私は五本指の五人に、
中に攻め入るように命じた。
カゲ「五本指だけでいいですか?」
私「標的のアジトには...」
カゲ「......」
私「どれくらいの数の標的がいる?」
察するに相当数の相手がいるはずだった。
カゲ「数千人います」
私「じゃあ...」
カゲ「......」
私「あの五人で十分だ」
カゲ「はい」
五本指は、私が彼らを生んでからの数年間、
まだ一度も仕事を失敗したことがない。
どんなに多くの敵がいても、
どんなに困難な仕事の内容であっても、
まだ一度も、失敗をしていない。
ふと空腹に気付いた私は、
薄い壁にあるインタフォンの受話器を手にした。
「すいません、カレーライスお願いします」
私はフロントに夜食を注文した。
いい忘れていたが、
私は現在、ネットカフェにいる。
ネットカフェでコーヒーを飲みながら、
気の向くまま適当にネットサーフィンをしている最中に、
師匠からの連絡があり、
そしてカゲたちに調査をさせ、報告を受け、
そのまま異世界のヤクザ組織への攻撃を始めた。
このネットカフェは、
6階建てのビルの6階にある。
カゲ「くれぐれも...」
私「......」
カゲ「そのインタフォンで...」
私「......」
カゲ「私たちへの指示を...」
私「......」
カゲ「間違って話さないようにして下さい」
想像するだけでも恐ろしい。
私はこれ以上ないほどに、苦々しく笑った。
絶対にありえない間違いではないだけに、
冗談では済まないような怖さがある。
私「あのさ...」
カゲ「......」
私「そこまでボケたら...」
カゲ「......」
私「今度こそ本当に引退するよ」
たくさんの笑い声が聞こえた。
私の周囲に潜んでいる複数のディフェンスチームや、
さまざまな分野の側近たちが、
みんな笑っていた。
私が脳内で会話を交わしているカゲは、
その中のひとりであり、
私との連絡を主に担当している者だ。
五本指による殺戮が、やがて始まった。
標的たちの悲鳴が聞こえないように、
私は脳内の受信感度を、意図的に落とした。
私は、今回のヤクザ組織について、
ボンヤリと考えていた。
彼らは...
はたして昔からずっとヤクザ組織だったのだろうか?
ひょっとして、そうではないのではないだろうか?
ほんのこの近年に、
ヤクザ組織に転落したばかりではないのか?
以前はちゃんとした立派な身分や役職があって、
崇められるような存在だったのではないのか?
ヤクザヤクザとこれまで表現してきたが、
例えば、所轄を動かしている地域管理者たちと、
そのヤクザ組織との間に、
どのような違いがあるかというと、
実はそれほど違わない...と私は思う。
この世には、多くの国や民族や宗教があり、
それぞれの背後には霊的な管理者たちがたくさんいる。
地域によっては、
管理者が率先して血の贄を集めるところもあるし、
所轄とヤクザの両方を指揮する管理者もいる。
古来、常に異世界における争いが絶えなかった。
敗れた管理者がヤクザに転落したり、
勝ったヤクザが管理者に成り上がることも、当然ある。
いまから数年前の夏から秋にかけて、
異世界で、ある覇権を賭けた比較的大きな戦争があり、
この国はまさにその主戦場だった。
幾多の台風がこの国に上陸し、全国が水害に見舞われ、
そして大きな地震もあった。
私も、その霊的な戦争に参加していた。
今回の捕縛劇のヤクザ組織は、
ひょっとしたら数年前のあの戦争で、
敗北し転落した側だったのではないか?
かつての力を削がれ、アウトローに身を堕としながらも、
なんとか少しでもエネルギーを隠れて収奪しようと画策し、
苦肉の策として、犯人が発覚しにくいような方法で、
血の贄を求めたのではないだろうか?
私はこのことは、カゲたちにはあえて聞かなかった。
多分、知っていても答えにくいはずだった。
カゲ「標的の頭領からメッセージです」
私「ん?」
カゲ「......」
私「うん、聞こう」
おそらく私が放った五本指のうちのひとりが、
その頭領の眼前に迫っているのだろう。
切羽詰まった様子が浮かんでくる。
カゲ「欲しいものは何でもやる、とのことです」
私「!!」
私はこらえきれずに爆笑してしまった。
そして、慌てて自分の口に手をあてて塞いだ。
周囲にはほかの利用者たちもいる。
ここはネットカフェなのだ。
そうだ、ここは6階建てのビルの6階にある、
たくさんの利用者がひしめくネットカフェなのだ。
設計や建築に完全な信頼を置ける保証などどこにもない、
6階建てのビルの最上階なのだ。
ネットカフェの狭い個室の中で、
届けられたカレーライスをゆっくりと食べ始めながら、
私は突入させた五本指へ、指示を与えた。
迷わずトドメを刺すようにと...