そっぽを向き合ったトランとマーベラの隙をついて、ジャンセンは坂を上った。マスケード博士が見下ろす位置に立っているため、姉弟は動かない。……さすが、考古学界の重鎮ね。迫力で押さえつけているんだわ。実際は一歩でも動いたら命はないぞと姉弟間にビシビシと殺気が交錯しているからだった。
やっとジャンセンはマスケード博士の前に立つことが出来た。
「博士、お待たせしました」ジャンセンは爽やかに笑むと、握っていた右手を手の平を上にしてマスケード博士に向かった差し出し、ゆっくりと開いた。「これがメキトベレンカからもらったベクラモレスです」
マスケード博士はジャンセンの手の中を覗き込む。握り締められて金色の塊になっていたベクラモレスは、ジャンセンの手の平で花が咲く様に開き始め、二インチ四方の薄い正方形へと姿を変えた。陽光が反射する。
「おおおお……」博士は驚きの声を上げる。「……これは金属なのかね?」
「そう見えます」ジャンセンもベクラモレスを見る。「メキドベレンカは呪術者の証しだと言っていました。肌身離さず持っているものなのだそうです」
「……それを君に……?」
「はい」ジャンセンは訝しい表情の博士に答える。「なので、メキドベレンカは呪術者では無くなりました。これからは修行をした院に戻って、院の人たちのお世話をするそうです」
「何と言う……」博士は絶句する。「あれだけの術が使えると言うのに……」
「きっと、それ以上の物をメキドベレンカは見つけたんですわ、マスケード博士」ジェシルは言って、納得していない博士を見る。「時空も時代もすべて超えた純粋な愛の結末なんです」
「愛…… ねぇ……」博士は何度もうなずきながらつぶやく。「なるほどねぇ…… 愛と言う感情は、時空も時代も関係なく存在する一つの真理なのだねぇ……」
「な~にが真理ですかあ!」
突然、大きな声がした。声に主は坂を上がってきたマーベラだった。明らかに憤慨している。その後ろにはマーベラに同調するようにうなずく、同じく憤慨したトランがいた。
「マスケード博士、そんな女の戯言に耳を傾けてはいけません!」マーベラはじっとジェシルを睨みつけながら言う。「時空や時代を超えた愛など、ありません! その女の妄言です!」
「そうですよ、博士」トランもうなずく。「ぼくたちは考古学者です。感情に振り回されては正しい判断が出来なくなります」
「な~にを言ってんのよ……」ジェシルはマーベラとトランを交互に見て呆れたようにため息をつく。「マーベラはともかく、トラン君は恋愛が分かると思っていたのに……」
「わたしはともかくって、どう言う事よ!」マーベラが怒鳴る。「わたしだって、分かっているわよ! だから、ジャンセンの間違った感情を正そうとしているんじゃない!」
「そうだ、そうだ!」横でトランが加勢する。「ジャンセンさんが女なんかにうつつを抜かしていてはいけないんだ!」
「トラン! 今のは聞き捨てならないわ!」マーベラの矛先がトランに向く。「メキドベレンカとわたしとを一緒くたにしないでちょうだい!」
「……あのよ……」
睨み合ってバチバチに火花を散らし合っている姉妹に、遠慮がちな声がかかった。首と両手首をハンマレーヌって樹の幹の繊維を束ねて作ったロープで縛られているコルンディだった。……あら、すっかり忘れていたわ。ジェシルは思った(作者も忘れていた……訳はありません)。
「もういい加減に戻ろうじゃねぇか。さっきから雲行きが怪しくなってきやがってよう、ぽつりとでも降って来たら、オレたちゃ、おしめぇだぜ」
コルンディの言葉に、傭兵たちも口々に懇願する。濡れた草でロープをひと擦りしただけできつく締まった恐怖におびえているのだ。コルンディはトランがふざけて濡らした首のロープで、あわや窒息の目に遭い、それを目の当たりにした傭兵たちにも他人事には思えなかった。
「そうよ。それが良いわ」ジェシルは言う。「メキドベレンカも行っちゃったし、マーベラとトラン君も続きは戻ってからにするって事で一端は停戦にしましょう」
「勝手に仕切んないでよ!」マーベラは文句を言う。「……でも、それは言えるわね。いつまでもここに居たって、どうなるってわけじゃないだろうから…… いいわね、トラン?」
「ああ、分かったよ、姉さん」トランはうなずく。「それに、ジャンセンさんの気が変わって、メキドベレンカを追っかけたら、それこそ大変だ」
「いや、ぼくとメキドベレンカは充分に通じ合っているから、そんな事はしないよ」ジャンセンは言うと、ぽうっとした表情になる。「ぼくのメキドベレンカ……」
「はいはいはい!」ジャンセンに何か言いかけた姉弟を制する様にジェシルは言い、ぱんぱんぱんと手を叩く。「じゃあ、戻りましょう!」
つづく
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