下校時間だ。
相変わらず、にまにましながらてこてこ歩いているさとみだった。
「あら、さとみちゃん!」
さとみは、にまにま顔のまま、声の方を向いた。
「わあーっ! 百合江さん!」
百合江が、昼間と同じ白のチャイナドレスで立っていた。さとみは、にまにましたままで百合江に駆け寄る。
「お久し振りです!」さとみは百合江の姿を上から下までじろじろと見回す。「いつもステキですね。わたしも百合江さんみたいになれるかなぁ」
「もちろんよ」百合江が優しく言う。「実はね、ちょっと顔を見たくなって来てみたんだけど、何かあったの? そんなににまにましちゃって」
「え?」さとみは自分の顔を撫で回す。「……本当! にまにましてる……」
「何か良いことがあったのかしら?」
「え?」さとみはにまにましたままだ。「いいえ、別に、良いことなんて…… そんな、えへへ……」
「あら、わたしに教えてくれないの?」百合江はさとみをぎゅっと抱きしめた。「水くさいわよ、さとみちゃん……」
「いえ、あの、その……」さとみは百合江の抱きしめから逃れた。「本当、別に、何も無いです! ごめんなさ
い、もう帰ります!」
さとみは、何度もぺこぺこと頭を下げて、小走りしながら通りの角を曲がって行った。
「……どうやら、見えていないのは確かなようね……」
百合江は振り返り、並んでいるみつ、豆蔵、楓、竜二を順に見た。百合江は、この四人のためにさとみに会いに来ていたのだ。
「さとみ殿……」
「嬢様……」
「小娘……」
「さとみちゃん……」
四人はそれぞれつぶやくと、座り込んでしまった。
「あれは、本格的に恋をしているって感じね……」百合江は煙草に火をつけた。「わたしの抱擁さえ逃れちゃうんだから……」
「百合江さん、どうしよう……」竜二が泣き出す。「さとみちゃんに相手にされなきゃ、オレは死んでも死に切れないよう!」
豆蔵がうんうんとうなずいて鼻をすする。
「やれやれ……」百合江は煙を吐き出す。「竜二さん、あなたはもう死んでいるのよ」
「そんなことぁ、どうだって良いんだよ! そんだけ悲しいんだよう!」
豆蔵がさらに大きくうなずき、目頭を押さえた。
「……百合江殿、これからどうしたら良いでしょう……」
力無くみつが言う。
「あれじゃあ、恨みが晴らせやしないじゃないのさ!」
ぷりぷり怒りながら楓が言う。
「でもまあ、女なら遅かれ早かれ、恋が芽生えて、こんな日は来るものよ」
「そう言いますが、百合江殿は違うではありませんか」みつが言ってから、はっとなった。「……まさか、百合江殿は、その…… 殿方のお尻を、ぺちぺちしたことが無いのですか!」
百合江は答えず苦笑している。……楓め、わけのわかんないことを吹き込んでくれちゃって! 真っ赤になっているみつを見て、百合江はため息をついた。
「これは! 百合江姐さん!」名を呼ばれて百合江が振り返ると、アイが薄っぺらな鞄を小脇にかかえて、直立不動の姿勢で立っていた。「お久し振りです!」
「あら、アイちゃん。お久し振りね。元気にしてた?」
「はい! 姐さんもお変わりなく!」
「ありがとう……」百合江は、ふと思いついたように続けた。「そう言えば、今さとみちゃんに会ったんだけど、何かあったのかしら? ちょっと雰囲気が変わったようね」
「あ、お気づきになりましたか」アイは百合江のそばに寄り、声をひそめる。「……実はさとみ姐さん、告白されたんですよ」
「告白!」さすがの百合江も驚いたようだ。「告白ねぇ。てっきり、さとみちゃんの方が入れ揚げているのかと思ってたけど……」
「何の話で?」
「いや、こっちの話よ」百合江は笑ってごまかす。「で、相手はどんな子?」
いつの間にか四人の霊体もアイの周りに集まっていた。じっと聞き耳を立てている。
「隣のクラスの須藤建一ってヤツです。わたしが言うのも何ですが、良いヤツですよ。あれなら、さとみ姐さんの舎弟として許せますね」
「そう。……で、須藤君、さとみちゃんとどこまで?」
「ね、姐さん! そんな大胆なこと言わないで下さいよ!」アイが大きな声を出し、顔を赤くした。……意外と純情ね、百合江は思った。「さとみ姐さん、まだ告白されただけですよ。手も握っちゃいません。それでも、姐さんは初めてだったようで、すっかり舞い上がってしまい、ずっと、にまにましっぱなしなんです。わたしも寄せ付けないんです」
「彼氏君と、いっしょに帰らないの?」
「さとみ姐さんが言うには、そんなことをしたら、恥ずかしくて死んじゃうんだそうなんです」
「あらあら…… さとみちゃんも純情ね」
「あっ! あれが須藤建一ですよ!」
アイは通りの向こう側を指差した。
百合江と四人の霊体は頭を向けた。
つづく
相変わらず、にまにましながらてこてこ歩いているさとみだった。
「あら、さとみちゃん!」
さとみは、にまにま顔のまま、声の方を向いた。
「わあーっ! 百合江さん!」
百合江が、昼間と同じ白のチャイナドレスで立っていた。さとみは、にまにましたままで百合江に駆け寄る。
「お久し振りです!」さとみは百合江の姿を上から下までじろじろと見回す。「いつもステキですね。わたしも百合江さんみたいになれるかなぁ」
「もちろんよ」百合江が優しく言う。「実はね、ちょっと顔を見たくなって来てみたんだけど、何かあったの? そんなににまにましちゃって」
「え?」さとみは自分の顔を撫で回す。「……本当! にまにましてる……」
「何か良いことがあったのかしら?」
「え?」さとみはにまにましたままだ。「いいえ、別に、良いことなんて…… そんな、えへへ……」
「あら、わたしに教えてくれないの?」百合江はさとみをぎゅっと抱きしめた。「水くさいわよ、さとみちゃん……」
「いえ、あの、その……」さとみは百合江の抱きしめから逃れた。「本当、別に、何も無いです! ごめんなさ
い、もう帰ります!」
さとみは、何度もぺこぺこと頭を下げて、小走りしながら通りの角を曲がって行った。
「……どうやら、見えていないのは確かなようね……」
百合江は振り返り、並んでいるみつ、豆蔵、楓、竜二を順に見た。百合江は、この四人のためにさとみに会いに来ていたのだ。
「さとみ殿……」
「嬢様……」
「小娘……」
「さとみちゃん……」
四人はそれぞれつぶやくと、座り込んでしまった。
「あれは、本格的に恋をしているって感じね……」百合江は煙草に火をつけた。「わたしの抱擁さえ逃れちゃうんだから……」
「百合江さん、どうしよう……」竜二が泣き出す。「さとみちゃんに相手にされなきゃ、オレは死んでも死に切れないよう!」
豆蔵がうんうんとうなずいて鼻をすする。
「やれやれ……」百合江は煙を吐き出す。「竜二さん、あなたはもう死んでいるのよ」
「そんなことぁ、どうだって良いんだよ! そんだけ悲しいんだよう!」
豆蔵がさらに大きくうなずき、目頭を押さえた。
「……百合江殿、これからどうしたら良いでしょう……」
力無くみつが言う。
「あれじゃあ、恨みが晴らせやしないじゃないのさ!」
ぷりぷり怒りながら楓が言う。
「でもまあ、女なら遅かれ早かれ、恋が芽生えて、こんな日は来るものよ」
「そう言いますが、百合江殿は違うではありませんか」みつが言ってから、はっとなった。「……まさか、百合江殿は、その…… 殿方のお尻を、ぺちぺちしたことが無いのですか!」
百合江は答えず苦笑している。……楓め、わけのわかんないことを吹き込んでくれちゃって! 真っ赤になっているみつを見て、百合江はため息をついた。
「これは! 百合江姐さん!」名を呼ばれて百合江が振り返ると、アイが薄っぺらな鞄を小脇にかかえて、直立不動の姿勢で立っていた。「お久し振りです!」
「あら、アイちゃん。お久し振りね。元気にしてた?」
「はい! 姐さんもお変わりなく!」
「ありがとう……」百合江は、ふと思いついたように続けた。「そう言えば、今さとみちゃんに会ったんだけど、何かあったのかしら? ちょっと雰囲気が変わったようね」
「あ、お気づきになりましたか」アイは百合江のそばに寄り、声をひそめる。「……実はさとみ姐さん、告白されたんですよ」
「告白!」さすがの百合江も驚いたようだ。「告白ねぇ。てっきり、さとみちゃんの方が入れ揚げているのかと思ってたけど……」
「何の話で?」
「いや、こっちの話よ」百合江は笑ってごまかす。「で、相手はどんな子?」
いつの間にか四人の霊体もアイの周りに集まっていた。じっと聞き耳を立てている。
「隣のクラスの須藤建一ってヤツです。わたしが言うのも何ですが、良いヤツですよ。あれなら、さとみ姐さんの舎弟として許せますね」
「そう。……で、須藤君、さとみちゃんとどこまで?」
「ね、姐さん! そんな大胆なこと言わないで下さいよ!」アイが大きな声を出し、顔を赤くした。……意外と純情ね、百合江は思った。「さとみ姐さん、まだ告白されただけですよ。手も握っちゃいません。それでも、姐さんは初めてだったようで、すっかり舞い上がってしまい、ずっと、にまにましっぱなしなんです。わたしも寄せ付けないんです」
「彼氏君と、いっしょに帰らないの?」
「さとみ姐さんが言うには、そんなことをしたら、恥ずかしくて死んじゃうんだそうなんです」
「あらあら…… さとみちゃんも純情ね」
「あっ! あれが須藤建一ですよ!」
アイは通りの向こう側を指差した。
百合江と四人の霊体は頭を向けた。
つづく
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