聖ピオ十世会日本 秋田巡礼 SSPXJAPAN PILGRIMAGE TO AKITA

愛する兄弟姉妹の皆様を秋田巡礼にご招待いたします。
このサイトを謹んで秋田の聖母マリア様に奉献いたします。

第14回聖ピオ十世会日本公式秋田巡礼2020へのお招き

愛する兄弟姉妹の皆様を
2020年「聖ピオ十世会公式秋田巡礼」へ
お招きいたします。


2020年5月3日(日)~5月6日(水)

巡礼のスケジュールは5月4日(月)の早朝のミサから始まりますが、
ご宿泊は、5月3日(日)の前泊(夕食付き)からとなります。15:00からチェックイン(お部屋を利用)できます。
到着の都合で、5月3日(日)の夕食(18時)に間に合わない場合は、5月3日(日)夕食は不要とすることもできます。要不要をご連絡ください

←お申し込みについてはこのサイトの左側をごらんください。

▼【参考】2019年のチラシ(2ページ)をごらんください▼
聖ピオ十世会日本 2019年 秋田巡礼

▼【for your information】English Pamphlet 2019(2pages)▼
SSPX Japan Akita Pilgrimage in 2019

ご参考)第12回聖ピオ十世会公式秋田巡礼2018へのお招き

INVITATION to the 12th Pilgrimage to Akita 2018 in English

アヴェ・マリア・インマクラータ!
親愛なる巡礼者の皆さん、

聖母がご出現されるところではどこででも、聖母は平和を約束し、平和をもたらされます。外的にも、また内的にも、平和がひどく脅かされている時、天主は、天主以外に解決策はないという事を私たちに見せたいと望まれます。「私がいないと、あなたたちにはなに一つできない」(ヨハネ15:5)と。しかし、天主は、聖母の取次ぎによらないならば、誰にも平和という贈り物を与えないと決意されました。「平和の元后」である聖母は、自分の子供達にこの計り知れない平和の贈り物を与えたいと確かに望んでおられます。しかし一つだけ条件があります。それは、私たちが聖母に、心からこの恵みを乞い求める、という条件です。これこそ、私たちが秋田に巡礼をする理由です。

私達は、ひどく脅かされている私たちの国々の平和の恵みを求めて、私たちの家族の平和を願って、とりわけ、私たちの霊魂の平和--天主への愛と、隣人に対する愛との実のり以外の何ものでもない私たちの霊魂における平和--という恵みを聖母に願い求めましょう。

私達は聖母に心から誠実に願いましょう。「誠実に」です。もしも子供が、母親に大きな願い事をしておきながら、同時に、母親のいう事をきかずに、逆うようなら、そんな子供は誠実とは言えません。秋田で、私達は誠実であるということを聖母から学びたいと思います。秋田では、聖母が私達に望まれることをすべて、思いおこしましょう!2017年、ファチマ100周年と無原罪の聖母の騎士会100周年という大記念の年に、聖母が私達に望まれていることをもう一度示してくださいました。2018年には、聖母の全てのメッセージを、大きな花束のようにして集めたいと思っています。私達の心においてファチマの年の全ての実りを集めて、この宝をもって聖母に祈るなら、私たちの聖母に対する愛が誠実であると、私たちには確信できるようになります。

そうすれば、聖母は平和の贈り物を私達に注ぐことができ、さらに聖母はその憐れな子供たちである私たちに、現代の問題の多いただ中で私たちが心の平和を保つために極めて必要とする恵みを、また、ついには、天国での永遠の平和へと到着するために必要とするすべての恵みを与えることができるのです。


カール・シュテーリン神父
聖ピオ十世会アジア管区長2018年秋田巡礼団長

第14回聖ピオ十世会公式秋田巡礼2020のお申込みについて

2020年第14回聖ピオ十世会公式 秋田巡礼に参加ご希望の方は、このサイトの左側の ▼メッセージを送る▼でお申し込みすることができます

5月3日(日)の宿泊(夕食付き)からとなります。

クリックするとメッセージ入力フォームが開きますので、
1-お名前, 2-メールアドレス, 3-件名="巡礼参加申込" , 本文に, 4-お電話番号, 5-霊名(カトリック信者の場合は), 6-参加される日程(5/3の前泊についてもお書きください), 7-5/3(日)の夕食(18時)の要不要、8-ご希望の部屋タイプをご記入の上、
画面下に見えている【認証数字4桁】を入力して、送信ボタンを押してください。


後ほど「確認のメール」を返信させていただきます。

※複数の方もまとめてお申し込みできます。

※お部屋タイプについて シングル、ツイン、和室(2人)をご用意しております。まずはご希望のお部屋にてお申込みください。できる限り対応させていただきます。ただし部屋数の都合でご希望に添えない場合もございます。なにとぞご理解とご協力をお願いいたします。

ルフェーブル大司教様の映画【日本語版】が完成しました。


この映画のダビングのために日本語訳を作り、録音してくださった声優の方々や、字幕を作ってくださった方々、すべての関係者の方々に感謝します。

ご参考)第12回聖ピオ十世会公式秋田巡礼2018へのお招き

2018年04月01日 | 2018年第12回聖ピオ十世回公式秋田巡礼
愛する兄弟姉妹の皆様を
2018年「秋田巡礼」へお招きいたします。


聖ピオ十世会日本は十二回目の公式秋田巡礼をシュテーリン神父様の指導の下で5月3日から6日まで行います。黙示録12章には天に壮大なしるしが現れたことが記されています。「太陽に包まれた婦人」は、その頭に12の星の冠を戴いていました。この婦人は、カトリック教会のことであり、またその典型である聖母のことです。私たちのこの12回目の巡礼が聖母の頭を飾るものとなりますように!

さて、秋田の聖母のメッセージを読むと、教皇、司教、司祭のための祈りが強調されていることに気が付きます。

第一のメッセージ 1973年7月6日(初金曜日)
「教皇、司教、司祭のためにたくさん祈ってください。あなたは、洗礼を受けてから今日まで、教皇、司教、司祭のために祈りを忘れないで、よく唱えてくれましたね。これからもたくさん、たくさん唱えてください。」

第3のメッセージ 1973年10月13日(土曜日)
「ロザリオの祈りをもって、司教、司祭のために祈ってください。悪魔の働きが、教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。わたしを敬う司祭は、同僚から軽蔑され、攻撃されるでしょう。祭壇や教会が荒らされて、教会は妥協する者でいっぱいになり、悪魔の誘惑によって、多くの司祭、修道者がやめるでしょう。特に悪魔は、おん父に捧げられた霊魂に働きかけております。」

「祭壇が荒らされる」という表現さえもあります。祭壇が荒らされるとは、祭壇の至聖なる秘蹟であるイエズス・キリストの御聖体への尊敬が踏みにじられることでなくて何でしょうか。

ファチマの天使のことを思い出します。ポルトガルの守護の天使は、跪きさらに額づいて深々と御聖体を礼拝した後、子供たちにこう言っているからです。
「恩知らずの人々によって恐ろしく冒涜されたイエズス・キリストの御体と御血を受け、飲みなさい。彼らの罪を償い、あなたたちの天主を慰めなさい。」

2018年、日本の教会に目を向けると、カトリック信心の基礎であり中心であり重要な栄光である御聖体の神秘への崇敬はどうなっているでしょうか?「御聖体は教会の霊魂 velut anima Ecclesiae」(レオ十三世教皇 回勅 Mirae Caritatis 1902年5月28日 No 15)ですが、司祭たちの御聖体への愛はどうなっているでしょうか?

「聖変化」というのは、私たちの感覚には感じられませんが、天地を創造するのと同等の奇跡です。パンを御聖体に全実体変化させるのは、童貞女の御胎内に天主の御一人子が肉体を取って宿られたことと同等の奇跡です。叙階の秘跡を受けた司祭だけにはこの特別の力が与えられました。ちょうどキリストの「御手」がお触れになるとライ病が治ったように、道具として奇跡を起こす力が与えられました。Conversio panis et vini in corpus et sanguinem Christi est opus non minus miraculosum quam creatio rerum, vel etiam formatio corporis Christi in utero virginali, quae quidem nulla virtute creata fieri potuerunt. (聖トマス・アクィナス IIIa, Qu 78, art 4 ob 2 et ad 2)

カトリック教会の聖伝によると、霊的指導者たちによると、天主からそれほどの宝と権能を受けていながら、その御聖体に対する繊細な愛情や尊敬のない司祭というのは、異常事態だ、と警告を発しています。御聖体という愛の中心を失った司祭は、正しい軌道を外れてしまう、と。私たち司祭は、叙階の秘跡を受ける準備をしながら教えられました。

太陽のような巨大な重力に引き付けられていればこそ惑星は太陽の周りをまわることができます。太陽がもしも失われてしまったとすると、惑星は求心力を失ってすぽっとどこか宇宙のかなたに飛んでしまうことでしょう。もしも、御聖体への優しさも心遣いも愛情もなければ、物凄いスピードで狂った道のりを飛んでいくしかなくなります。

御聖体への冷淡を正当化する口実として、社会活動が必要であると論じられます。それは今に限ったことではありませんでした。イスカリオトのユダも、ベタニアでマリアが高価で純粋なナルドの香油一斤でイエズスのおん足にぬり、自分の髪の毛でそれを拭いたのを見て、マリアをなじったことがあります。「なぜキリストの御体に愛と崇敬を注ぐのか、そんなことよりもそれで貧しい人に施したほうがもっと為になる」と。

これは神学校の恩師が私たち司祭に言ったことですが、御聖体への崇敬と愛情がなければ、司祭職という天使を超える聖職さえもその他の職業のうちの一つに成り下がってしまう、と。御聖体への愛が司祭を生かしている、と。「私はあなたの業を知っている。あなたは生きている者だと思われているが、実は死んでいる。」(黙示録第3:1)

聖変化された御聖体は、生ける天主イエズス・キリスト御自身だからです。生きているお方です。単なる「聖なる物」ではありません。つまり「聖なる物だけれども命のない物質」ではありません。御聖体とは、生きて私たちを愛しておられる至聖なるお方です。この世を創造した天主の御血が脈打っている御体です。

ところで御聖体は、どのように取り扱われているのでしょうか?特に日本では、私たち司祭たちはどのような態度を御聖体に取っているのでしょうか?氷のように冷たい心で?信仰の飛躍も緊密な信頼もなく?

イエズス・キリストの御聖体こそ、贖い主のまさにその聖心の最も緊密なところから湧き出たもっとも天主的な賜物 sanctissimam Eucharistiam, donum divinissimum ex intimo plane Corde prolatum eiusdem Redemptoris (レオ十三世教皇 回勅 Mirae Caritatis)です。

日本はかつて御聖体の聖なる殉教者たちを生み出した国です。島原城主松倉重政が雲仙地獄でカトリック信者たちに残酷な拷問を行い、背教させようとしていたとき、私たちの祖先の日本人カトリック信徒たちは、「デウスのため」に苦しみを捧げ、「いと尊き御聖体は賛美せられさせ給え」と叫んで殉教していきました。それが日本の大和心です。日本人のカトリック信仰です。

私たちの先祖たちは、御聖体への愛のために、全てを犠牲にしました。全ての苦しみを甘受し、信仰と熱烈な愛情を持って全てを苦しもうとし、御聖体の讃美のため、躊躇無く、桜の花が散るように、祭壇のロウソクが燃え尽きるように、殉教していきました。

ドン・ショタールの「使徒職の秘訣」によるとこうあります。
聖なる司祭に、熱心な信者
熱心な司祭に、敬虔な信者
敬虔な司祭に、誠実な信者
誠実な司祭に、不敬な信者。

一般信徒の祖先たちがそれほど御聖体への愛に燃えていたのなら、司祭たちはどれほどの愛熱の炎に燃え立っていたことでしょうか!御聖体の周りにどれほどの聖性と愛と礼拝の雰囲気があったことでしょうか!おそらくその当時の司祭たちは、キリシタンたちに聖パウロの言葉を自分のものとして言うことができたに違いありません。聖ヨハネ・クリゾストモが言うように「パウロの心は、キリストの心、聖霊の書き板、愛徳の巻物」Cor itaque Christi erat cor Pauli tabulaque spiritus sancti atque caritatis volumen (S. Johannes Chrysostomus, Homil. 32)でした。私はなんと遠くにいることでしょうか!

「私がキリストに倣っているように、あなたたちは私に倣え。」(コリント前11:1)

「実に愛される子らとして、天主に倣う者であれ。私たちを愛し、私たちのために、香ばしいかおりの生贄として天主にご自分をわたされたキリストの模範に従って、愛のうちに歩め。」(エフェゾ5:1)

「たがいにイエズス・キリストの心を心とせよ。かれは、本性として天主であったが、天主と等しいことを固持しようとはせず、かえって奴隷の姿をとり、人間に似たものとなって、自分自身を無とされた。その外貌は人間のように見え、死ぬまで、十字架上に死ぬまで、自分を卑しくして従われた。そこで、天主はかれを称揚し、すべての名にまさる名をお与えになった。それは、イエズスのみ名のまえに、天にあるものも、地にあるものも、地の下にあるものもみな膝をかがめ、すべての舌が、父なる天主の光栄をあがめ、「イエズス・キリストは主である」と言いあらわすためである。」(フィリッピ2章)

祭壇の御聖体といつも親しく一致している司祭はなんと幸せなことでしょうか!「実にこのいと高きいとも尊き秘跡は、霊魂と肉体の健康であり、全ての霊的病の薬」 Est enim hoc altissimum et dignissimum Sacramentum, salus animæ et corporis, medicina omnis spiritualis languoris (キリストに倣いて:コンテムツス・ムンヂ)だからです。

御聖体におけるイエズスがこんなに近くにおられるとは、私たちにとってどれほどのお恵みでしょうか!「イエズス無しにいるのは地獄のどん底なり、イエズスと共にいるのは甘美なる楽園なり」 Esse sine Jesu est gravis infernus, et esse cum Jesu dulcis paradisus (キリストに倣いて)。

イエズス・キリストの愛と憐れみと謙遜の極み!ベトレヘムでは、天主であることが隠されて、弱々しい幼い人間として私たちのもとに来られました。カルワリオでは、天主であることが隠されて、さらに私たちの身代わりに極悪人であるかのように取り扱われました。祭壇の秘蹟においては、人間であるということさえも隠されています。この天主の謙遜を前にして、私たち人間は膝をかがめ、額づくしかできません。特にふすまを開ける時も閉めるときでさえも、膝をついてそうする私たち日本人にとっては、さらにそうです!

イエズス・キリストの愛の秘跡を軽んじるとしたら、イエズスの愛を軽蔑するなら、御聖体の前で跪くことさえも禁止するなら、私たちの主はどれほど嘆かれることでしょうか!イエズスはこう繰り返されることでしょう:「私はあなたが迫害しているイエズスである。」(使徒9:5)
「あなたは私の足に水をそそいでくれなかった、…あなたはくちづけしようとしなかった、…あなたは、私の頭に油をぬらなかった。」(ルカ7:45)

そのようなお叱りの言葉を私たちが、イエズス・キリストから聞くことがないように、ますます主の愛の秘跡を崇敬することができるように乞い求めるものとして、祈りと償いを最も必要とする者として、私は今年も秋田巡礼に参りたいと思います。カトリック教会の司祭として叙階の秘跡を受けたお恵みを感謝するために巡礼に馳せ参じたいと願っています。「教皇、司教、司祭のためにたくさん祈る」ために、聖母のもとに。

何故なら、「マリアは天主の宝庫だからです。聖母がましますところはどこでも天主の聖心があるからです。天主の御目は常にマリアの上にあるからです。主はご自分の使い女である聖母の御謙遜をご覧になるからです。」(An non thesaurus Dei Maria? Ubicumque illa est, et cor ejus. Oculi ejus super eam; ubique respicit humilitatem ancillae suae. 聖ベルナルド)

まだ秋田に巡礼に行ったことがない方も、何度も行かれた方も、今年初めての方も、どうぞ、巡礼にご参加ください。日本のために、カトリック教会のために、荒らされた祭壇や教会の復興のために、祈りと贖罪の業に励むために、私たちの祈りと犠牲を、この巡礼を通して御捧げいたしましょう。

愛する兄弟姉妹の皆様を秋田巡礼にお招きいたします。

2018年3月29日 聖木曜日
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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ご参考)参加について 2020年巡礼

2018年03月31日 | ●巡礼の詳細(参加について)
聖ピオ十世会日本主催第14回公式秋田巡礼 2020 へのお招き

INVITATION to the 12th Pilgrimage to Akita 2018 in English

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、

2020年5月3日(日)~6日(水)まで、聖ピオ十世会日本は恒例の秋田への巡礼を計画しております。今年も愛する兄弟姉妹の皆様を秋田巡礼にご招待申し上げます。

今年も森林に囲まれた巡礼に極めてふさわしい宿泊施設を使うことになりました。
お部屋は全てバス,トイレ付きで、シングル,ツイン,和室があります。
皆様もご存じの通り、5月は宿泊施設などがすぐに満席になるので、早いうちから部屋を確保する必要があります。
そのために遅くとも3月末までに皆様からの予約をいただこうと思っております。ご理解とご協力をお願いいたします。

私たちの毎年の巡礼が多くの実りを持って実施されるためにも、祈りと犠牲との精神と、愛徳と従順の精神で、多くの愛する兄弟姉妹の皆様が参加されることをお待ちしております。

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



【日付】
2020年5月3日(日)~5月6日(水)まで(一部参加だけも可能です) 

巡礼は5月4日(月)の早朝のミサから始まりますが、
 ご宿泊は、5月3日(日)からとなります。(チェックインは15:00から、夕食付きです)
 5月6日(水)は早朝のミサの後、巡礼は終了いたします。


【推薦宿泊施設、御ミサ会場】
秋田県森林学習交流館 プラザクリプトン (会議室・宿泊施設・レストラン) 
〒019-2611 秋田県秋田市河辺戸島字上祭沢38番地の4 
℡018-882-4811    
 
※各自で宿泊施設プラザクリプトンへ集合してください。 
※JR秋田駅→プラザクリプトン(タクシーで20分)、秋田空港→プラザクリプトン(タクシーで7分)です。 
※無料駐車場がございます。(62台収容) 

【是非守って頂きたいこととお願い】
宿泊施設へは、聖ピオ十世会として団体予約をしております。お問合わせやご予約、ご要望等は全て、巡礼担当マネージャーか小野田神父へお願いいたします。
これは、必ず守って頂きたいのですが、GWの繁忙期のため、施設へのご迷惑とトラブルを避けるため、個人的な予約はご遠慮ください。なにとぞご理解とご協力をお願いいたします。
秋田市内にお住まいの方や、その他の重大な理由のために、プラザクリプトンに泊まることができない方でも、「大会議室」で行われるミサ聖祭と霊的講話に無料で参加することができますし、聖体奉仕会への巡礼などに参加することもできます。(但し夕食などを一緒に取る場合には別途夕食料金が必要です。)その際にも、施設へのご迷惑とトラブルを避けるために、担当マネージャーにその旨ご連絡をお願いいたします。 

巡礼中、プラザクリプトンから聖体奉仕会までは、聖歌と祈りの内にマイクロバスで移動します(40分位)。 

【参加費用】
参加者全員のために「巡礼のしおり」を用意いたします。あらかじめ、その巡礼のミサ聖祭の内容と歌ミサで歌うグレゴリオ聖歌や日本語の聖歌、お祈り、スケジュール、その他を記した「巡礼のしおり」を一人一部ずつ配布し、巡礼の記念の手帳とし、それ一冊で巡礼はすべてOKというようなものです。 
その制作費用として1冊2,000円ほどを、参加日数にかかわらず「参加費用」としたいと思っています。

【宿泊参加費】
全日程参加(三泊四日)で 30,000円 となります。

ひとり1日の宿泊参加費用は、宿泊食事費と設備利用代の合計10,000円となります。
宿泊食事費:プラザクリプトンに宿泊で、ひとり1泊2食(朝夕付)で7,500円。(全部屋にお風呂・トイレ付)
設備利用代:御ミサ会場代とマイクロバス利用代として、ひとり1日2,500円。 

【お部屋について】
※シングル、ツイン、和室(2人)をご用意しております。まずはご希望のお部屋にてお申込みください。できる限り対応させていただきます。
ただし部屋数の都合でご希望に添えない場合もございます。なにとぞご理解とご協力をお願いいたします。 

【参考情報】
◆その一◆
一部参加のみの方の宿泊食事料金は次のようになりますのでご参考にしてください。荷物を宿泊施設にお送りになる方々は、ご宿泊のその日に到着するようにご配慮下さい。(前々から荷物が到着してしまうと、宿泊施設の方々がお困りになってしまいます。) 
※チェックイン:PM 3:00  チェックアウト:AM10:00 
例)一泊二日の場合、10,000円、 
例)二泊三日の場合、20,000円、 
例)三泊四日の場合、30,000円、 
例)四泊五日の場合、40,000円(全日程参加)

◆その二◆
お食事について 
朝食(7:00~9:00)-- 1Fのレストラン(和洋のバイキング) 
夕食(17:00~20:30)-- 1Fのレストラン 
昼食(11:00~)は1Fレストランを利用できます(宿泊費に含まれず、各自負担です)昼食を食べなくてもよいという方は、その間はご自由にお過ごしください。

◆その三◆
全室にお風呂・トイレが完備しております。各部屋には、浴衣(浴衣は室外、廊下、売店、レストラン等での着用は全面禁止です)、バスタオル、石鹸、シャンプー・リンス、ボディソープ、歯磨きセット、ドライヤー、カミソリ、タオル、スリッパ、冷蔵庫が用意されています。 
宿泊施設の近くにはコンビニ、銀行等はありませんから、参加される方は現金の準備を充分にしておいてください。 

【持ち物】
持ち物として、公教会祈祷書、ミサ典書などをお持ち下さい。「巡礼のしおり」でカトリック聖歌集、リーベル・ウズアリスなどはお持ちにならなくてもよいように取りはからうつもりです。 
聖体奉仕会の修道院までロザリオを唱えながら歩きますが、山道を歩くことになるので歩きやすい靴でいらしてください。女性のハイヒールやサンダルなど華奢な靴は不向きです。 
また、女性の方は座ったときに膝まで隠れるスカートや袖付きの服など、男女とも慎みのある服装でお願いします。 
十字架の道行きでは、アスファルトもしくは土の上にひざまずくので、ご必要の方はタオル、ランチョンマットなど敷物を各自準備しておくとよろしいかもしれません。 


天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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Intention of Pilgrimage 2018

2017年01月25日 | ●English (英語版)
Ave Maria! Immaculata!

Dear Pilgrims!

Where ever Our Lady appears, she promises peace - and she brings peace.
In times, when both exterior and interior peace are so terribly threatened, God wants to show us, that there is no solution besides him: “Without me you cannot do anything!”
However, he decided to grant the gift of peace to nobody else than to Our Lady, that by her intercession , peace may be granted.
She who is called “Queen of peace”, surely wants to give to her children this immense gift, under one condition: That we ask Her sincerely for this grace!
That is the reason of our pilgrimage to Akita:

We ask her for the grace of peace for our nations terribly threatened, peace of our families, and above all - for peace in our souls, which is nothing but the fruit of our love of God and the neighbor.

We ask her sincerely: if a child asks his mother for a great favor and at the same time refuses to obey her but offends her, such a child is not sincere. In Akita we want to learn from herself to be sincere. We will be reminded of all that she wants from us! In the year 2017, the great jubilee of Fatima and the Militia Immaculatae, Our Lady revealed us again, what she wants from us! In 2018 we want to collect the whole message of Our Lady in one immense bouquet of flowers, gather all the fruits of the year of Fatima in our hearts, and with this treasure we can be sure, that our love towards her is sincere!

So she can pour into us the gifts of peace and grant to her poor children all the graces we need so terribly to keep the peace in our hearts in midst of the troubles of our times, to finally reach the eternal peace in heaven!

Rev. Fr. Karl Stehlin
District Superior of Asia, SSPX
Head Chaplain for the Pilgrimage to Akita 2018
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Invitation to Akita Pilgrimage : May 2 - 6, 2018

2017年01月24日 | ●English (英語版)
Intention of Pilgrimage 2018

Ave Maria Immaculata!

Dear friend,

I would like to invite you to a Pilgrimage to Akita next year.

Fatima 100 is about to over. But it is only a beginning of our renewed spiritual life.
Fr Stehlin will inspire us to continue the spirit of Fatima.
Our Lady wants us to be Jacinthas and Franciscos to love the Immaculate heart of Mary.
So what should we do? What does Our Lady want from us? How can we make her happy?
How can we contribute for the peace of the world?

For the details of the Pilgrimage, please kindly consider to look at this
link:▼English Pamphlet (2pages)▼
SSPX Japan Akita Pilgrimage in 2018

Our Lady would be pleased if you invite your friends to this pilgrimage
because they would also receive tremendous graces!

God bless you.

Sincerely yours in the Immaculate Heart of Mary

--
Fr Thomas Onoda, FSSPX
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第十回聖ピオ十世会公式 長崎秋田巡礼2016へのお招き

2016年02月11日 | 2016年第十回聖ピオ十世会公式長崎秋田
愛する兄弟姉妹の皆様を
2016年「長崎・秋田巡礼」へお招きいたします。


この地上での歳月は、瞬く間に過ぎ去って、もはやファチマ100周年の一年前となりました。 このことは、この地上の生活がごく短いもので、私たちが天国に行くためにこの世を巡礼している身に過ぎないということを思い出させてくれます。私たちは天国への旅路を歩く旅人で、最終の故郷は天の至福の命です。一度は罪によって失われた、この永遠の命を受けることができるように、天主は私たちに御一人子を救い主としてくださいました。私たちが地獄の火に永久に焼かれないように、天主は人となって十字架の苦しみを受けました。私たちは、イエズス・キリストの贖いの業に協力して、自分の霊魂と、多くの霊魂たちとを天国に導くように招かれています。ファチマの聖母はこの祈りを教えてくれました。「ああ、イエズスよ、我らの罪を赦し給え。我らを地獄の火より守り給え。またすべての霊魂、ことに主の御憐れみをもっとも必要とする霊魂を天国に導き給え。」ファチマの聖母のことを考えると、聖母が私たちの救霊を熱烈に心配し配慮し祈る愛の母であることがわかります。 天主御父は、救い主イエズス・キリストを、聖母を通してのみ私たちにくださいました。天主御子は、聖母の胎内を通してのみ、私たちのもとに来ることをお望みになり、聖母のもとに30年間従順に暮らすことが、御父に対する最高の賛美であることをよくご存じで、それを実践しました。天主聖霊は、聖母においてのみ御子の御人性を形成することを望みました。聖母が聖寵に満たされ、聖霊の御旨のみを忠実に果たしたからです。天主三位一体は、私たちにイエズス・キリストとそのすべてのお恵みを聖母を通してのみ、お与えになる永遠の御計画をお持ちです。 私たちの先祖のキリシタンたちは、上の二つの点をよく知っていました。聖フランシスコ・ザビエルが聖母の被昇天に日本に到着してカトリック信仰を宣教したその日から、日本では聖母に対する信心が特に盛んで、聖母の御影や、ロザリオ、聖母像などがたくさん発掘されています。天国への旅人であることを自覚していたキリシタンたちは、カトリック信仰のために殉教することさえ厭いませんでした。 そこで、ファチマ100周年への準備として、日本の誇る尊き殉教者について黙想することを提案します。 ファチマの聖母は、私たちに罪びとの回心のために祈りと償いを捧げるように要求されています。私たちが聖母に倣って、日々、利己主義や自己中心に死に、罪に死に、天主に生きることができるように。私たちのやりたいことではなく、天主の御旨を果たすことができるように。「我は主の使い女(め)なり、仰せのごとく我になれかし」と。罪の汚れのない聖母、インマクラータなる聖母の御生涯は、ただ純粋な天主に対する愛の生活でした。 この日本には、聖母の子供として、聖母の道具・下僕(しもべ)として、聖母の騎士として、天主の御心をお喜ばせしようと尽くし、天に駆け上っていった百万の殉教したキリシタンたちがいます。この殉教者の心を私たちが2016年、日々、私たちのものとすることができるように、聖母に祈りましょう。私たちが地上にしばらくの間だけいるちっぽけな巡礼者であることをいつも私たちが自覚しますように。
私たちは、私たちの霊魂を救うために御自分を捧げてくださったイエズス・キリストと聖母とに合わせて、私たちの受ける嘲りを多くの人々の回心と救霊とのためにお捧げいたしましょう。 2016年は、さらに、1716年4月28日に フランス サン=ローラン=シュル=セーヴルで霊魂を天主に返した聖ルイ・マリ・グリニョン・ド・モンフォールの帰天300年周年でもあります。私たちに聖母の真の信心を説明してくださった偉大な聖母の奴隷です。 聖ピオ十世会アジア管区では、2016年8月13日から9ヶ月に亘ってファチマ100周年のノベナが開始されます。
《原罪の汚れなく宿り給いし聖マリアよ、御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。また、御身に寄り頼まぬ全ての人々のため、ことに、フリーメーソンのため、また、御身に依頼された人々のために、祈り給え。》
2015年12月12日、グァダルーペの聖母の祝日にて
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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