「きくの様が、青井の家に関しましてどれほどの事を存じ上げていらっしゃるかは、ばあやには分かりかねますが……」ばあやは面倒な前置きをして続けました。「そもそも、青井の家は初代の御領主様よりお仕えしてございます。青井の家は役職がございませぬが、御領主様…… 今は、殿とお呼びした方が宜しいのでございましょうか。殿のお命じになる事を、内々でいたすのがお役目でございます」
「……ばあや」わたくしはいらいらしておりました。ばあやの物言いがのろのろとしていたからでした。「わたくしが訊きたいのは、そのような事ではありませぬ」
「……斯様に、青井の家は殿との結び付きが強うございます。なれば、青井に対するは殿に対すると申すものでございます。他家は他家で思う事もございましょうが、表立っては申しませぬ」
「あのね、ばあや……」
「ではございましたが、それも五代目の殿まででございました。世の動乱も治まり、安泰となりましてからは、お役目も無くなりました」
耳が遠いのか、それとも、とぼけているのか、皺が深く刻まれたばあやの顔からは分かりませぬ。
わたくしも、青井の家の縁起については存じております。ただ、その内容までは知らされておりませぬ。父がおっしゃいますように、わたくしの婿となるお方が引き継ぐからでございます。それにしても、余りにも話が咬み合いませぬ。
「とは申せ、由緒ある青井の家でございます。六代目の殿から今の殿に至るまで、万一のお役目があるやもしれぬとの事で、お取り潰しも無く、今に至ってございます」
「ばあや!」わたくしは、つい声を荒げてしまいました。「好い加減におし! 斯様な事はこのわたくしでも存じて居る事! わたくしが訊いているのは、庭の古井戸の事です!」
わたくしの剣幕に、ばあやは平伏いたしました。平伏しながらその肩を震わせております。驚いて泣いているようでした。わたくしは、ばあやをいじめているような嫌な気分となりまして、朝餉を残したまま立ち上がり、自分の部屋へと戻りました。
戻る途中で、ばあやは役に立たぬ、ならば、母に訊ねてみようと思ったのでござます。
母は殿の御傍衆のお家柄の一つ、高頭家からの輿入れでございました。話では、殿が縁結びをなさったとか…… わたくしの知る母は、父に良く仕え、教養もあり、聡明な方でございます。わたくしも、斯く在らねばと常々思っておりました。
つづく
「……ばあや」わたくしはいらいらしておりました。ばあやの物言いがのろのろとしていたからでした。「わたくしが訊きたいのは、そのような事ではありませぬ」
「……斯様に、青井の家は殿との結び付きが強うございます。なれば、青井に対するは殿に対すると申すものでございます。他家は他家で思う事もございましょうが、表立っては申しませぬ」
「あのね、ばあや……」
「ではございましたが、それも五代目の殿まででございました。世の動乱も治まり、安泰となりましてからは、お役目も無くなりました」
耳が遠いのか、それとも、とぼけているのか、皺が深く刻まれたばあやの顔からは分かりませぬ。
わたくしも、青井の家の縁起については存じております。ただ、その内容までは知らされておりませぬ。父がおっしゃいますように、わたくしの婿となるお方が引き継ぐからでございます。それにしても、余りにも話が咬み合いませぬ。
「とは申せ、由緒ある青井の家でございます。六代目の殿から今の殿に至るまで、万一のお役目があるやもしれぬとの事で、お取り潰しも無く、今に至ってございます」
「ばあや!」わたくしは、つい声を荒げてしまいました。「好い加減におし! 斯様な事はこのわたくしでも存じて居る事! わたくしが訊いているのは、庭の古井戸の事です!」
わたくしの剣幕に、ばあやは平伏いたしました。平伏しながらその肩を震わせております。驚いて泣いているようでした。わたくしは、ばあやをいじめているような嫌な気分となりまして、朝餉を残したまま立ち上がり、自分の部屋へと戻りました。
戻る途中で、ばあやは役に立たぬ、ならば、母に訊ねてみようと思ったのでござます。
母は殿の御傍衆のお家柄の一つ、高頭家からの輿入れでございました。話では、殿が縁結びをなさったとか…… わたくしの知る母は、父に良く仕え、教養もあり、聡明な方でございます。わたくしも、斯く在らねばと常々思っておりました。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます