対一の対応関係にはない。getという単語は「・・の状態にする」など他にも重要な意味を持ち、さらに副詞や前置詞と結合して、「得る」という意味からは類推できない独立した多様な意味を表わす句動詞群を形成している。これらは、通常idiom=熟語とよばれ、独自の意味単位を表すため個々に学習する必要がある。
また、前置詞on は接触を表すが、It’s on me. で「私のおごりだ」という文レベルの独自の意味単位を形成する。さらに句、文レベルを超えて、パラグラフ・レベルでも独自の文脈が形成され、全く同じ文でも、パラグラフ全体が意図する文脈が異なれば、翻訳文も異なったものにしなければならない。また、特に日英翻訳の場合は、マニュアル・取り扱い説明書などを除いて、重要な情報が後にくる「起承転結」で書かれていることが多いので、重要なポイントを先に書き、後からそれを支持する文章が続くという、パラグラフ・ライティングの形に情報の組み換えが必要になる。
つまるところ、A言語のある意味表現に等価なB言語の中の表現をいかに早く正確に転換できるかが、その人の「翻訳力」を決定するのだ。
ところが、A言語にしろ、B言語にしろ、それぞれの意味表現の総体をすべて網羅した辞書は存在しない。まして、AB両語間の対訳辞書は、紙幅や収集力の限界もあって、総体の一部を記載し、対訳語も例示的なサンプル程度にすぎない。たとえば、英日2対訳文をコロケーションとして整理した勝俣銓吉郎の辞書は、コロケーション辞書として世界最大級の規模を誇るが、実際の翻訳の経験から言えば、英語の総体を充分カバーしているとはとてもいえない。英国の大学や出版会社などは、最近膨大なコーパスを構築してきているし、Googleなどの検索エンジンを利用して、これも膨大な英語文例を見ることもできるが、もちろんこれらには日本語の対訳が付いているわけではない。
そこで、2言語間の等価表現を迅速に把握する方法として、「普遍思考回路」の構造に着目してみよう。人が、物事を思考する場合、思考なりイメージする筋道として、いくつかの範疇(カテゴリー)に区分された思考回路を利用していると考えられる。たとえば、「時間」、「空間」からはじまって「感情表現」などにいたる思考回路を頭の中でフル回転して思考行為を行っているわけである。もし、こうした思考カテゴリーを体系化し、カテゴリーごとに2言語間の対訳コーパスを大量に整理蓄積できれば、かなり容易に2言語間の等価表現の検出が可能になるであろう。
わが国の「英辞郎」は、いまや恐るべき速度で英語語彙・表現を蓄積しているが、アルファベット順配列であり、カテゴリーに基づいた類似表現群のグループを集めたものではない。カテゴリー別といえば、ロジェのシソーラスが有名であり、単語・熟語を範疇別に整理してあるが、例文がなく、もちろん日本語訳などは付いていない。
日本語の表現辞書はほとんど未発達だが、最近、『日本語大シソーラス』という名前の辞書が出版された。分類基準をロジェにおき、材料は広辞苑を用いた1個人による力作であるが、日本語の多様で豊富なコロケーションを含んだものではない。そもそも、今日まで、日本では、多くの国語辞書が出版されてきたが、日本語をコロケーションという視点から、日本語のもつ多様豊富な表現を本格的に収集しようという試みがなされたことがないのだ。こうした研究がないため、日本の和英辞書は英和にくらべて極めて発達が遅れているのである。
(英語圏では、ロジェのシソーラスの類似小型本がソフトカバーで数多く売られており、実際多くの欧米人が作文の際、よく参照している。日本では、以前から国立国語研究所編纂の『分類語彙表』があり、最近改訂増補されたがそれほど利用されているとはいえない。)
普遍思考回路内の構造をより深く研究し、範疇(カテゴリー)を大・中・小と分類して明確に体系化し、この枠組みの中で、英語とそれにピッタリ対応する、こなれた日本語との英日対照コーパスを大規模に構築し、CD-ROM化して安価に提供すれば、日本人の英語の学習環境は大幅に改善し、英日―日英の翻訳の質は飛躍的な向上が可能になるであろう。
最後に、参考に私個人のデータベースから、範疇別表現の実例の一部を紹介しておこう。
1.勧誘・提案:
1)How about a game of chess? チェスでもしませんか。
What about having a picnic? ピクニックに行きませんか。
2)What would you say to going out for a walk? 散歩でも参りませんか(丁寧)
3)It would be better to give it to mother. それはお母さんにあげた方がいい。
4)Would you like another cup of coffee? コーヒーのおかわりはどうですか。・・・
2.欲求・希望:
1)Mr. Sato is all set on passing the interview test.
佐藤さんはとても面接試験にパスしたがっています。
2) Are you in the mood for dancing tonight?
今夜はダンスしたい気分じゃありませんか。
3) Would you care to live with us while you study? 在学中はわが家に寄宿され たいのですか。(丁寧)
3.計画・意図・予定:
1)I’m thinking of going to Europe next year. 来年はヨーロッパに行く積も りだ。
2)I’m planning on spending the coming holidays in France. こんどの休暇は フランスで過ごす計画です。
3)I have no intention of ignoring your rights. あなたの権利を無視する積も りはありません。
4)It is arranged that we shall meet here. ここで会うことになっています。
5)We met yesterday evening as arranged. 昨晩予定通りに会いました。・・・・・
私の場合、こうした範疇を、50区分程度に分類してあり、「感情表現」で言えば、①嬉しいことはプラス概念、②中間的なもの、③悲しいこと・怖いこと・腹が立つことなどはマイナス概念として、3つの中間分類とし、さらにそれを小分類に分けている。読書などの際、各範疇に該当する表現に出会うと印をつけておき、全体を読み終わるとそれをカードに書き取り、文脈の中でのぴったりの訳文を付けておく。特に重要なのは、この一定の文脈の中でターゲット言語の中のぴったりした表現を見つけることである。斎藤秀三郎の『熟語本位英和中辞典』は、そのこなれた訳が賞賛されることがあっても、なぜそれが可能であったかの理由の解明はあまりなされていない。彼の膨大な著作を調べてみると、1パラグラフ程度の長さの原文→そこから重要なイディオムを含んだセンテンスの抽出→その重要表現の和文訳からの元の英文への再現の形式を採っており、最後の段階の和文訳が原文の文脈をふまえた訳文として温存されている。文脈を踏まえた日本語訳文は、英英辞典などに記載された、文脈と遊離した単独文の日本語訳とは異質のものであり、斎藤のこなれた自然な日本語訳文の秘密はこの点にあると思われる。以上のようなことを考慮しながら、カードが一定量にたまると集中的にデータベースに範疇別に分けて蓄積・活用することで、実際の翻訳の際、的確な英日・日英の転換がかなり容易になるわけである。
(参考文献)
1.関口存男「独作文教程」(三修社)
2.林語堂「開明英文文法」(文建書房)
3.ウィルキンズ「ノーショナル シラバス」(オックスフォード大学出版局)
2. 英語は概念から表現する
日本人が、英文を作成する場合、一番厄介なのは、「使っている語彙も文法も正しく、言おうとしていることもなんとなくわかるけれど、われわれネイティブはこのような英語は使わない」と言われることであろう。では、このようにネイティブに指摘されたら、英語を母国語としないわれわれにはなす術(すべ)はないのであろうか。日本語を母国語とする日本人と英語を母国語とするネイティブが顔をつきあわせて共同作業すればこうした問題はかなり解決できるだろう。しかし、こうした方法では、時間とコストがかかりすぎて実行は難しいだろう。
こうした厄介な問題を克服し、ネイティブに限りなく近い発想で英文を書け話せるようになることをめざすにはどうしたらそれが可能になるのか。
近年、「コーパス言語学」という研究分野が誕生し、コンピュータによる語彙分析重視の研究ががぜん脚光をあびはじめてきた。コンピュータの飛躍的進歩によって、億単位の語を蓄積した巨大なコーパス(corpus)―The Bank of Englishは5億語―が構築されそれを用いた分析手法が大きな発展をとげた。巨大なコーパスを分析することにより、単語やフレーズの使用実態をより客観的に観察できるようになった。人類には生得的に普遍文法が備わっており、これによって個別言語の獲得がなされ新しい言語表現が創造されるというチョムスキーの生成文法の理論とは対極的な考え方、人間による言語の運用は、語と語が結合する一塊(ひとかたまり)、すなわち、決まりきったフレーズ(句)を使って表現したい文脈に合致する文を構成しコミュニケーションを行っているにすぎないということが解明されてきた。
とりわけ、最近、Phraseologyという考え方が現われ、ネイティブ・スピーカーにとってごく当たり前の英語表現であり辞書にも記載されていないがノン・ネイティブにとっては重要なコロケーションに注目しそれを自由に駆使できるかどうかで本物の英語力が決定されることが分かってきた。
たとえば、A言語で「今回は僕のおごりだ」という表現をB言語に移すには、A言語の個々の構成要素である語彙をいくら詳しく分析してB言語に対応させようとしてもだめで、B言語の形式で同じ内容をズバリ表わす「形式」である”It’s on me this time.”をB言語の表現形式全体から見つけ出さなければならない。そのピッタリ対応するB言語の文はA言語の品詞や構文とはまるで違うことも多いのだ。つまるところ、ネイティブに近づく語学力とは、2言語間で、同じ内容を表わす慣用的な2つの形式(=型)の組み合わせをどれだけの量を知っているかと言い換えることができるよう。
そこで、この2言語間の等価表現を迅速・的確に把握する方法として、われわれ人間が頭脳の中にもつ普遍的な思考体系に着目してみたらどうだろう。プラトンのいう「イデア」のようなものを想像してもらえばよい。 われわれは、よく言いたいことはハッキリしているのだが、どう表現したらよいかわからないといった場面に遭遇することがある。一番ピッタリする表現形式を引っぱり出そうとする過程で言いたい内容を表わす形式は、概念的カテゴリーの型として頭の中に整理されていて、その中から選択していると考えられる。そうでなければ欲しい言葉を頭の中の全語彙から検索しなければならずそれでは時間がかかりすぎてしまうはずだ。この点に着目して、無数ともいえるA言語とB言語の対訳ペアを明示的に概念別カテゴリー別にあらかじめ整理しておけばA言語からB言語へ転換するアクセス・タイムや的確さは飛躍的に増大するだろう。
A言語からB言語への転換、つまり、A言語からB言語への訳出を行う場合、A言語の「表現形態」を、そのままB言語の「表現形態」に「辞書」を使って直接転換しても、決して自然なB言語にはならないことが多い。
まずA言語の表現形態から真に意味すること、言いたいことを咀嚼・理解して、いったん概念別カテゴリーのどれに属するかに昇華させることが必要である。その上で、昇華された「言いたいこと」にもっとも一致する表現形態をやはり概念別カテゴリーに整理されたB言語の中から見つけ出すという作業を行う。こうしてはじめてA言語の「いいたいこと」の表現形態を、B言語を母国語とする人々に違和感を生じさせない自然なB言語に再表現することが可能になるのである。
実際、日本人が書いた英語をネイティブが直す過程を見ていると、日本語の原文に引っぱられていた日本人の英語を、英語の表現形式の型のどれかに内容を盛り込めないかという作業を無意識に行っているのに気づく。
概念別カテゴリーの構造を深く研究し、分類して明確に体系化し、この枠組みの中で、日本語とそれにピッタリ対応する英語との英日対照概念別表現集があれば、日本人の英語の質は大幅に改善されるだろう。
著者が、概念別に英語表現を集めてみようと思い立ったのはずいぶん昔になる。きっかけとなったのは、林語堂の「表現文法」と関口存男の「意味形態論」との出会いであった。
□ 林語堂『開明英文典―表現の科学』:こういう概念があったら、それをどう表現したらよいか。表現しようとする思想から出発して、その表現手段を考える。そして、概念別グループごとに、そういう概念が英語ではどのように表現されているかを研究する。
□ 関口存男の意味形態論:伝統的文法が、形式→意味範疇→意味のプロセスをとるのと反対に、意味→意味範疇→形式という聞き手・読み手の立場をとる意味形態を出発点とし、意味形態を実現する手段として、どのような表現形態があるかを研究しようとする。
同時通訳の第一人者である小松達也氏は
「英語で話そうとするときでも、どうしても日本語の発想や表現がまず頭に浮かぶことはないだろうか。最初から英語で考えるのだ、”Think in English”と言っても、現実には日本語の発想から逃れることは難しい」『通訳の英語 日本語』文春文庫95頁、
「日本語と英語のように文章構造が大きく違う言語の間では、翻訳しようとするとどうしても原文の構造に縛られて、不自然な分かりにくい言い回しになってしまう。思い切って、アイディアを自分の英語で表現しようとする方がいい結果につながる。・・・・
言葉を訳そうとしないで、その意味するところを考えて、それに当てはまる、あるいは近い英語の表現を見つけるのがコツである。・・普段から対応する英語の言い方を書きまとめて、自分なりのグロサリーを作っておくといい」『通訳の技術』研究社76-77頁
と述べているように、言葉を訳そうとせず言いたい意味内容を相手にわかりやすく伝えるには、言いたいことを的確に伝えるための概念を表す「英語の型」を頭にあるストックの中から最善のものを思い浮かべる。相手の会話と即時対応する英語の型を発話しながら、英語の型である情報の乗り物にのせるコンテンツを考え型の中に組み込んでゆくという作業を行う。私は長年この方法で英語を話し書いてきたが、実際にネイティブとのコミュニケーションではかなりの威力を発揮してきた。
2.英日翻訳技法の実際(1)
1.無生物主語
Overnight a great change had come over the weather. Whereas the day before had been mild, almost spring-like for early January, now everything was covered by a thick white blanker of snow which reached almost to the top of his Wellington boots.
(訳出法)
(1)無生物主語は、述語に変えて訳す。
Inexperience and foolishness cost him his life.
経験がなくて愚かだったために、彼は命を落とした。
(2)英語の受動態は日本語の能動態に変えて訳す。
everything was covered by ・・・
なにもかも・・におおわれて(隠されて)→ 隠れる
(3)関係代名詞は、先行詞のところでいっぺん切って訳す。
She was wearing a yellow dress which gave out a continual rustle as she walked around the room.
彼女は黄色いドレスを着ていた。そのドレスは、彼女が部屋の中を歩きまわるにつれて、さらさらと音をたてた。
(訳)一晩のうちに、お天気は様変わりしていました。昨日は、1月の初旬にしては、春みたいなポカポカ陽気だったのに、今朝ときたら、厚ぼったい白い雪の毛布があらゆるものを覆い隠してしまっています。雪は、彼がはいているゴム長のいちばん上までくるくらい積もっているのです。
2.関係代名詞
Apart from the prospect of playing snowballs he was particularly anxious to test his new Wellingtons which had been standing in his bedroom waiting for just such a moment ever since Mrs Brown had given them to him at Christmas.
(訳出法)
(1)関係代名詞は先行詞のところでいったん切って訳す。
test his new Wellington which had been standing in his bedroom waiting for・・
新しいゴム長靴をためしてみる。そのゴム長は、寝室で立って待っていた。
(2)無生物主語は述語で訳す。
The prospect of playing snowballsは無生物主語とみて訳す。
雪合戦をして遊べそうで、これはこれで楽しいけれど、彼は新しいゴム長靴をためしにはいてみたくてたまりませんでした。そのゴム長靴は寝室で立って、ちょうど今日のような日を待っていたのです。ブラウンの奥さんにクリスマスプレゼントにもらってからずっとです。
3.命令法とOR/OTHERWISE
“Tell him he’s to come at once. I shall be in bed but he can let himself in. And tell him not to make too much noise---I may be asleep. And no hanging about round the bun shop on the way otherwise you won’t get your ten pence.”
(訳出法)
(1)英文解釈で、「命令法+and・・」=~せよ、そうすれば・・・」や「命令法+or・・」=~せよ、そうしなければ」という公式を習いました。
Make haste, and you will be in time. お急ぎなさい、そうすれば間に合います。
Stop, or you are a dead man. とまれ、さもないと命がないぞ。
しかし、翻訳文ではotherwise以下の内容を具体的に訳出すると、意味が鮮明になる。
(2)代名詞はできるだけ省略して訳す。
「すぐ来るように言ってくれ。わしは寝床に入っているかもしれないが、勝手に戸口を開けて入ってきてかまわんと。だが、あまり音をたてないようにも。眠りこけているかもしれないからな。それに、パン屋のところで道草を食うなと。もし道草なぞ食っていたら10ペンスもやらないぞと。」
4.受動態は能動態に訳す
Mr Curry was well known in the neighborhood for his meanness. He had a habit of promising people a reward for running his errands but somehow whenever the time for payment arrived he was never to be found.
(訳出法)
(1) 英語の受動態は日本語では能動態に直して訳す。
The letter was written in red ink. 手紙は赤インクで書いてあった。
カリーさんは近所ではケチで有名だった。彼の常套手段は人に礼をするから用事をしてくれと約束していながら、お金を払う段になるとなぜか雲隠れしてしまうというものだった。
5.代名詞の省略
“Do you think we ought to take him with us?” asked Mrs Brown, as she followed Mrs Bird into the hall leaving Paddington to investigate the unusual state of affairs in the dining-room by himself. “He’s got a very good eye for a bargain.”
(訳出法)
1.英語の代名詞は日本語ではできるだけ省略して訳す。
That day, he was reading his book enjoying his cup of coffee in his room.
あの日、彼は本を読みながら部屋でコーヒーを楽しんでいた。
「一緒につれてきたほうがよくなくって」とブラウン夫人はバート夫人の後について廊下に出ながらたずねた。ひとり残ったパヂントンはいつもと様子のちがう食堂を念入りに調べることにしたのだ。「あの子ったら掘り出し物にはとびきり目が利くのよ。
6.所有格
“But worrying about it won’t alter things. Where’s that bear? I haven’t given his instructions yet.” “Here I am,Mrs Bird,” called Paddington, hurrying into the hall.
(訳出法)
(1)所有格が目的語になる場合がある。 my orderは「私の命令」でなく「私への命令」
My orders were to stay at home. 私への命令は家にいろということだった。
「でも心配してもしょうがないわ。あの子ったらどこにいるんでしょう。まだあの子に言っておくことがあるんだけど。「僕はここですよ、バート夫人」という声がして、パディントンが息を切らして廊下に出てきた。
7.名詞+of+名詞
(訳出法)
(1) 名詞(A)+名詞(B)は4つの意味があるが、主格関係の場合は、「BがAする」と訳す。
Her speech was broken by the entrance of Mr. X.
彼女のスピーチはX氏が入ってきたので中断された。
But the news that operations were about to commence, together with the arrival of the mysterious-looking box, had aroused his interest at last.
大掃除がいよいよ始まるという知らせが入り、おまけに奇妙な箱まで到着したので、やっとパディントンも興味がむらむらと湧いてきた。
8.時制
“Coughing?” exclaimed Mrs Bird. “I didn’t know jackdaws coughed.”
“You’d cough, mum,” said Mr Briggs, “if someone tried to light a fire under your nest.”
(訳出法)主文の動詞が過去の場合、that節のなかの動詞の時制はひとつ前にして訳す。
I thought that you were cooking in the kitchen.
私は、あなたが台所で料理をしていると思った。
「咳ですって?」バート夫人が声を張り上げた。「コクマルガラスが咳をするなんて存じませんでしたよ」
「あなただって咳をするでしょうよ、奥さん」とブリッグズ氏。「もしもあなたがコクマルガラスで、自分の巣の下で火を燃やされたらね」
9.形容詞の副詞への品詞転換
Mr briggs gave a sudden chuckle as he looked at the others. “I’ll say this much,” he remarked, pouring oil on troubled waters. “You may not have the cleanest bear within fifty miles but I’m willing to bet there isn’t a cleaner chimney.”
(訳出法)形容詞を副詞に品詞転換して訳す。
give a sudden chuckle 突然のクスクス笑いを与える→突然クスクス笑い出した
ブリックス氏は突然クスクス笑い出すと一同を眺めた。「これだけは言っておきますよ」とその場を静めるように言った。「こちらさんのクマ坊やは、ここ50マイル以内でいちばんこぎれいなクマとはもうせませんでしょう。だが賭けてもいいですよ。こんなこぎれいな煙突そうはありますまい」
10.数詞
“They not only have models of all the famous people in history,” he said, handling the girl some money in exchange for two postcards. “They have lots of other figures made of wax as well. Some of them are so life-like it’s difficult to tell whether they’re or not.”
(訳出法)英語の数詞は日本語では後に回して訳す。
some books 本を何冊か some money お金をいくらか some girls 少女が何人か
all the apples in the basket かごの中のリンゴはみんな
「ここにはね、歴史上の有名人の人形がすべてあるだけじゃないんだ」とはがき2枚のお金を手渡しながら彼は言った。「それほどの有名人でない蝋人形もたくさんある。なかにはあまり生き写しなので蝋人形かどうか見分けられないものもあるんだ」
11.機能語BEFOREや UNTIL
They got nearer and nearer until suddenly they stopped opposite his room.
(訳出法)機能語beforeや untilは頭から訳し下す。
I had not been in New York long before I met Mary.
ニューヨークに住んでほどなくしてメアリーと出会った。
I walked on until I arrived at the bus stop.
歩いていくとやがてバス停に着いた。
彼らはどんどん近づいてきてやがて突然パディントンが隠れている部屋の向かい側
で足をとめた。
2. 高速翻訳システムの概要
翻訳の手順
1.原文の通読:
顧客要望シートを読み顧客の要求事項を確認する。
原文全体を原文のままザット目をとおし、分野の確認、訳文の文体の仮決 定を行う。
2.訳語の埋め込み:
クライアント提供用語がある場合は、その原文への埋め込みを行う(赤字)。さらに専門用語抽出システムを使い、残っている専門用語の抽出・訳付け・修正を行い埋め込みを実施する(赤字)。
3.準備作業:
対訳エディター上で5ページ単位をめどに、埋め込み済みの原文を通読して、抽出にもれた専門用語や、定型的な慣用句、重要なキーワード、重要単語、未知単語、固有名詞に訳付けを行い再度埋め込みを行う(赤字)。この作業を全文に対し行う。埋め込みを5ページごとに行うので、訳の進行に従い埋め込み部分は増大し効率がアップする。訳付けには、エディター搭載辞書・例文集、バビロン、串刺しソフトをフル活用して辞書引きの時間を最大限短縮する。同時に翻訳が難しい箇所の摘出、調査が必要な背景知識を確認し、インターネットの専門サイトや百科辞典・専門辞書・日経テレコム21等で情報の入手と知識の習得を行う。この準備作業の良し悪しで翻訳の仕上がりが大きく左右される。
4.翻訳作業:
原文に日本語の埋め込まれた状態の文章を、背景知識を踏まえて、直読直解を実施する。一定量ができた段階で、まわりの文脈をふまえた、より自然な日本語への転換を行う。
5.推敲と仕上げ:
声を出して訳文を読み上げる。文章の流れの良さと、内容がすっと
頭で理解できるかを確認しつつ手直しを行う。顧客の要望事項を満たし
ているかも確認する(この時、原文にない内容を付け加えてはならない)。
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