不眠症の眠れない夜

トラブル解決便利屋商売のオレ。時に説教臭いのが難点(フィクションです)。別途、遺物全文をブックマークに整理中。

都会でヌッ#18

2007年02月28日 | 妖しはわが友
キンゾー、と河さんがいった。
「オマエ、なんか天啓のようなものを感じるだろ?」
タミちゃんもだろな、と付け加えた。

そうなんだ。
なんかおかしい。

なにかが弾ける、いや違うな、ゆすっていたテーブルから、カタリと物がおちていく瞬間のゆくりなさといったらいいか。
天啓、あるいは福音に近いのだろうか。
掌をしっかり握っておかないと、一気にうちのめされひっくり返ってしまうような緊迫感が体中に充ちている。

オレのなにかにスイッチが入ったんじゃないか?
痒い、頭と背中が痒くてたまらぬ。

キンゾーさん、どうしたの、とタミちゃんが不審な声をだした。

「なんか、ヘンだよ、オレ。母の地だからなんだろうか、鼻から吸う空気にオレをなにかにいざなうようなアクセレーターを感じるんだ。なんだい、これ。タミちゃん、なんともないかい?」

「わたしもこの淵を見てからなにか感じる。ヘンってのはおかしいわね。うまくいえないけど、いてもたってもいられないような、切迫した焦燥感を感じるわ。せかされて、ワーッと走り出したくなるような…」

「トリガーさ。妖しのトリガーさ」
河さんが、滅多にないクソ真面目な顔つきでいった。

「え、なんです、トリガーって?」
「よし、説明してやろう。そこへ二人とも座れや」
河さんのいうとおり、オレとタミちゃんは適当な石に腰掛けた。

「いいかキンゾー、オマエはな、お母さんのサンカの血を色濃く継承しているんだ。今のオマエの違和感はな、お母さんの血と地がオマエのサンカDNAスイッチをオンにしたんだ。だからトリガー、引き金さ。サンカであることは、生活様式や出自を言うんじゃない。サンカもな、河童と同じ亜種の人間なんだ。今、まさにオマエは目覚めているんだよ。DNAの濃さからいったら、タミちゃんのオヤジ、中山なんかと比較にならないくらい濃いとオレは睨んでいる」

「オレがサンカ?」
「そうさ。最初に会ったときいったろ?妖しい匂いがしたって。それがあったからこそオレはオマエに声をかけた。でなきゃなんで河童でございと現れるかね。タミちゃんもそう思ったろ?」

「そうね。ああ、この人はわたしたちと同じ妖しの仲間だと直感したわ」
「ほらな。オマエは気付いていなかった。オマエ自身のなかにあるサンカDNAに気付いてなかった。どこかでそのDNAにスイッチが入れば、オマエはサンカであることに間違いなく覚醒すると思った。それがこの淵の持つトリガーさ」

ウー、クソ!ますます背中と頭が痒くなってきやがった!

都会でヌッ#17

2007年02月27日 | 妖しはわが友
オレはクルマをおりた。
母が住んでいたというこの地の空気を確かめたかった。

行き止まりを少し進み、錯節にひねこびた竹林を分け入ると、見事な淵の前に出た。
ジンクリアな水をたっぷり抱えた深い淵。
冷たい無垢な水がみっしりとたゆたっている。
水が森の雲気の昇華なら、これこそが森の抽出物であろうと思わせる。
オレは思わず見とれ、ホーッ、と声をあげてしまった。

「お、こりゃすげぇな」
「これこそが水の方円自在という感じね」
河さんと、タミちゃんが同時に声をあげた。

オレは杭になったまま立ち尽くし、川を眺めていた。
体幹の奥の奥でなにかが凍りつく思いがしていた。
スーッと醒めてはいるのだが、挟雑物すべてが排除され、純粋が固く結晶していくような感じだ。
不快ではない。
ただ、背中と頭が痒い、それが物理的な現象だった。

キンゾー、と河さんがいった。
「オマエ、なんか天啓のようなものを感じるだろ?」
タミちゃんもだろな、と付け加えた。

そうなんだ。
なんかおかしい。

なにかが弾ける、いや違うな、ゆすっていたテーブルから、カタリと物がおちていく瞬間のゆくりなさといったらいいか。
天啓、あるいは福音に近いのだろうか。
掌をしっかり握っておかないと、一気にうちのめされひっくり返ってしまうような緊迫感が体中に充ちている。

オレのなにかにスイッチが入ったんじゃないか?

痒い、頭と背中が痒くてたまらぬ。

都会でヌッ#16

2007年02月26日 | 妖しはわが友
やはりな、ってどういうことです、とオレは河さんに尋ねた。

「サンカの住んでた集落だぞ。なにもないに決まってるんだ。そんな集落がこの現代に生き残れるわけねぇだろ。無用たるもの価値なし、それが今さ」
「そうとはかぎらないでしょ。もう少し探せば、だれか住んでるかもしれない」
オレは母の里が地図上で存在しないことを認めたくなかった。

「へんっ、そんなことがあるかい。見てみろ、わずかな棚田のあとも雑草だらけだ。お決まりの減反ってやつでな、生産性の低いことは、この国じゃ打ち捨てられる運命なのさ」
河さんが森をわずかに浸食した棚田を指差しながらいった。

タミちゃんが割って入ってきた。
「河さん、そんな言い方はなしにしましょ。とにかくもう少し様子を見ましょうよ。キンゾーさん、車で探してみましょうよ。それで本当に何もなければ、一番近い家でこの集落がどうなったか尋ねてみるといいわ」

再び無言でクルマに戻った。
イグニッションを捻り、獣道にちかい狭く荒れ果てた道を強引に突き進む。
道は一本しかない。
民家へのアプローチらしきものがあっても、その脇道には背丈に近い雑草が生い茂り、とうてい人の息吹が感じられない。
崩れた小屋、打ち捨てられた棚田、惨めな残骸をさらす法面。
どれもこれもが無残な印象しか与えない。
そして一本道はそのまま行き止まりになった。

「河さんのいうとおりね、なにもないわ」
「ああ、どうやらそうみたいだね」

後ろを振り返ると河さんは、不味そうに煙草を吸っていただけだった。

都会でヌッ#15

2007年02月25日 | 妖しはわが友
夜明け前から準備を始め、まだ薄暗いうちから3人で車に乗る。
さーて、目指すはH県の山奥集落、自然と握るステリングにも力が入る。

高速道路ではワーグナーからラベル、ムソルグスキーとやる気をインスパイアするCDをかけまくり、途中、なんどか休憩もしたが、なんと昼前にはH県のダウンタウンに到着した。

昼飯をかねた大休止をとる。
三人とも猛烈な勢いで昼飯をかっこむ。
河さんはさらにビールと焼酎が加わる。
運転しないからいいっすよね、と皮肉をかましたが、ぐははははは、と笑われただけだった。

楊枝を使いながら河さんが、さて、どうすんだい、と尋ねてきた。
オレは母の里である山間の集落にとりあえず行ってみる、と答えた。

ダウンタウンからさらにクルマで2時間、狭隘な道が谷底へと続く道を走る。
もうあとは獣道しかないんじゃないかと思った頃、不意に少しだけ平地が現れた。

そこがはじめて訪れた母の里だった。

深い森が平地の真ん中を突っ切る川を、猛々しいほど囲繞している。
息苦しさを覚えるほどの森の圧迫感。これほどの広葉落葉樹の森はなかなかない。
ただ無邪気な明るさはある。杉や檜の針葉樹にありがちな、陰々滅々とした暗さが感じられないのが救いか。

少し離れた小高い丘のようなところに家が一軒見える。
ここでボンヤリしていてもはじまらない。
オレはその家を訪ねてみることにした。

クルマから三人ともおり、その家を目指す。
川の瀬音が聞こえるだけで、人気がまったく感じられない。
もう長く人や車が通っていないのだろう、荒れ果てた舗装の破れ目から雑草がその生命力を誇示していた。
家に続くスロープ状のアプローチを上がるまで、三人とも無言だった。

上り詰めた前に現れた家は、廃屋だった。
2年や3年の長さではない。遺棄されて間違いなくかなりの年月が経っている。
オレは呆然とその家を眺めていた。

やはりな、と河さんがボソリといった。

都会でヌッ#14

2007年02月24日 | 妖しはわが友
「で、タミちゃん。キンゾーと寝たのか?」
おいおいおい、それはないだろ、という前に、タミちゃんは平然と、いいえ、といった。

「そうかい。ま、いいや、どっちだって。ところで、キンゾー、ものは相談だがな」
「なんです?」
「オレも一緒に連れてけや」
オレはあやうく酒を噴出しそうになった。

「いや、河童の気まぐれだ。久々に都会の空気も吸ってみたいしな。どうだ?」
「だ、だ、だ、大丈夫なんすか?」

「なに、どってことないさ。さっきもいったろ、河童だって旅もできる、って」
そのとき、オレは河さんの予感、悲壮な決意にはまったく気づいてなかった。

「いいじゃない。二人より三人のほうが面白いかもしれないわ」
「ちょっとタミちゃん、混ぜ返さないでよ」
「お、タミちゃんも賛成してくれるか。じゃ、これで決まりだな」
河さんが、例の破れ笑顔でグハハハハハと笑った。

「洒落たバーにも行きてぇな。ああ、風俗もいいな。もっともこんな体だから、ソープランドは無理だがな。グヘヘヘヘヘ」
河さん、すっかり上機嫌だ。

「ここからH県まで高速ブッ飛ばして6時間ってところか。キンゾー、明日、日の出とともに出ようじゃねぇか。ヘへっ、面白くなってきやがったな」

なんだ、なんだ、なんだぁ?

河童とサンカ娘とのロードムービーかい!