空中を浮遊する謎の破壊魔は、奇妙な出で立ちの少女だった。左肩から右腰へとまわされた身体を一巻きする程の長くて分厚いベルト、それと同様の篭手とブーツ、左手には大きな銀製のリング、そして、耳には同じく銀製の耳当てを装備しており、髪の毛はそのバンド部が邪魔されないように、無雑作にポニーテールでまとめられている。
しかし、一番奇妙なのはその者の服装ではなく、その者の右半身がまったく無かったことだった。少女の右半身は本来そこにあるべき物の代わりに、その先に存在する空を映しているのだ。
「あ~ぁ、こんなことならもっとアルに強請っておくんだったなぁ」
少女は、そう呟くとさもつまらなさそうに溜め息を吐いた。
「うらぁぁっ!」
「はぁぁぁっ!」
その時、二つの影が隙だらけの少女に向かって襲いかかった。一方の影は、メルティ・スノーの強撃チーム班長のヒース=メッカーノ。そして、もう一つの影は先ほどカティーナをナンパしていた失礼な男だった。二人は、少女の左右から数少ない瓦礫を足場にし跳躍すると、見事に空中を浮遊する少女へ挟み込む形で近づいた。どうやら、両者ともミュルスの呪術の発動直後に既に左右へと展開していたようだ。
「もう、うるさいなぁ」
少女はそう言うと左手を、左側から迫るヒースに向けて水平に伸ばす。
「!?」
刹那、目の前の空間が突如として歪んだかと思うと、ヒースは咄嗟に巨大な盾で防御体制をとった。いつもは多少のことでは防御など考えもしなかったヒースにしては珍しい対応だった。
ガンッ! と、強烈な衝撃がヒースを襲う。身構えた特殊金属製の盾はミスリル銀を使用していたにもかかわらず、まさしく文字通り粉々に砕け散った。更に、鋼鉄製のショルダーガードとブーツを粉砕させたかと思うと、今だ弱らない衝撃の余波により地面への急降下を余儀なくされる。
「ヒース!」
「そんな、この結界の中では攻撃魔法は使用できないはずよ?」
二人が動揺する中、右側から攻めたナンパ男はそのままのスピードで、どこに隠し持っていたのか自分の背丈二つ分は裕にあるであろう細く長い剣を、少女の逆風から一気に振り上げる。
「もらったな!」
シューッ と、風を切る音と共に、男の異常なまでに長い異国の剣が、少女に向かって飛水に断たれる…はずだった。
ゴウンッ! 突然、男のいた空間の大気の流れが強引に捻じ曲がり、強烈な黒い衝撃波が男を襲った。衝撃波は、一瞬で小規模な竜巻へとその姿を変えると、物凄いスピードで男を地上へと誘った。
「衝撃吸収柔軟大地(ショックアブソーブ)」
カティーナの放った咄嗟の魔法により、急速落下してきた二人は、大地にその衝撃を吸収されるように優しく包み込まれると、まるでトランポリンのように最後まで衝撃を吸収され、二人にかかる衝撃を完全に吸収し終えると、大地は元の硬質で自然な姿へと戻る。
「助かったぜカティーナ!」
ヒースは、素早く現状を察すると同時にカティーナに御礼を言うと、再び少女に対して臨戦態勢をとった。一方、ナンパ男の方は今だ自体を飲み込めずに、その場で軽い放心状態に陥っていた。
「いっ…今のカティーナちゃんが?すごい技だ…」
「いや、技じゃなくて魔法なんですけど?」
「なっ!魔法だって?そんな…こんな魔力の高い魔法を…マジかよ?」
カティーナの一言に、男は更なる放心状態へと陥る。
「そんなことより、お前も戦えんならあいつを何とかしろ!」
「ちっ、そうだったな」
ヒースの一言に、男は素早く身構えると、空中を浮遊する少女に向き直る。
「!?」
その時、その場の者達は初めて少女の右半身が存在していることに気がついた。少女の右半身は、風が吹くたびに奇妙に見え隠れを続ける。まるで、そこに視界を屈折させる空間が、布のような薄いもので隠されているかのように。
「へぇ~、人間にしては粘るじゃない、でも…次は生き残れるかなぁ?」
少女は、ゆっくりと地上にいるカティーナ達に右手を傾ける。すると、その瞬間、美しかった少女の紫の瞳が血のように真っ赤な色へと変わったかと思うと、その瞳が猫のような縦目へと変化した。
「まずい!カティーナ、急いで防御壁を張るわよ!」
ミュルスの命令に、カティーナは頷く間もなくドラゴンベインへと魔力を注ぎ始める。しかし、その間に、少女は大きく目を見開くと、地上にいるカティーナ達に向けた右手の手首に左手を絡ませて固定させた。
「楽しい狩りの時間だよ。最高のメロディ、死ぬ前に聞けることを喜べ人間!」
「ちぃ、間に合わねぇ!」
バトルの悲痛な叫びをよそに、少女は不敵な笑みを浮かべ、技を発動させる。