なにげな言葉

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迷宮・緑柱玉の世界の独り言

迷宮・緑柱玉の世界 1章11節 「 涙 」

2021-02-20 | 迷宮・緑柱玉の世界
部屋の中を見回しましたが、先生の姿はありませんでした。
昨夜、私は、ソファーで寝てしまったはずです。
先生が、ベットに運んでくれたのでしょうね。
辺りを見回しましたが、やはり先生の姿は、ありませんでした。
着るものも見当たらず、シーツを体に巻き付け、ベットから降りると、リビングに向かいました。
リビングにも、先生の姿はありませんでした。

リビングのテーブルの上に、朝食が用意してありました。
オレンジジュースと、クロワッサン
スクランブルエッグとサラダが出来ていました。
先生が用意してくれたのでしょう。
食事を作るバイトのはずだから、私の仕事なのに・・・
申し訳なく思いました。
料理は、もうすっかり、冷え切ってしまっていました。

オレンジジュースを一口飲むと、生暖かくなっていました。
甘酸っぱい味と香りが、口の中いっぱいに広がりました。
 
静まり返った室内は、私のたてる音以外しません。
氷を取りにキッチンに向かい、冷凍庫から、ロックアイスを一つ、グラスの中に入れました。
オレンジジュースに浮かぶ氷は、氷山のように、わずかに上部を見せているだけです。
なんだか、不思議な感じ。
見えている一部で、氷だと分かると、それ以上を想像しない。
どれだけの分量がジュースの中に隠れていても、関係ない。
軽く氷を抑えると、氷は、オレンジジュースの中で、上下しながら、ジュースの中で踊っています。
氷は、押されてもまた頭を出す。
グラスに氷が当たる音が、静かな部屋に響いています。
それは、氷が話でもしているようにも聞こえます。
私は、幾度となく、氷を動かしていました。

浮いている氷・・・
沈んでいる氷・・・
氷の形は変わる。
見えない部分、本当に見るには、もう一回、ジュースの中から出すか、ジュースを飲み干すしかない。
私の全てが見えるの?
先生の全てが見えてる?
浮いてる一部でも氷だよって、言ってしまえば、それまで。
見えている私は私だよ・・・
全てを見せなきゃいけないのかなぁ
このままじゃ、ダメなのかなぁ・・・

椅子に座り、ジュースで濡れた指を舐めながら、テーブルの上を見ると、
花瓶の下に手紙が置いてありました。

「雛美礼へ 仕事で、出かけます。昼過ぎには戻る予定。
 雛美礼の着ていた服は、昨夜、汚してしまったので、クリーニングに出しす。
 帰宅するときに、持って帰るからね。
 家にある服を着ててほしい。
 体、疲れているだろ?
 ゆっくり休んでいると良い。
 お風呂にでも入って、のんびりしていて欲しい。
 風邪をひかないようにしなさい。
 僕が戻るまでゆっくりしていいからね。  正隆」

先生がいないことが分かると、なんだか、気が抜けて、ほっとしました。
肩の力場抜けるのを感じました。
その時、始めて自分が緊張していたことに気が付いたのです。
普通を装おうと思いましたが、やはり、先生の視線を気にしていたのです。

「はぁ・・・。何やってんだろう・・・」

椅子にもたれ込むように座り込み、深呼吸の様なため息が出てしまいました。
ホッとすると、体のあちこちの鈍い痛さを思い出しました。
 シーツの中の、体を確認するように見ると、昨夜が夢ではないという証拠がはっきりとあります。

「昨夜の私は、どこかおかしかったのよ。」

そう言ってみたところで、いつもの呪文のように、自分を納得させる事などできません。
夢ではなかったことを、私自身が一番わかっていたのですから。

自分で認めたくない部分を、先生は、知っていたのでしょうか?
それを引きだした?
先生が見たと思う?
不安になってきました。
先生がどう思って、あんなことしたのかを考えると、不安でたまらなくなりました。
昨日の姿が、本当の私だと思われたくない。
いい子ぶっているわけではないのです。
私にも隠したいことはあります。
私でさえ信じたくないのに、先生が見ていたんです。
初めて見せた醜態を私だと思われたならいやです。
弁解する様なことじゃんないですが、昨夜の私を認めたくない。
忘れようとしたって実際にあったことだから仕方がないことも分かっています。
本当の私じゃないと強く言いたい。
でも、私の一部だったということも、認めなければいけない。
如何しよう。
 
やっぱり、認めたくない。
グラスの中の溶けて小さくなった氷と同じです。
昨夜見せた私の一部は、小さくたって私の一部。
でも、氷と同じで、見えない部分も私です。
私がグラスの氷を氷と認めたように、先生も、私と認めたなら・・・。
でも、
氷は解けてしまえば、そこには無かったことにもなる
先生が、過ぎたことはも言わないでくれると良いと思いました。

私だって、いろいろ聞きたいことはあります
何故、あんなことしたの?
何故がいっぱい過ぎるから聞けません。
もしも、
先生が、何か聞いてきたらどうしよう。
何も答えられない。
返す言葉が見つからないのです。

「返事しろよ!」
「答えろよ!」
「どう思ってるんだ?」
「何とか言ってみろ!」

返事ができない事の恐怖を思い出しました。
怖くて体が固まってしまった事・・・
足が震えてしまった事…
脅威は苦手

このままここで待って居ていいのか?と悩みました。
帰ってしまえば、会わずにすみます。
私は、迷いました。
逃げ出そうか、留まるべきか・・・
 
気がついてみれば、服はなく、今ここで逃げ出しても、私の家はばれているのです。
裸でなど出て行けば、問題です。
先生に、迷惑がかかります。
私自身だって困ります。
親に知れるかもしれない。
考えれば考えるほど、この現状を受け入れるしかないと思うのです。
今後のことを思えば、逃げることのほうが、恐怖に感じました。

「良い事、思い出さなきゃ!」

いいこと探し・・・
私は、シャワーを浴びる事にしました。
 
脱衣所の鏡に映る姿を見た瞬間、絶句してしまいました。
背中に縄がすれた跡が真っ赤になっていました。
お中には、無数の水玉模様のような斑点
鞭打たれた場所は、色が変わって紫色になっていました。
毛を剃られ、鏡に映る私は、滑稽です。
咄嗟に、視線をそらしてしまいました。
急に悲しくなってしまいました。両手で顔を覆いながら、泣きました。
 
「私がいけないの? なぜこんな体になってしまったの?」

悔しさと惨めさで、消えてなくなってしまいたいと思いました。
氷だったら、解けて消えてしまうことも可能なのに、それも出来ないのです。
この明るさは、残酷です。
全てが、見えてしまうのです。
惨めな私の姿を、正当化など出来ません。
 
全てを忘れてしまいたい。
湯船に沈み、このまま全てを忘れてしまおうと思いました。
しかし、水に流すことなどできません。
息が苦しくなり、顔を出してしまいました。
そう簡単に、忘れることも、死ぬ事も出来ないのです。
死んで全てを消したいと思ったとしても、私の肉体は、生きたいといっているのです。
きっと、死ぬ時は、炎が消えていくように消えていくのだと思っているから
今は、死ぬ時じゃない。
現実に立ち向かわなければいけないのに、私の心には、その勇気が沸いて来ないのです。

「また、男のおもちゃになるの?」

「私がいけないの?」

「好きって、悲しいことなの?」

「男って身勝手だよ」

「何が欲しかったの?はっきり言って欲しい。」

いつもの私の再生法。自分に問いかけ、答えを出す。
自分に問いかけて、どんどん深みにはまってゆく、そして今度は、逆に問いかける。

「じゃぁ、どうしたいの?」

「受け入れたんでしょ?」

「分かってた事じゃない、何言ってるのよ。」

反発する心が、前向きな質問と答えに変わるまで、自分に問いかける。
悲しかった涙が次第に消え、力がわいてくる。
次第に、悔しくなり、怒りに変わるのです。
 惨めで消えてしまいたいと思うほど悲しかった涙が、悔しさの涙に代わる。

「良い事見つけなきゃ!」

涙を流すためにも、シャワーを浴びようと思いました。
シャワーを頭から浴びると、傷に水が沁みるのです。
小さな傷が全身にあるのだと言う事が分かります。
全身のいたるところで傷に沁みてしまうのです。
石鹸が沁みる痛さで、思わず声が出てしまいました。
私はシャワーの中で声をあげて泣いてしまいました。
元気になったと思う心は、張りぼて!
そう簡単には、元気になんかなれない。
弱い心は、少しのことでまた悲鳴を上げていました。
 
「元気になんかなれない、
 忘れることなんて出来ない。
 私を責めるのはなぜ?
 わかんないよぉ。」

心の中で、必死に叫んでも、声に出すことは出来なかった。
声に出す事で、もっと惨めになってしまうような気がしたのです。
ベットに潜り込み、泣きながら眠ってしまいました。
 


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