昭和48年男のブログ

昭和の思い出を胸に今を生きる。

愛しさと せつなさと 心強さと

2020-01-23 09:20:00 | 思い出
この歌があったから頑張れた。

おはようございます、エレキメカです。

思い出の曲。

「愛しさと せつなさと 心強さと」

1994年(平成6年)7月21日に発売された篠原涼子が歌うこの曲。

私は二十歳で社会人として第一歩を踏み出した年です。

郵便配達のバイトしかしたことない私は、社会人として洗練を受けた厳しい年でした。

社会人としてのモラル(道徳)が培われておらず、同期の社員と上司にイジメ(またはパワハラ)にあい、僅(わず)か入社半年で退職に追い込まれました。


たかが半年ですが、私にとって永遠とも思える地獄のような日々でした。

その時、この歌に心底助けられました。

勇気を頂きました。

今でもこの歌を口ずさみ、昔を思い出し今を頑張っています。










凧の思い出

2019-12-20 04:45:00 | 思い出



こんばんは、エレキメカです。

録画からマツコの知らない世界で「凧」の特集をしていました。
懐かしさのあまり、思わず喰い入るように観ちゃいました。

子供の頃は、よく凧を揚げて遊んでいました。

実家の周りは田圃(たんぼ)だらけで、稲刈りの11月から田植えの始まる5月頃まで、タダっ広い広場になったので(足場は泥だらけになりましたが)凧を気兼ねなく揚げれました。

凧の制御が思いのほか難しく、またそこが楽しくハマるところです。

凧糸一本で振動を手から身体で感じながら凧の状態を把握し、走ったり糸を出したり巻いたりしながら凧をどんどん上昇させます。

凧が空に高々と舞い上がり、凧の面がいつしか点になる程上がった時のスリルと達成感の同居は、なんとも言い難いほど気持ちいいです。

この後、凧を無事に戻す「生還の儀式」の作業が待っているんですが、これまたスリリングで凧を揚げる以上に神経をすり減らしますが醍醐味でもあります。



父とはあまり遊んでもらえなかった記憶がありましたが、記憶をたぐると父と凧を作ったり、凧揚げを教えてもらったりと断片ながらも父と遊んだ数少ない記憶がよみがえり、まぁ腹ただしいが良かったとするかな。