私小説 ファミリーストーリー(登場人物・場所などはすべて架空です)
The Family lineage of MUKOUDA
序章
西暦2040年、西風が冷たいものの春の日差しを少し感じるようになったある日、広島市の向田淳平(むこうだ じゅんぺい、19歳)が通う大学近くで古本を多く扱う商店街を歩いていた。別にこれといった用事が有る訳でもなく、ただ暇つぶしのように、気まぐれに歩いていたとき、ある一軒の小さな金座古書店(きんざ こしょてん)の前で淳平は立ち止った。
店先には古い匂いがするような雑誌がワゴンに無造作に積まれており、左右の壁際と中央部分の本棚には、多くは歴史か文芸関係と思われる書籍が天井近くまで整理・整頓され陳列されていた。文科系には全くと言ってほど興味のない、ましてや古本に関心などない淳平であったが、その時は、何故か冷やかしでもなく、一寸の覗いてみるかくらいの軽い気持ちで店に入った。
店内の奥に進むと古書独特の匂いに包まれながら淳平は奥の角の書棚で立ち止り無意識のような感覚で書棚の一番上の方に目をやった。そこに一冊の、この古本屋にしては珍しいかもしれない理数学系の統計学の本があった。淳平は何にかに操られるように背伸びしてその本を手にとって、内容も確かめずに書店の更に奥でレジの前に座っている店主らしき老人に黙ってその本を差し出した。老人は老眼鏡越しに、淳平を見て、その本の値段を確かめニッコリとしながら紙袋に入れながら“ありがとう・・“ と礼を言った。黙って立ち去ろうとする淳平に老人は言った。
兄さんは理数系の学生さんじゃろうかね・・?
淳平は、
一応、工学部ですが・・
淳平は、ややぶっきら棒に言った。
老店主は、
そう・・、統計学を勉強しとるんかの・・?
と聞いてきたが、淳平はそれには応えずに逆に、
どうしてこんな本を1冊だけ置いとったんですか・・?
文科系の多くの本の中で、この1冊だけの統計学の本が気になっていた。
老店主は、
さあな・・、ワシにも分らんが、兄さんを待っとったんかも知れんな・・。
ハハッハ・・冗談・冗談・・
だけどな、古本にはたまに不思議なことがあるけんの・・。
と、真顔で言った。
淳平は、ただ頷いただけで、そそくさと店を後にし本の入った紙袋を抱えて家路を急いだ。
淳平は、なぜこんな結構高い古本を買ったのだろうかと半分後悔しながら家に戻ると・・お祖母ちゃんである向田久美(むこうだ くみ、75歳)がアトリエと呼ぶ台所のテーブルでいつもの様に飽きずに猫の絵を描いていた。お祖母ちゃんは猫アレルギー体質なのに・・と思いながら・・、
ただいま・・お祖母ちゃん
と言うと、お祖母ちゃんは・・猫の絵を描きながら顔も上げずに、
お帰り・・外は寒かったじゃろう・・?
淳平は、黙ってさっき買ったばかりの本を紙袋から取り出し、久美お祖母ちゃんのまえに置いた・・。
久美は眼鏡を外し本を手にし、その本の表紙をひとなでし・・黙って立ち上がると食器棚兼書棚の左奥から一冊の本を取り出して淳平の前に置いた。
淳平は驚いた・・、まったく同じ表題の本ではないか・・。
お祖母ちゃん・・、どうしてこの本が家(うち)にあるん・・?
久美お祖母ちゃんは、懐かしそうに窓の外の遠くを眺めながら言った。著者の名前を見てごらん・・、三名金作(さんな きんさく)・・、その人はお祖母ちゃんのお父さんじゃけんね、淳平の曽祖父(ひいじいちゃん)なんよ・・。
淳平は不思議な因縁のようなものを感じた。偶然、通りかかった古本屋の一番奥の角にあったただ一冊のこの本を必要もないのに買うなんて・・、古本屋の老店主が言った“古本にはたまに不思議なことがあるけんの・・”を思い出していた。
淳平は初めて自分のヒストリー・・、そう・・ファミリーヒストリーに興味を覚え、
お祖母ちゃん・・、曽祖父(ひいじいちゃん)の話を聞かせてくれん?
そして、久美はお茶を一杯飲むと静かに話し出した。
そして、久美はお茶を一杯飲むと静かに話し出した。
目次
・第1章 昭和と言う名の青春(東京編)
・第2章 昭和と言う名の青春(自衛隊編)
・第3章 昭和と言う名の青春(衛生学校編)
・第4章 昭和と言う名の青春(健康管理編)
・第5章 昭和と言う名の青春(東北編)
・第6章 昭和と言う名の青春(恋愛編)
・第7章 昭和と言う名の青春(自衛隊卒業編)