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ひとり親の子育て

ひとりで子育てする70万人の母親、ひとりで子育てする8万人の父親への応援歌

地震

2011年03月14日 13時10分16秒 | 日記

皆様、ご無事ですか?停電問題が解決されるまで投稿休みます。どんなことがあっても子どもを抱きしめて守ってあげてください。お大事に。


大きな声

2011年03月09日 06時13分29秒 | 日記

 怒ったりヒステリーを起こした大きな声は、どれほど子どもに恐怖を与えるか分かりません。最初が肝心です。四六時中怒声とヒステリックな声を聞かされていれば、子どもの心は壊れます。動物の子育てがとても参考になります。動物の親は子育ての期間、ひたすら黙々とエサを与え続けます。子ども同士の喧嘩はありますが、親が子どもに暴力をふるうことはありません。ましてや親が子どもに吠えたり唸ったりして威嚇することもありません。ただ命がけで子どもを守ることに徹します。それと比べて人間は、なぜ子どもを虐待するのでしょう。不思議でなりません。

 確かに人間の子育ての期間が長いです。だからこそ気をつけなくてはなりません。数ヶ月から長くて1,2年で終わる動物の子育てと比べたら、人間の20年は長すぎます。でもそれだけゆっくり時間をかけられるということは、最初さえきちんと出発できれば、途中は流すようにもできます。加えて人間には考える能力があり、言葉を話すことができるのです。この2つの能力を最大限利用したいものです。親の行動言動は、まるでうつし絵のように親から子へと転化されます。このくらいのことと手を抜かないでください。油断大敵です。小さなことが積み重なり、子どもに大きな影響を与えてしまうのです。

 子育て期間中、耐えに耐えた動物の親が、子離れの瞬間、狂ったように大胆な行動を取ります。親にすり寄り離れることを拒もうとする子を情け容赦なく突き放します。親にとっても子にとっても、厳しい自然の中で生き抜くオキテなのです。そうしなければ生きていけないからです。このメリハリが人間にはないのです。最近の人の多くは、自分が死ぬという実感がないそうです。死を意識できるのは、人間だけだそうです。死を知っているから、人間は死の準備をします。親の子殺し、子の親殺し、ともに死を実感しないが故の愚かな行動といえます。親が生きているうちに子どものためにできることは、親がいなくなっても子どもが生きてゆけるように子どもを育てておくことです。毎日ガミガミ小言を言われ、ヒステリーを起こして八つ当たりされ、挙句に暴力をふるわれたりしたら、子どもの心に親に対する何が残るでしょう。人間の親が動物の親のように賢明に食べ物を用意してくれて、じっと子どもを守っていてくれている。その体験のある子どもは、きっと子どもの心に大きな愛の貯金を持ちます。一人の人間として生きる力をその貯金から少しずつ下ろしていけます。そして自立できれば、今度は親として夫として妻として、親にしてもらったのと同じことを繰り返してくれるでしょう。虐待された子が、親になるとまた自分がされたことを子に繰り返すのと、まったくおなじことです。人間はだれにでもその能力と資質が与えられています。自分の中にある、善と悪をより分けて子どもに伝えたいものです。

 私はある時、息子に「お願いだから、『なに』って語気強く言わないで」と頼まれたことがあります。気をつけているつもりでも、どこかで地が出てしまいます。仕事に疲れ、愛に飢え、世を嫉む気持が言葉にのり移っていたのでしょう。反省しました。そしてその気持を見抜いて私に注意してくれた息子に感謝しました。娘が高校生だった時「パパとママが離婚する前、パパもママも大きな怒った声で恐かった」と言ったこともあります。反省しました。子どもはなんでも見て知っています。決意を新にして、それ以後、子ども目線で、子どもの心を傷つけないようにないよう注意して話すことができました。暴力も封印しました。ずっとそう続けていると、だんだん性格がそうであるかのように穏やかになっていきました。今、二人の子どもも子育て中です。繰り返しが続いています。嬉しいことです。どんな人間でも善と悪を持ち合わせています。管理して善をできるだけ表に出していたいものです。ひとり親のお母さん、お父さん、子どもの最後に駆け込んでこられるとりでになってあげてください。声をあらげない、小さな努力を続けてください。

次は3月14日(月)です。


ゲーム

2011年03月04日 06時29分22秒 | 日記

 一つ我が家でよく遊んだゲームを紹介します。尻取りゲームは、私の子どもたちも大好きでした。尻取りゲームだけでは物足りなくなり、私は、「はい、いいえゲーム」を作ってみました。

①    まずオニを決めます。ジャンケンでもアミダでもいいです。

②    オニは、頭の中であるモノの名前を考えます。(例 犬)

③    オニ以外は、順番にオニに質問を一人一問ずつ尋ねます。(例 お店で買えますか? オニ:はい)

④    (それは食べることができますか? オニ:いいえ)

⑤    (オニさんは、それが好きですか? オニ:はい)

⑥    (今日、この部屋の中にありますか? オニ:いいえ)

⑦    (今、それはおばちゃんの家にいますか? オニ:はい)

⑧    (それは生き物ですか? オニ:はい)

⑨    (それは足4本ですか? オニ:はい)

⑩    (それはワンワンと鳴きますか オニ:はい)

⑪    (答は犬ですか? オニ:はい)

 このように質問して、はい、いいえだけで最後に答の犬にたどり着きます。最高で一時間以上かかって答に達したこともあります。

私は子どもと時間を一緒に過すように努めました。テレビを観たり、個別にゲーム機で遊ぶこともできるでしょう。3人いれば、全員が一度に話すわけにもいきません。ゲームならルールに従って、順番に一人ひとりが主役になれます。とても大事なことです。自分の存在が認められれば、責任を意識します。ゲームですが、質問は子どものやわらかな脳をさらに鍛えてくれます。そしてまわりをよく観察することで、その場の空気を読み、ことの運ばし方を学びます。学習で一番大切な「なぜ、どうして」の考え方を身につけてくれます。ゲームですから勝ち負けがつきまといます。勝って得意になり、負けてへこみます。ゲームですが人生を学べた気がします。

 ただ話せといっても、なかなか話せるものではありません。ゲームをしながら、口を開いて話し、笑い、怒り、文句をつけ、抗議して、いろいろなことを考え、観察できます。沈黙は家庭を暗くします。ひとりでゲーム機で遊ぶ、テレビをひとりで観ることは避けたいです。年齢がくれば、ひとりを好むように自然になる時期がきます。それまでは、積極的に一緒に時間を過してください。塾や習い事だけが子どもを賢くするのではありません。家庭での時間の過し方の毎日のごく普通のことが大きな影響を与えます。むずかしく考えず、工夫してみてください。継続は力になります。希望を持ってみなさんが良いと思ったことをコツコツ続けてください。子どもたちの成長と良い変化をみてとれるひとり親で、いてください。

次は3月9日(水)です。


アメリカ映画『スパングリッシュ』

2011年03月01日 05時23分46秒 | 日記

 女手ひとつで子供を育てている人必見の映画です。アメリカにメキシコから逃れてきた母と娘の物語です。カルフォルニアのいとこのアパートにメキシコから母娘が転がり込みます。母親は二つの職業を掛け持ち、必死で働きます。娘は学校でじきに英語を覚えて、アメリカ社会に同化していきます。

 ひとり親が子どもを育てる上で、おそらく誰でもが直面するであろう問題があります。“もういちど違う相手と恋をして、結婚するかいなか” この映画の主人公もその問題を抱えます。その心の葛藤を実に見事に描いています。この映画が最高の答えを与えてくれるかといえば、それはありません。答えは、それぞれ個人が出さなければならない問題です。ひとつの例として参考になります。力を与えられます。

 この映画から教えられることは、たくさんあります。二人の親がそろっていても、子育てにはいろいろな問題があります。映画の主人公はレストランのオーナーシェフの家族に女中として雇われます。この男性は、仕事では成功しています。妻もそれなりに家庭のことを切り盛りしています。でも妻は、いつも満たされていません。欲求不満と自己嫌悪。もっとよい人生があるのでは、もっと自分はよい妻になれるのでは、もっと自分はよい母親になれるのでは、と日々その妄想に振り回されています。自分の体型や年齢による衰えに抵抗して、ダイエットやジョギングに明け暮れます。そして不倫をします。この妻の母親が同居しています。アルコール依存症です。妻はこのどうしようもない酒飲みで男をとっかえひっかえして生きてきた母親に自分の現状の責任をかぶせています。今の日本人を連想させます。一方メキシコ人の女中は、生活に押しつぶされるような日常に自分のことをかまっていられません。それでも映画です。私の大嫌いな“美しすぎる”のついた女中として演じます。でも今の日本人が失った粘りと信念と自分の民族の誇りと親としての責任感を持っています。

子どもは二人います。上が女の子で、下が男の子です。映画ですから雇い主の家の女の子をできるだけ不美人に、女中の女の子をできるだけ美しく配役しています。でも不美人でも心はとても優しい娘です。男の子をとりわけ娘のように扱っていませんが、男の子もとてもいい子です。この二人の子どもが男親にも女親にも純真に接触します。女中は女中で自分の娘を本当にしっかり育てています。白人家庭とメキシコ人親子、雇い主と雇われ人、両親そろった家庭とひとり親の親子、英語とスペイン語、この違いをたくみに描いています。

 最後の部分は、一言一言、台詞が素晴らしいです。参考になる台詞をメモして自分の子育てに役立ててください。オーナーシェフの男性が妻の不倫を知った晩、どう女中と接し、結果どうなったかをぜひご自分の目で確かめてください。ひとり親として生きる勇気を得ていただきたいと願います。映画は本より理解しやすいです。有名でなくても良い映画はたくさんあります。子育て真っ最中のみなさんにきっと役に立つ映画だと思います。勉強はいつでもできます。映画のメキシコ人の女中も英語を独学で学びます。そんな一生懸命にも励まされます。

 次は3月4日(金)です。


ブラッシング

2011年02月24日 05時54分55秒 | 日記

 小学5年生だった時、私の隣の席のWさんの両親が踏み切り事故で二人とも亡くなりました。Wさんは、1週間くらい休んで再び学校に戻ってきました。私は声をかけることもできませんでした。Wさんもずっと落ち込んでいて、元気がありませんでした。Wさんは、お兄さんがいました。いつも身奇麗にしていて好感の持てる髪の毛が長い女の子でした。でも時間が経つにつれて、髪の毛の乱れが目立ち始めました。髪の毛に毛ボコリもつくようになりました。お母さんが生きていた時は、お母さんが毎日Wさんの髪の毛のブラッシングをしてくれていたそうです。私はある日突然両親が一度にいなくなったWさんに同情しました。今でもWさんの変わりようとWさんの髪の毛のことを鮮明に思い出すことができます。

 離婚して娘を私ひとりで育てるようになった時、私は一番先にWさんのことを思いだしました。Wさんと娘を重なりました。私は決心しました。娘の髪の毛がWさんのようにならないように気をつけようと。女の子の髪の毛のことなど何も知りませんでした。私の妹に話して、妹の友人の美容師さんに娘の髪の毛のケアの仕方を教わりにいきました。その方は、丁寧にブラッシングの方法を教えてくれました。「分からない事は、いつでも電話で聞いて」と言ってくれました。その美容師さんにもらったブラシで娘の髪の毛をWさんのようにならないように時々ブラッシングしました。ブラッシングしながら親として何と罪なことを子どもにしているかと自分を責めました。でも娘は、このブラッシングを喜んでくれました。スキンシップでもあったのでしょう。ブラッシングしながら、いろいろ話せたことも収穫でした。どんなに辛くても、誰かがいつもそばにいてくれることを細々と伝えることができたようです。息子は、説得して坊主頭にしたので、ブラッシングというわけにいきませんでした。でも私はなぜ娘にブラッシングしてあげるかWさんのことを息子に話すと「ふ~ん」と聞いていました。

 最近のテレビのシャンプーなどのコマーシャルを観ると女性の髪の毛はどんどん美しくなってきていると感じます。シャンプーも髪の毛のケア商品の品質の向上は目を見張るばかりです。日本のその類いの品質は、世界でも最高水準だそうです。それでも娘が数日に一回洗髪して、私がブラッシングをしてあげる。あの当時を思い出します。石鹸のニオイ。ブラッシングされサラサラの娘の髪の毛。特別な化粧品を使わなくても、親の気遣いで娘の身だしなみを保てたのです。清潔感だってオシャレかもしれません。甘やかして不相応な高価な服を着せたり、美容院に行かせることができなくても、子どもにオシャレのセンスや良い姿勢や色のコーディネイトを身に付かせる協力を惜しまなければ、子どもは成長とともに自力でその能力を学びます。私たち親ができることは、子どもにきっかけをいくつも与えてあげることではないでしょうか。

 次は3月1日(火)です。