無事で何より~梅ちよ日記

人生は別れと出会いの繰り返し。
巡り来る季節に感謝しつつ、日々のあれこれを書き留めます。

めで鯛

2017-09-19 20:55:16 | 日記
 
    


いつも突然で恐縮です。

台風一過の秋晴れのこの日、我が息子YとK子さんが入籍しました。(正確には昨日の日付で婚姻届を提出)
嬉しいです。夢みたいです。家族が増えること、これ以上の喜びはありません。
旅行は年内、結婚式は来年と、とりあえず出来ることからというのが、いまふうのスタイルなのでしょう。
職場近くにアパートを借り、二人の暮らしはすでに始まっています。

こんなふたりの行動力に驚くと共に、親として何もしてやれなかったこととか、こんなことでいいのかしらとか申し訳ない気持ちでいます。
もちろん、ここに至るまでには、先生、友人、上司、同僚ほか多くの方々のお力があればこそであり、皆様にはこころより感謝しております。
どうか末永く良いご縁が続きますように。
有難うございました。


これに先立ち、先週、↑の様な若狭産の立派な鯛2尾がK子さんのお父様より届きました。(一緒に映っている棒は30㎝物差し)
いまだかつて見たことが無いほどの大きな真鯛!(私の結婚式のときはクロダイの活造りでしたから)
ウロコなどはきれいに処理してあり、刺し身でも食べられるとのこと。早速スライス。
「うんめえ~」(ひよっこか!)
あとはもちろん塩焼き。串をうってかっこよくキメたかったけど無理なので、グリルへ。ギリギリ入った。

そして、またまた、「うんめえ~」
我を忘れるくらい美味しく頂いた後の骨とお頭は、大鍋に入れ水を張ってスープをとります。
翌日、このだしを使って「鯛ご飯」と「お吸い物」をつくり、翌々日は「厚揚げと大根の煮つけ」と「味噌汁」に。

美味しかった。充分堪能しました。鯛はやっぱり魚の王様ですね。
こちらも有難うございました。

   

断捨離のはずが

2017-08-17 21:51:57 | 日記
毎年、誕生日が過ぎてひとつ歳を重ねるたび、身辺整理をとタンスを開けるのですが、結局また元に戻しという繰り返しでした。
さすがに今年は色々あって、何とかしなくちゃと思い立ち、手始めに亡き姑が残した古いブリキ(?)の衣装函を開けてみることに。
姑様が自身の身の回りの小物とか普段着を入れて、季節が変わるたびちょこちょこ出し入れしていたのを思い出す。
大正元年生まれの彼女は、和裁が得意だったこともあり、70代くらいまで年中着物で通していました。
なので、亡くなったときタンスの中の着物は、大切に手入れされていましたが、十分着尽くされた感ありしみなどありで、状態の良いもの、思い入れのあるものは娘二人と嫁二人が一着ずつ形見分けとして頂き、あとは全て業者さんに引き取ってもらいました。
ブリキ缶のは、浴衣やら手拭やら手紙類やらがごちゃごちゃ入っていて、そのうち処分しようとそのまま放置してあったのです。

今回開けてみると、女学校の卒業証書、祖父(舅)の弓?の免状?夫の小学校の時の工作の賞状と卒業証書‥‥。これらに交じって、浴衣と普段見覚えのある着物が何着か出てきました。
情けないことに着物無知なので、これがどのくらいのものなのかわからず説明できませんが、改めて付属の残り布の証紙を見てみると、大島紬、結城紬、○○紬‥‥。袷も単衣も正絹100%つむぎ、紬。
ちょうどNHKの「ブラタモリ」で、奄美大島の特産大島紬の魅力を伝えていました。独特の色と文様の成り立ちを知り日本人の技術力と美意識に感動しました。

姑の着物はあんなに高価な豪華なものでなく、仕立て直ししながら補修しながら何年も着こんだ様子がうかがえます。
羽織ってみると、軽くて暖かくてスッとからだに馴染んで動きやすい。みな50年以上経ったものなのに古臭さが感じられない。どころか、ますますからだに馴染んでいつまでも着ていたくなる。
写真の着物は紬ではなく単衣の夏用の絽か紗(?)で、花が透かし織り(?)のように織り込んであり、その部分に銀が塗られていたようですが(酷い説明ですね、すみません)今はすっかりはげ落ちていました。盛夏の外出用としてつくったようですが、あまり着る機会がなかったのでしょう、どこも痛んでませんでした。
  



これ、着てみたい!と思いました。
長襦袢は自分用に揃えた「夏用喪服セット」についていたものを引っ張り出して、帯締め帯揚げは手持ちの中から選んで。
帯は夏用など持っていませんし新品の名古屋帯を買う余裕はありません。思いついて、ヤフオクを覗いてみることにしました。

あるわあるわ、着物から帯、小物に至るまで常時数十万点が写真付きで出ています。
(実は今年の夏このヤフオクにハマってしまってひと夏過ごしました)
数万点の中から選んだのがこれ。実物は写真で見るよりずいぶん古臭かったのですが、そのぶん締めやすく着物ともよくなじんでお買い得でした。

   



毎年8月の始め、実家のお寺で「盆施餓鬼」の行事があり、そこへこの着物姿で行きました。
車を運転するときだけスニーカーに履き替え。車内もお寺も冷房がよく効いていますので着物でも苦になりません。
帯締め、帯揚げ、喪服セットは実家の母が揃えてくれたもの。着物は姑。それぞれゆかりの品を身に着けてお詣りすれば、亡き方々へのご供養にもなると思います。
この日の参列者の中で着物姿は私一人。殆どジジババ世代にもかかわらず、です。
皆さんの世代なら、着物の1~2着は持っておいでのはず。タンスの中に眠らせておくのはもったいないです。
クリップを使っての帯結びなど、便利な着つけ用品がたくさん出ていますので、そういったアイデア商品を利用しつつ、わかりやすい着付けの動画も参考にして、思い切って着物を着て出かけましょう。断捨離する前に。

ということで、今年もまた元に戻しただけになりました。



真夏のお江戸に雹が降る?

2017-07-18 23:52:28 | 日記
「違うだろ~!」って声が聞こえてきそう。

  


にしても、案の定というかやはりというか。
彼女でしたか、今夏のテーマは。
カゴイケとかエロ官僚とか、連日テレビで連呼されていたのに、彼女のテープの破壊力にあっさり撃沈。アキバでの騒ぎなど、カワイイもんです。
女の底知れぬ怖さ、強さ。夏の夜の怪談か、はたまた漫談になるのか。

申し遅れましたが、上のお葉書、東京の閑おじ様から届きました。
いつも楽しみにしております。
有難うございました。


日本中が今、色々な自然災害に見舞われております。
皆さまどうぞお気を付けて。



二か月ぶりのご無沙汰で

2017-06-28 22:04:14 | 日記
何事も無かったかのように突如再開で失礼します。

前回以降、記念すべき嬉しい出会いあり、お出かけあり、コンサートあり、記念日あり、命日あり‥‥。
その度、パソに向かうのですが、名文(?)が思い浮かばず、指進まず。
日々の用事を済ませ、目についた雑草引いたりなんかしてたらあっという間に一日終わり。気が付けばご近所ブログ訪問も遠のいて‥‥。
皆さま、お元気にしておられるかな~?と正平さんの「こころ旅」見ながら、こころの中ではいつも思っていました。

そんな折、先日の飯田市近辺の地震で、mさんからお見舞いメールをいただき、これをきっかけに再び懐かしのブログ街を訪ねることに。
楽しい言葉のやり取り、美しい風景、かわいい画像‥‥。いやぁ、ブログって、ほっんといいもんですね。

で、唐突ですが「八重子のハミング」観てきました。
升さん、高橋洋子さん熱演でしたね。萩のまちもきれいでした。
「怒りは限りがあるけど、優しさは限りがない。甘っちょろいといわれるかもしれないけど」陽さん(役名は石崎)のせりふ。
幸せな二人の壮絶な愛の物語だと思います。

エンドロールに、高橋まゆみ人形館の文字を確認して、席を立ちました。

最初の公式発表では、岐阜県での上映予定が無かったので諦めていましたが、隣の関市で上映されていると聞き、幸運にも見ることが出来ました。(30日迄)
ボラ仲間の方から、「いい映画だったから、絶対見てくるといいよ。感動するよ。」と先に言われてしまいました。

解せないのは、愛知県です。
名古屋の名演小劇場での上映のみ。(既に終了)
ちなみに、是枝裕和監督の「誰も知らない」も、名演のみでした。
人口比から言っても、もっとあってもいいんじゃないかと思うんですけど。
映画好きな人たくさんいるし、堤幸彦とか篠田正浩(岐阜)とか有名な監督さん出てるし。
映画に限らず、ノーベル賞受賞者は大勢いるし、イチロー選手に浅田真央ちゃん、近頃話題の藤井聰太四段。世界一のトップレベルの人材を輩出してる。
なのに、何故?

昨日は、国際会議場で「白隠禅師250年遠忌」があり、お参りしてきました。

白隠禅師とは?

      
↑の言葉が有名ですね。
深いかかわりのあるという、信州飯山の正受庵へも、ぜひ一度訪ねてみたいものです。


週末は、輪くぐり。

   

梅雨らしからぬ梅雨。晴れるのは嬉しいけど、朝晩結構涼しい。体調管理怠りなく。気分が乗らないときは、なにもかもほったらかして、にゃんことでれでれ過ごしましょう。

   






そろそろ桜も散りはじめ

2017-04-23 00:51:07 | 日記
お天気も安定してきたようです。来週は早くもGW。
スタートの4月29日は母の祥月命日でもあります。
あれからはや二十数年。月日の経つのは早い。

その年の4月の始め。地元恒例の桜まつりを、名古屋で一人暮らしをしていた母にぜひ見せたくて、姉夫婦に頼んで、こちらへ連れてきてもらいました。
体調が良くなかったのか、姉夫婦が迎えに行っても、布団の中に引きこもったままだったらしい。なんとか説得して車に乗せてこちらに着いたのがお昼近く。ところが、
渋々来たはずの母が、堤防の桜並木を見た途端、「ホーッ!」と歓声を上げ、歩きながら、「奇麗だねぇ」を連発。
公園の中にシートを敷き、パック弁当を食べるのもそこそこに、野外ステージの園児のお遊戯に拍手し、みこしコンテストに声援を送り、苗木無料配布の列に並び、と、広い公園を縦横に歩き回って楽しんでいました。
いつもは絶対動かず、缶ビールを飲んでばかりの夫が、県内の名産品を販売するテントを回って、「きゃらぶき」やら「鮎の塩焼き」やら「朴葉みそ」やらを買い込んで、母たちへ手土産として渡していました。

さすがに疲れたのか、母がウトウトしだしたので、祭り終了を待たず、早めに引き上げることにしました。
車に乗り込むとき、こちらに向かって、何度も何度も「有難う」と言って手を合わせる姿が今でも目に焼き付いています。
元気な姿を見たのは、このときが最後。この後、ひと月もしないうちに、あっという間に旅立ってしまいました。
「くも膜下」でしたが、老齢のためか、我慢強かったのか、「激痛にのたうち回る」ということは無く、昏睡状態のまま静かに息を引き取りました。

これ以来、市民公園での桜まつりはもちろん、他所でのお花見もしばらく行かなくなりました(行けなくなった)。
やっとお花見を楽しめるようになったのは、ここ5,6年のこと。
毎年お誘いして下さる方がいて、グループで賑やかに楽しんでいますが、時々当時のことを、ふと思い出したりもします。
あの日の帰りの車の中で、
「お父さん、手土産のこと、よう気が付いたねぇ。ありがとね。」と私。
「へっ、珍しく褒められたなぁ」と照れ隠しの夫。

あれから幾人のひととのお別れがあったのだろう。
そういえば、姑とは一度もお花見行かなかったヮ!
今頃気が付いても遅いけど‥‥。

桜まつり会場にて

  彼の地でも 花愛でておられるか 幾度かすれ違う 面影似た人