成人式では相変わらず社会的地位の高い人間が若者に訓示を垂れているらしい。
ラジオでも有名人パーソナリティが、上からの視点で大人を語る。大体若者を批判しながらその人の同世代は頑張ってきたという論法が主だ。
私がもし大人を論述するなら一言「責任が取れる」という事だ。
「大人としての責任」とか「責任をもたないと」とかいう後ろ向きな意味とは全く違う。
自分の責任で発言も行動も自由に出来る事が「大人」という事だと認識している。
しかし社会を見渡すとどうだろう。責任をどこかに押し付けて生きていないか?
または責任の所在を自分以外に設定し合って曖昧にしていないか。
大人歴の長い人間が、若者の自由を守るために責任を持ってやるよ、と言う事が、どれだけ若者を駆り立てるかわかってる?
若者に対して「責任を持って生きる事の楽しさ」「自由さ」を引き継いでいくという事を、放棄していないか。
自分たちがメンドクササを被る事を放棄して、後人の自由を制限する言説を垂れ流していないか?
こうして私は自分の本名の元ブログや音楽、商売で表現し続ける事が好き。
自分の生き方を諦めず、責任とって自由に生きようとしていることを、誇りに思っているし、かなり気に入っているんだ。
お気に入りの人生は、同時におすすめの人生。
自分たちのそれぞれの環境でやりたいことを存分にやっていく事を、後人に見せて生きたいと心から思っている。