百合恵の車が見えた。その脇に人が立っている。街灯から少し外れているので人影としてしか見えないが、すらっとしたシルエットだ。こちらに気がつくと頭を下げ、駈け寄ろうとして足を止めた。
「アイちゃん、さとみちゃんには話してあるから、恥ずかしがらなくて良いわよ」
やはり、アイなんだ。さとみは思った。アイは躊躇していたが、開き直ったのか、駈け寄って来た。
オーバーオールに袖を肩まで捲り上げた黒のTシャツに、オーバーオールと同じデニム生地のキャスケット帽をやや斜めにして被っている。恥かしいのか、さとみと目を合わそうとしない。
「アイ、似合っているじゃない」さとみは素直に思ったままを言った。アイは百合恵に負けないほどスタイルが良い。「その帽子、良い感じよ」
「ありがとうございますぅぅぅ!」アイはいつも以上に大きな声で礼を言い、直角に上半身を曲げる。夜目にも顔が真っ赤になっているのが分かる。「じゃあ、百合恵姐さん、行きましょう!」
「ふふふ……」百合恵は恥かしさ全開のアイを見て笑む。「そんなに慌てなくても、まだ時間があるわよ、アイちゃん。それにしても、そのちょっとした着崩し方、良いわねぇ」
「わたしもそう思うわ」さとみがうなずく。「ちょい悪になった某ゲームキャラみたいね。女の子だから、スーパーマリコ、かな?」
「会長! 変な事を言わないでくださいよう!」
「変な事じゃないわよ。褒めているんだけど」
「……麗子ちゃんも見てみたかったわねぇ……」
「百合恵姐さん、麗子は体調が悪いって言っていました。本当は来たくて来たくて仕方が無かったそうですが」
「ふふふ……」
百合恵は意味深な笑みをさとみに向ける。さとみの口が『弱虫麗子』と動く。
百合恵の運転で校門に着いた。すでに来ていたしのぶと朱音が駈けて来た。朱音はオーバーオールに赤いTシャツ、しのぶは黄色のTシャツだ。二人ともぱんぱんに膨らんだポシェットを右肩からたすき掛けしている。二人は百合恵とアイの格好を見て、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
「百合恵さん、素敵ぃ!」朱音が地団太を踏みながら言う。「同じ人類とは思えないぃぃ!」
「アイ先輩も素敵ですぅ!」しのぶはアイをしげしげと見ながら言う。「ちょい悪になった某ゲームキャラみたいですね。女子だから、スーパーマリコって言う感じでしょうか」
「それは会長に言われたよ!」アイはぎろっとしのぶを睨んで、声を荒げる。「じろじろと見てんじゃねぇ!」
「じゃあ、わたしって会長と同じ思考パターンなんですね!」しのぶが嬉しそうに言う。アイの脅しは全く効かない。「じゃあ、わたしも霊体さんたちと話が出来るようになるかなぁ?」
「……わざわざのお越し、お疲れ様ですねぇ」
松原先生が割って入って来た。何時ものよれよれスーツでは無く、グレードの高いスーツを着ている。
「いえ、こちらこそ、無理を申し上げまして……」百合恵が松原先生に頭を下げる。「それにしましても、先生のその格好……」
「え?」松原先生は満更でもない表情をする。「最近あつらえましてね。今日が初お披露目ですね」
「あら、そうでしたの」百合恵はくすっと笑う。「先生も『百合恵会』の制服姿だと思ったものですから……」
皆は笑い出した。松原先生は困ったような顔でぽりぽりと頭を掻いている。
「さて……」松原先生は咳払いをして、真顔になる。「じゃあ、行きますか……」
松原先生が先頭になり、その横にしのぶが付く。朱音はアイと並ぶ。さとみは百合恵と並ぶ。
「百合恵さん、あの護符って持って来たんですか?」
「ええ、ここにあるわ」
百合恵は言うと、オーバーオールの胸当ての脇から手を突っ込む。そして、しばらくお腹辺りをもぞもぞと探って、青い布の包みを取り出した。……どこに挟んでいたのだろう。さとみは思ったが、敢えて訊かなかった。
「体育館辺りに豆蔵たちがいるはずよ」百合恵は言う。「冨美代さんと虎の助、仲が良くなっていると良いんだけどねぇ……」
「百合恵さんはそっちの方が心配なんですか?」さとみが訊く。「わたしには、体育館の見えない霊の方が心配です……」
「でも、話だと、子供たちみたいじゃない? そんなに怖い相手じゃないわよ」
「でも、後ろにあの影がいるんですよ……」
「だから、この護符があるじゃない?」
「はい……」
さとみは答えたものの、護符に付いてはまだ半信半疑だ。
松原先生が職員通用口を開ける。皆の方に振り返って、右の人差し指を立てて自分の唇に当てる。
「まあ、大丈夫だとは思うけど、静かに移動しよう」
松原先生は声を押し殺して言う。皆はうなずいて、無言のまま来客用スリッパに履き替える。慎重に歩く。それでも、ぺたぺた鳴るスリッパの音は隠せない。さとみは体育館に向かう途中で、凶悪な表情でしゃがみ込んでいる霊体を何人か見た。無言で見つめて来るその目付きの邪悪さに、思わず百合恵に腕を強くつかむ。百合恵は、心配ないと言う様に、さとみがつかんできた手の甲を優しく叩く。霊体たちは動くことなく、さとみたちを見つめている。……何となく、前より多くなっているみたいだわ。さとみの喉がごくりと鳴る。
体育館の出入り口が見えた。そこに豆蔵たちがいた。豆蔵とみつはさとみと百合恵に向かって一礼した。虎之助は竜二の腕に右手でしがみつきながら、左手を振っている。竜二は照れくさそうに笑っている。冨美代は薙刀を手にしている。また、虎之助と揉めたのだろうか。
「さあ、みんな揃ったわね……」
百合恵が言う。
つづく
「アイちゃん、さとみちゃんには話してあるから、恥ずかしがらなくて良いわよ」
やはり、アイなんだ。さとみは思った。アイは躊躇していたが、開き直ったのか、駈け寄って来た。
オーバーオールに袖を肩まで捲り上げた黒のTシャツに、オーバーオールと同じデニム生地のキャスケット帽をやや斜めにして被っている。恥かしいのか、さとみと目を合わそうとしない。
「アイ、似合っているじゃない」さとみは素直に思ったままを言った。アイは百合恵に負けないほどスタイルが良い。「その帽子、良い感じよ」
「ありがとうございますぅぅぅ!」アイはいつも以上に大きな声で礼を言い、直角に上半身を曲げる。夜目にも顔が真っ赤になっているのが分かる。「じゃあ、百合恵姐さん、行きましょう!」
「ふふふ……」百合恵は恥かしさ全開のアイを見て笑む。「そんなに慌てなくても、まだ時間があるわよ、アイちゃん。それにしても、そのちょっとした着崩し方、良いわねぇ」
「わたしもそう思うわ」さとみがうなずく。「ちょい悪になった某ゲームキャラみたいね。女の子だから、スーパーマリコ、かな?」
「会長! 変な事を言わないでくださいよう!」
「変な事じゃないわよ。褒めているんだけど」
「……麗子ちゃんも見てみたかったわねぇ……」
「百合恵姐さん、麗子は体調が悪いって言っていました。本当は来たくて来たくて仕方が無かったそうですが」
「ふふふ……」
百合恵は意味深な笑みをさとみに向ける。さとみの口が『弱虫麗子』と動く。
百合恵の運転で校門に着いた。すでに来ていたしのぶと朱音が駈けて来た。朱音はオーバーオールに赤いTシャツ、しのぶは黄色のTシャツだ。二人ともぱんぱんに膨らんだポシェットを右肩からたすき掛けしている。二人は百合恵とアイの格好を見て、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
「百合恵さん、素敵ぃ!」朱音が地団太を踏みながら言う。「同じ人類とは思えないぃぃ!」
「アイ先輩も素敵ですぅ!」しのぶはアイをしげしげと見ながら言う。「ちょい悪になった某ゲームキャラみたいですね。女子だから、スーパーマリコって言う感じでしょうか」
「それは会長に言われたよ!」アイはぎろっとしのぶを睨んで、声を荒げる。「じろじろと見てんじゃねぇ!」
「じゃあ、わたしって会長と同じ思考パターンなんですね!」しのぶが嬉しそうに言う。アイの脅しは全く効かない。「じゃあ、わたしも霊体さんたちと話が出来るようになるかなぁ?」
「……わざわざのお越し、お疲れ様ですねぇ」
松原先生が割って入って来た。何時ものよれよれスーツでは無く、グレードの高いスーツを着ている。
「いえ、こちらこそ、無理を申し上げまして……」百合恵が松原先生に頭を下げる。「それにしましても、先生のその格好……」
「え?」松原先生は満更でもない表情をする。「最近あつらえましてね。今日が初お披露目ですね」
「あら、そうでしたの」百合恵はくすっと笑う。「先生も『百合恵会』の制服姿だと思ったものですから……」
皆は笑い出した。松原先生は困ったような顔でぽりぽりと頭を掻いている。
「さて……」松原先生は咳払いをして、真顔になる。「じゃあ、行きますか……」
松原先生が先頭になり、その横にしのぶが付く。朱音はアイと並ぶ。さとみは百合恵と並ぶ。
「百合恵さん、あの護符って持って来たんですか?」
「ええ、ここにあるわ」
百合恵は言うと、オーバーオールの胸当ての脇から手を突っ込む。そして、しばらくお腹辺りをもぞもぞと探って、青い布の包みを取り出した。……どこに挟んでいたのだろう。さとみは思ったが、敢えて訊かなかった。
「体育館辺りに豆蔵たちがいるはずよ」百合恵は言う。「冨美代さんと虎の助、仲が良くなっていると良いんだけどねぇ……」
「百合恵さんはそっちの方が心配なんですか?」さとみが訊く。「わたしには、体育館の見えない霊の方が心配です……」
「でも、話だと、子供たちみたいじゃない? そんなに怖い相手じゃないわよ」
「でも、後ろにあの影がいるんですよ……」
「だから、この護符があるじゃない?」
「はい……」
さとみは答えたものの、護符に付いてはまだ半信半疑だ。
松原先生が職員通用口を開ける。皆の方に振り返って、右の人差し指を立てて自分の唇に当てる。
「まあ、大丈夫だとは思うけど、静かに移動しよう」
松原先生は声を押し殺して言う。皆はうなずいて、無言のまま来客用スリッパに履き替える。慎重に歩く。それでも、ぺたぺた鳴るスリッパの音は隠せない。さとみは体育館に向かう途中で、凶悪な表情でしゃがみ込んでいる霊体を何人か見た。無言で見つめて来るその目付きの邪悪さに、思わず百合恵に腕を強くつかむ。百合恵は、心配ないと言う様に、さとみがつかんできた手の甲を優しく叩く。霊体たちは動くことなく、さとみたちを見つめている。……何となく、前より多くなっているみたいだわ。さとみの喉がごくりと鳴る。
体育館の出入り口が見えた。そこに豆蔵たちがいた。豆蔵とみつはさとみと百合恵に向かって一礼した。虎之助は竜二の腕に右手でしがみつきながら、左手を振っている。竜二は照れくさそうに笑っている。冨美代は薙刀を手にしている。また、虎之助と揉めたのだろうか。
「さあ、みんな揃ったわね……」
百合恵が言う。
つづく
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