不眠症の眠れない夜

トラブル解決便利屋商売のオレ。時に説教臭いのが難点(フィクションです)。別途、遺物全文をブックマークに整理中。

土へ還る旅#11

2007年03月31日 | パンタ・レイ
オレは女と二人、階下のラウンジに降りた。
コーヒーと紅茶を頼んだ。
出てきたのは泥水コーヒーと、ダストティー。
ヤレヤレ仕方ない、フェリー船中で贅沢いっても無理だろう。

「どこに行くのよ?」
コーヒーの味に顔をしかめながら女が切り出してきた。

「さて、どこだろう。定年したばかりでね、時間はあるんだ。行き先は賽の目で決めてもいいと思ってる。あんたは?」

「ふーん、定年なの。わたしは生まれ故郷に帰る途中。山また山の辺鄙なところよ。バスが1日に2往復しているだけ。それもたいてい空バス、ってところよ」
「両親が住んでいるのか?」

「ええ。すっかり老いてしまったけどね。町に出ておいでというんだけど、頑として離れたくないみたい」
「そうかい。大変だな。オレには幸か不幸か、そんな重荷な係累がないけどな」

「あなた行き先を決めていない、っていってたわね。どう?わたしを送っていかない?わたしアシがないのよ。オートバイツーリングの一環と思えばいいじゃない。あなたは話し相手ができる、わたしは楽ができる。名案と思わない?」

「藪から棒だな。しかしそれは無理だな。まずオレはオマエがどんな女なのかわからない。それに送る義理もない。第一、話し相手が欲しいとも思わない」

「旅は道連れ、っていうじゃない。それに送り狼になったってかまわないわよ。小娘みたいな駄々はいわないわ」

「送り狼ねぇ…。喩えが古すぎだ。今日日の小娘の方がさばけてるぜ」
「あら、そういう経験があるの」

「ないね。さっぱり。エロ週刊誌ネタだ。それにオレは女より酒かバクチがいい」

「バクチが好きなの?じゃあ、こうしましょ。途中に競輪場があるわ。その近くには温泉もある。競輪で遊んで、旅館で温泉に入って、酒を飲むという趣向はどうかしら?それで翌日、あなたはわたしを送る、と」

オレはグラッと心が揺れた。いや、この女にではなく、競輪と温泉、それに酒、だ。

「ふむ。悪くないな。よし、乗ろう。ただし、いっとくがな、おまえのスケジュール通りに進むとは限らんぜ」
「了解。いつまでに着かなきゃなんないってこともないの。両親に連絡もしていなしさ」

コーヒーも紅茶もすっかり冷たくなり、オレたちがうだうだとバカ話を続けるうちに、フェリーは港に入っていった。
女のヘルメットがないので、フェリー事務所で尋ね、買い求めに往復した。

さらに二人分の荷物をオートバイに括りつけなきゃならん。
ひどく難渋したが、なんとか強引に搭載する。
バランスが悪いが、仕方あるまい。
飛ばさなきゃいいんだ。

女が道を指示するというので、それに従ってオートバイをスタートさせた。
地図は荷物の底の底、もう取り出せやしない。

走りだすと腰に回された女の手が暖かかった。
なんだか遣る瀬ないような、情けないような、まあ、普通でない出来事にオレがオタついてるだけだろう。

とんだセンチメンタル・ジャーニーだな。

土へ還る旅#10

2007年03月30日 | パンタ・レイ
アラームにしておいた携帯が出航の定刻を知らせてきた。
ここから対岸の港まで2時間弱。
煙草でも吸ってりゃ、あっという間だ。

オレは船室からフェリーの後甲板に上った。
煙草を一本ふかした後、ジーンズの尻ポケットから単音ハモニカ、いわゆるブルースハープを取り出した。

こいつを覚えたのは鬱病で入院していたときだ。
特段、目的があってのことじゃない。
入院の無聊を慰められればいい、そんなことで始めた。
まあ、ギターやピアノのように大仰でないところが気に入っている。
なんといっても尻ポケットに突っ込める程度の大きさというのがいい。

風やエンジン音でハープの音は消されがちだったが、プカプカやっていると心が落ち着く。

たった10個しかない穴を、吸ったり吹いたり。
いいのだ、これで。
このアバウトさがこの楽器の真髄だ。
気持ちを込めれば込めたように鳴ってくれる。
怒りでふけば、怒ったように、情けないときは情けなく、それは見事に反映される。

今のオレ?
どうなんだろう。
悪い気分じゃない、それだけはいえるな。


なかなかブルージーじゃない、という声にオレは振り返った。

女が立っていた。
年の頃なら、目の子四十チョイ、というところか。
ショートヘアにジーンズ、スィングトップ。
なんだい、並木族の末裔か?

「ブローしてるわね。ジュニア・ウェルズってとこかしら」
「気持ちはね。そんなに上手くはないが。だけど、だれだい、あんた」
「故郷に帰ってるとこ。なんだか今の生活に倦んでしまったみたいでね、里心がついたのね、きっと」

へーそうかい、とオレは答えたが、ちょっと待ってくれ。
それがどうしたんだい。
そんなヘビーなハナシは聞きたかないぜ。

「どう、向こうにつくまでビールでも飲まない?」
「あいにくだがオートバイなんだ。酒は大好きだがな、今は飲めない」
エンジン音にかき消されぬよう、オレは大声で答えた。

「そう。じゃ、コーヒーでもいかが」
「あー、オレはコーヒーが嫌いでね。すまないな」

「ふーん、あれもこれもダメってわけだ。せっかくこんなにいい女が誘ってるのに、芸がないわね」
「よせやい。別に誘ってくれと頼んだわけじゃない。じゃ、こうしよう、オレは紅茶を飲む。アンタはコーヒーだ。それでどうだ」
「上等よ。話し相手がなくて困ってたの。あなたも一人なんでしょ?」

ああ、と答えたが、別にオレは話し相手が必要とも思っていない。

まあ、いい。
成り行きだろ、これも?
煙草ばかり吸ってても、喉がいがらっぽくなるだけだしな。

土へ還る旅#9

2007年03月29日 | パンタ・レイ
終日、南へ突っ走って、半島先の港へ出た。
ここからフェリーに乗れば、海峡を挟んだ別の県に行ける。

どうしようか?
フェリーの最終にはまだ間がある。
とりあえず行くしかなかろうが、そうガツガツして急ぐ旅でもない。
オレは待合室の埃っぽい畳にシュラフを広げ、今夜のネグラとした。

バックパックにはウィスキィもある。
腹が減れば、待合室にカップ麺もある。
切符さえ買えば、待合室の利用はOKなんだ。

やっぱり、金は便利な手段だ。
金がすべてとはいわぬが、金のない悲哀は御免こうむる。

時々、わけ知り顔の初老オヤジが、貧乏だけど心は豊かです、なんて愚にもつかないことを垂れるが、あれは気分が悪い。

ほら、ボクってこんなに清廉で素敵でしょ、って自慢してるだけじゃないのか?
貧乏を公言するくせに、食うくらいの金は持ってる。

どこが貧乏なんだ?
「貧乏」ってのは「飢える」と同義じゃないのか?

いやな連中だ。
新興宗教教祖のような福顔に虫酸が走る。
正体を看破されていることに気付かないのだろうか。

とにかく、ああいう勘違いの輩が中年や初老を惑わせる。
ミスリードする。
一銭も金がなくて生きていけるか?
その大原則を否定するとカッコイイみたいな愚かな発言はして欲しくない。

なんならホームレスになってみろ。
心の豊かさも、最低限の生活だけはできる金がなきゃ、生まれるわけがない。
とにかくあんな勘違い頓珍漢にだけは、オレはなりたくない…。

うー、いかんいかん。
酒が入ると激越になってしまう。
オレは睡眠薬を飲み、早めにシュラフに潜り込んだ。
広げた地図をいくらも眺めぬうちに、オレはぐっすり眠り込んでしまった。

土へ還る旅#8

2007年03月28日 | パンタ・レイ
ヘルメットを被って走っていると、精神が研ぎ澄まされる。
冴え冴えと神経が息づいてくる。
あー、オレは今、とんでもなく気持ちのいいことをやってる、という解放感に満たされる。
オレは自由だ!と感じ入ってしまう。

そりゃ、たしかにオートバイは厄介な乗り物だ。
暑くて、寒くて、雨に打たれる。
冬場の雨なんて惨めそのものだ。
ぬくぬくと暖房の効いた四輪車が、正直、羨ましい。
しかし、多分、オートバイはくたばるまでやめないはずだ。

オレは走り出すたびに背筋が伸びる。
姿勢がシャンとする。
それはつまり生き方にも反映されるのだと思う。

しっかりしないとオイラには乗れないぞ、ボケたらアウトだ、ヨイヨイより事故ってお陀仏になるほうがまだマシだろうが、だからしっかりしろ!
とオートバイから叱咤される思いがする。

そうなんだ。
愉しいことやるためには持続する意思と肉体が必須なのだ。


さあ、くたばるまで時間はまだ少しある。
お金もなんとかなる。
ならば、この世に生まれた「オレ」という奇跡を、徹底して愉しまなくてどうする。
オレは自分がくたばる刹那、ヘヘッ、愉しかったぜ、と思える人生にしたいのだ。

オレには読むべき本、見るべき映画、聞くべき音楽がイヤになるくらいある。
それらを想像すると、あまりに残された時間が少ないことに呆然とする。
オレはもっと知りたい、さらに愉しみたい。
悲しんだり、鬱になったり、あるいはボケているヒマなぞないのだ。
だからオレには面倒、義理、束縛に無駄遣いする時間はない。

そんな下らぬことに煩わされるのは、願い下げだ。
オレは他人様よりオレ、そう誰のものでもないオレ自身が大切なのだ。

自分が愉快でなくて、なにが愉しいもんか!

土へ還る旅#7

2007年03月27日 | パンタ・レイ
翌朝、オレは夜明け前に起きた。
漆黒から薄墨色へと変化していく朝を、熱い紅茶を飲みながら眺めていた。

いろいろあるんだ、今日から。
忙しくなる。

オレは大き目のバックパックに、数日分の着替えや洗面具をつっこみ、駐輪場のオートバイにくくりつけた。
どこか南へ行こう、それだけを決めて走り出すつもりだ。

身支度を整え、出発しようとした時、マンションの管理人が近づいてきて、夕方から総会です、といった。

ああ、そうだった。
今日はマンションの臨時総会だった。
議題は大規模修理の可否についてだったが、ふん、どっちでもいい、好きにやってくれ。

オレは妻と離婚以来、まったく地域とも没交渉になっている。
とにかく面倒だ。
誰からも指示されたくないし、逆に誰にも干渉しない。
そう、まったくの孤独だ。
隣が誰かも知らない。
オレがオレであるためには、隣が誰であろうと関係ない。
これでいいと判断している。
迷惑はかけない。
だからほっといてくれ。

老後は地域とともに生きなきゃいけない、とよくいわれる。
ほんとにそうか?
皆が皆、地域とともに生きなきゃならないのか?

オレはいやだ。
ベタベタした地域の人間関係など、金輪際いやだ。
やりたい人はいくらでも地域で生きてくれ。
人間関係を取捨選択できるのも、定年と引き換えに手に入れた自由だ。
だからオレは一人で結構だ。
その代わり、面倒見てくれともいわない。
アカンようになったら、自分で自分の生を始末する。
そう、死ぬこともオレの自由のはずだ。
いいかね、こういう頑迷偏頗な人間もいるのだ。

生返事を管理人に返し、オレはオートバイをスタートさせた。
雲は高く、風は晩春の香りを運んでくる。

さよう、神気いよいよ爽やかとはこのことじゃないか!