少し前の記事からお知らせをさせていただいておりましたが、この記事の更新をもちまして、ブログの更新を終了させていただきます。
ただ、ブログ自体は残しますので、もう更新はしないブログではありますが、それでもよろしければリンク等はご自由にしていただいても大丈夫です。
このブログを書こうと思ったのは、あくまでも自分の気持ちの整理のためでした。
自分の気持ちを整理し、マインドコントロールから覚醒してもなお . . . 本文を読む
そもそも創価学会が間違っていたと気づき、勤行唱題も聖教新聞もやめても、
躁鬱病であり創価学会を盲信している母のことを考えると、脱会するのは母が死んでからにしようと思いました。
しかし、選挙となると必ず婦人部の人がやって来ます。
私はもううんざりとしていました。
母の病気のこともいったい何度説明したのやら……。
躁鬱病で躁状態になると人に迷惑をかけます。行きすぎると自殺もある病気です、と言っています . . . 本文を読む
お題目と勤行をやめ、聖教新聞もやめた。
残っているのはご本尊です。
これに関しては私は勢いだけで処分することは出来ませんでした。
「対話を求めて」の中でも、ご自分で処分したけど大丈夫だったというお話や、お寺に返したという人もいたり、
学会本部に送り返したという方など、処分の仕方はそれぞれのようでした。
そして共通していたのが、どなたも「罰なんて何もない」ということでした。
これはお題目と勤行をやめ . . . 本文を読む
お題目と勤行をやめた私は、聖教新聞もやめることにしました。
聖教新聞をやめるに当たっては多少の葛藤がありました。
きっと母に連絡がいくだろうと思ったからです。
私が聖教新聞をやめたと知って、母は動揺したりまた精神不安定になったりしないだろうかという心配がありました。
自分が覚醒した今、父や母にも覚醒してもらいたいという気持ちは自然とわいてきました。
でも、あの二人が覚醒してその事実を受け入れること . . . 本文を読む
毎日の習慣を変えるというのは、ちょっと勇気のいることですが、毎日の習慣だったからこそ、やめた後の変化もよく分かりました。
勤行とお題目をやめた私は、さらに時間と心に余裕ができるようになりました。
毎日朝晩の勤行と一時間のお題目、さらに願い事があるときはそのお題目が3時間にもなることもありました。
それを一切やめて、何か悪いことが起こるかもしれないという不安も少しはありましたが、
一週間経っても二週 . . . 本文を読む