矢・島・慎・の小説ページです。

「星屑」
    沖縄を舞台にした若者のやまれぬ行動を描くドラマです。
    お楽しみ下さい!

六章

2005年04月01日 | Weblog
「早く捜査状況をまとめろ!」
 知念刑事が部下に指示をだしつつ廊下を急いだ。捜査がうまくいっていないのか、部下に当り散らしている。
「課長、本部からもうひとつの山の捜査命令が出ておりまして、なかなか手が回りませんので……」
「言い訳はいいんだよ! ともかく結果を出さないとだめだろう!」
「はっ、課長!」
 沖縄県警刑事一課長、知念寛英は県警本部の二階廊下を会議室に向かう。柔道の高段者らしく腰の肉付きがしっかりし、背筋をピーンと伸ばし、目は鷹の鋭さがあった。
 背広姿の彼の後を、警官二名が手にカバンを持ち続く。会議室のドアの前で知念は、入り口に貼られた墨書きの文字に目を通す。
ーー少年鑑別所被拘禁者奪取事件、臨時刑事担当課長会議ーー
 縦長の紙に黒々と書かれた文字を一瞥すると、部下の警官がドアを開ける。この事件の捜査指揮官となった知念刑事は、部屋に入ると既に着席している担当刑事に軽く挨拶をし、会議が始められた。知念がゆっくりと口を開く。
「今回の事件は、まったく不名誉の極まりであります。過去、脱走未遂や脱走事件はあったが、外部から進入して収容中の者を奪取されたのは、われわれに泥をかぶせたようなものだ。犯人は前科があり教官に暴行をはたらいており、一刻も野放しにしておくわけにはいかない。共犯者は既にしょっぴいておりますが、早く事件を解決しなければならない」
 会議室には県警本部捜査官のほか、広域捜査のため沖縄中南部の、糸満、与那原、普天間、沖縄市、嘉手納、石川の刑事担当係官が招集を受けていた。知念は各署の刑事を前に続ける。
「県内第一種指名手配犯、金城和昭。二十二歳。生まれは沖縄県伊是名島内花。両親の離婚後、母金城たまとともに本島に移り、その後住所を糸満、浦添と変えたあと西原に定住。仕事は那覇のコンビ二でアルバイト。住所は西原町我謝……」
 知念刑事は手配書を読み上げた。椅子に腰を下ろし担当官に、
「担当官、捜査状況を説明しろ」
と指示を出した。立ち上がった担当官の説明が始まる。
「現在、那覇警察の専従捜査官二十名をあて、逮捕に全力をあげております。特に奪取された被拘禁者、比嘉安江、比嘉は十四歳の未成年でありますが、犯人とあわせて比嘉の交友関係を重点的に聞き込みに当たっています」
 聞き入る捜査官らは、配布された資料に目を通す。
「我が署は事件発生以来、連日にわたり署員百名以上を動員し市内および近辺の旅館、ホテル等の宿泊所の立ち寄り捜査を行いましたが、残念ながら手がかりを得るにいたっておりません」
 説明する捜査官の横で、知念刑事は参加者全員を見渡していた。その目は、いつか必ず犯人に手錠をかけてやる、との自信に満ちていた。説明はなおも続く。
「事件当日、奪取された比嘉の知り合いが、食料を買い込み那覇の与儀公園に向かったとの情報がもたらされました。総動員で公園を取り囲み捜査を行った。それ以前にも犯人のものと思われる衣服が与儀公園に捨てられていた。しかしそれらは何者かによる攪乱行動の可能性が高い。我々を与儀に引き付けておいて、その間に遠くへ逃走を図ったと思われる。したたかな奴らだが、徹底した洗い出しを続ければ、必ず捜査の網にかかると思われる」
 金城和昭に対する容疑は、被拘禁者奪取、公務執行妨害、傷害、それに児童福祉法違反が加えられていた。犯人手配は沖縄県下くまなく及んでいた。説明はさらに続けられた。
「ここに比嘉安江について、那覇少年鑑別所からの報告があります。比嘉は本年一月から金城和昭と同居を続け、その間だと思われるが、現在妊娠三ヶ月。窃盗グループを検挙した際、行動を共にしていたため補導。鑑別所収容と同時に嘱託医師の診察を行い、診断書をもとに比嘉の親や家庭裁判所と相談し、一応の結論を、堕ろすということですが、出していたのでありますが……」
 中央に座る知念刑事は天井を仰ぎ、大きく息をついた。その表情は、何かいまわしいものを目にしたときに見せる、苦々しさが漂った。
「十四歳の比嘉は学校を長期に欠席し、不良仲間と交遊を重ね、男と同居。その結果身ごもるという、社会常識では到底容認されざる事態になったわけです」
 知念刑事にも年頃の娘がいた。目に入れても痛くない我が娘が、あたかも和昭らに持て遊ばれたかのような錯覚を、知念刑事は感じていた。