お昼頃。余は一人、家の近くにある公園に設置してあるベンチに座りながら、ぼんやりと空を見上げていた。
「(なんで言わなかったんだろう……)」
余は今朝見た夢の事を、自分の兄弟に告げなかった。いや、告げようとしなかったのだ。
言ってはいけない、そう思ったのは夢のせいだろうか。だが、それだけで決めつけるのは良くないと思ってしまう。
「(そういえば、夢にいたあの人)」
夢の中で弓を引いていた、白い肌をした美しい女性。
初めて会うというのに、どこか懐かしいと余は心のどこかで感じ取った。
また会えた。それはいつなのか、分からない。もしかしたら、自分の前世で会っていたのかもしれない。
「……戻ろう」
やっぱり兄さん達に話しておこう。そう決めた余はベンチから立ち上がった。
その時。
「話されると困るのよね」
振り返ると、さっきまで座っていたベンチの隣に自分より年上の、踊り子の服風を着た少女が座っていた。
「主が望んでいないのよ、貴方が他の竜王に話されるのが」
「誰?」
「私は澪(みお)」
少女、澪は立ち上がると、余に手を差し伸べだした。
「主の命で貴方を迎えに来ました。四海竜王の一人、黒竜王様」
「なんで、僕を……?」
「主から貴方の事を、もちろん他の竜王様も聞いております」
澪から漂ってくる何かに、余は悪い予感を感じ急いで離れようとした。
だが、腕を澪に掴まれ阻止されてしまう。
「放してよ!」
「他の竜王様もいずれ迎えに行きます。逃げる事はありません、主は大切にしてくれますので」
逃れようとしてみるが、強く掴まれていて出来なかった。
と、後ろから体を抱きしめられたかと思えば、澪の手が自分の腕から離れていった。
「知らない奴に大切にされるだなんて、逃げるに決まってるだろうが」
振り返ると、金髪の青年が余の体を支えるように抱きしめていていた。
澪は金髪の青年を、ギッとまるで嫌うかのように睨みつけた。
「貴様は黄帝、紛いの竜か!」
「黄竜が正しい名前なんだが。お前の主は相変わらず俺を嫌っているようだな」
「黙れ、竜種ではない貴様が竜の名を使うな。黒竜王様を返してもらう」
「返すも何も、勝手に連れていこうとしてただろうが」
たくっと吐き捨てると、青年は余を放すと彼の前に立ちなおして澪と向き合った。その時、青年の手には剣が握りしめられていた。
「黒竜王を連れていくってんなら、俺を倒してから連れていけ」
「……貴様と勝負しても構わないが。主がお呼びになっていますので、今回は黒竜王様の姿を見ただけにしておきましょう。黒竜王様、いずれまたお迎えに参りますーー」
そう言い残し、澪の体は蜃気楼のように消えてしまった。
青年は舌打ちをすると、余の方に向き直した。掴んでいた剣は、光の粒子となり手にはなかった。
「大丈夫か?」
「あ、はい。助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、気にすんなって。しっかし……」
余の顔をジッと眺めていたかと思えば、青年は頬を指で突つきだした。
「まさか、竜王も転生してたとはな。どうりで懐かしい気配が感じたはずだわ」
「懐かしい?」
「ああ。俺は黄竜、現世では火宮ジュンっていうんだ」
「あっ、僕は竜堂余と言います」
「礼儀がいいな」
青年、火宮ジュンはそう告げると、余の髪を乱暴にかき乱した。
「たまたま散歩中に、すっげえ嫌な気配を感じてみたから来てみたんだが。あいつ、封印が解けたみたいだな……翼乃が呼ばれた理由が分かった」
「あの澪っていう女の子の、主の事ですか?」
「お前ら兄弟の前世とも関わっていてな。まあ、心配すんな。こっちで片付けるから、お前は平和に暮らしてくれよ。今日のこと、お前の兄貴たちには言うな」
「え、でも……」
狙われているなら話しておきたいと俯いてしまう余に、ジュンは目を合わせるように体を屈ませた。
「大丈夫だ。お前より強い奴がいるからな」
「……本当?」
「ああ。竜の名の付く同士の約束だ」
小指を突きつけられ、余は恐る恐る自分の指を絡めた。その時、前にもジュンとこうしたことがあると、錯覚を覚えてしまう。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます