何かもうエレカシについては極力書くことを控えようと思ってから
どんどんエレカシ関連について書きたくなる現象は何なんでしょうかね?
ツンデレではないと思う。現にエレカシの曲を最近は全然聞いていないし
先日、みみずくは黄昏に黄昏に飛たつ
っていう村上春樹のインタビュー本を衝動買いして読んでいたら
インタビュアの川上未映子って、何か記憶にあるなーっと読んでて思っていたら
僕らの音楽で宮本と対談した人だって事を思いだして、それについて書きたくなったり
その「みみずくは黄昏に黄昏に飛たつ」で出てくる
信用取引っていう概念で何故エレカシに魅力を感じなくなったのか
っという事を綺麗に説明できそうなので、その事について書いてみたくなったり
人生と物語を混同すると「これだけつらい思いをしたのだから救われるはず」みたいな文脈を作り出してしまう。
人生はつらい思いをしても救われません。ただこの一瞬に何をしているかという一点のみが人生の要素です。
っていう考えこまされるツイートを見て
たしかに傾聴に値するツイートだけれども
エレカシが「歩く男」で言ってる事の方が的を得てる
その事についてガッツリ書いてみたいと思ったり
ってな事を書きたいけど、書かないんだろうなぁ~
どんどんエレカシ関連について書きたくなる現象は何なんでしょうかね?
ツンデレではないと思う。現にエレカシの曲を最近は全然聞いていないし
先日、みみずくは黄昏に黄昏に飛たつ
っていう村上春樹のインタビュー本を衝動買いして読んでいたら
インタビュアの川上未映子って、何か記憶にあるなーっと読んでて思っていたら
僕らの音楽で宮本と対談した人だって事を思いだして、それについて書きたくなったり
その「みみずくは黄昏に黄昏に飛たつ」で出てくる
信用取引っていう概念で何故エレカシに魅力を感じなくなったのか
っという事を綺麗に説明できそうなので、その事について書いてみたくなったり
人生と物語を混同すると「これだけつらい思いをしたのだから救われるはず」みたいな文脈を作り出してしまう。
人生はつらい思いをしても救われません。ただこの一瞬に何をしているかという一点のみが人生の要素です。
っていう考えこまされるツイートを見て
たしかに傾聴に値するツイートだけれども
エレカシが「歩く男」で言ってる事の方が的を得てる
その事についてガッツリ書いてみたいと思ったり
ってな事を書きたいけど、書かないんだろうなぁ~