空から空へ

空に向かって、空から向かって。
立ち止まったり、歩いたり、ステキなこと、素敵な出会い、語りたい。

深夜の読書 女教皇ヨハンナ

2007年07月25日 | 読書
寝不足です。
アー面白かったって、まだ上巻のみですが。

「女教皇ヨハンナ」ドナ・W・クロス 阪田由美子訳(草思社)

世界史での、伝説の女性。
読み始めたら、あんまり面白いので、止められなるひさしぶりの本。
9世紀という恐ろしく因習と偏見との時代の教皇が女性だったという伝説。
塩野七生さんの著書で、その伝説は知ってましたが
この本では、その伝説を生かして、女性にとって闇の時代に
知識を得ることの喜びを知った少女が
聡明さと向上心で、その闇の時代を生きていく物語。
9世紀とはいえ、女というだけで
学ぶことも、考えることも、取り上げられたということ。
それは、その後の歴史でもも続いていき、子供を生むという役割以外には
なんの期待はされなかった女の歴史。

埋もれて行った女そのものが、描かれているようです。
でも、背景ではなく、ストーリー自体が、ひきつけます。


女教皇ヨハンナ。
男装して修道院に入り修道士として名声を得。
男性と恋に落ち。でもその学識でついには教皇になり、教皇行列の最中に出産してしまったという女性。
その後は殺されたといいます。

女は知識や学問を持たなくていいとされた時代。
魔女裁判が普通に存在し、「変わった女」「学問がある女」「役に立たなった女」
が簡単に魔女とされ、火刑になっていった時代の伝説。
こんな伝説があることが、女の願望では。
学問をし、恋をし子供を得る。
当たり前で、そのどれもが当然手にできるはずなのに
そのどれもが許されなかった時代に、その時代の最高位の教皇が
「女」だったという伝説こそ「女」の望みだったのでしょうか。
それにしても
すごい時代ですね。
文字を読めるというだけで「魔女」よばわり。

感じたまま純粋に生きることを望む。
いつの時代にあっても、その姿勢だけで誰もが美しい。

あーこれから下巻です。
でも、明日お仕事に差し障るから、今日は適当なところで寝よう。


私の本棚の不思議な本

2007年06月14日 | 読書
私の本棚には、主張がない。
どーん構えている「新日本古典文学全集」は、多分ずーと開かれないだろうし
漫画もあれば、時代小説、村上春樹、松本清張、金子光晴。

まあ、まあ
埋もれた中には「ポーの一族」「天まであがれ」
漫画がどっさり!
大江健三郎、いまだに理解できない埴谷雄高。

まあ、まあ

またその片隅に
「アメリカ俗語辞典」(研究社)発見!
思い出せない。
何故、買ったの?
なにを勉強するつもりだったの?
記憶は遠い!
奥付を見る。
こりゃまた古い!

さーこの謎は難しい。
俗語など理解してどうする気だったのだ。
自分の行動がわからなくなってきた。
本棚の不思議。


2月のかもめ

2007年05月14日 | 読書
浅川マキの歌を聞きながら
すこしお酒でも飲みたい気分。

浅川マキの歌が流れると遠い異国の場末の酒場。
うらびれた人生もまた歌にすれば
また一枚の絵を描く絵筆。

つぶやく言葉も
歌にすれば、薔薇のような
海のような匂いがする。

「人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ」(寺山修司)
二月のかもめは
寂しいだけなの。

浅川マキ、元気に唄ってるかしら。

逆説の日本史から

2007年02月11日 | 読書
BS放送の「盛岡文士劇」見ました。
感想は、ありません。

浅田次郎さんが出てました。
感想は、ありません。

井沢元彦さんが出てました。
感想は、ありません(笑)

井沢さんは、歴史認識が興味のある作家さんで
「逆説の日本史」シリーズは、特に面白く読んでます。
このシリーズは読みやすく、さすが小説家ですから
歴史の見方を、素人むけにわかりやすく、かつ面白く書いています。
好評のシリーズですが、賛否もまたあるわけで。
学術の専門家ではないのですから、多分ツッコミどころも多々あるとは思います。
特に力の入っていた第1巻・第2巻に比べると
最近の13巻
近世展開編(江戸文化と鎖国の謎)あたりは、ややなぞっただけの印象も。
そろそろ幕末に近づいてきましたが
どう料理するのか楽しみです。

一環した主張の「言霊」論が展開されるとは思いますが
古代史同様、幕末もまた複雑な思想経路を通っていきますから
とても簡単にはいかないでしょう。
とくに現代の政治にも、つながる時代ですし。
このシリーズは
歴史をまるで知らない人が読むとはまり、鵜呑みにするかもしれませんが
それはそれできちんと認識しながら読むと、
大変面白く、井沢さんの一貫した主張は小気味いいものです。
楽しめる歴史ものです。
肩を凝らさず読む本として、お薦めします。


しょうぼうじどうしゃ じぷた

2006年11月25日 | 読書
    

 活躍の機会が全然無いジープの消防車「じぷた」
 はしご車ののっぽくんと、
 高圧車のばんぷくんと、
 救急車のいちもくさんの3台はいつも活躍するのに、
 小さな「じぷた」はみんなにバカにされています。
 ところが
 山小屋の火事のとき、はしご車や、高圧車じゃない、
 ちいさな「じぷた」が大活躍をします。
 なんでもないようなお話ですが、我が家では今も記念の品のようにあります。
 絵が精密で、生き生きしています。
 ちいさな男の子が大好きな乗り物絵本です。
 でも
 その中に、ちいさくても、バカにされていても、
 一生懸命自分の役割をやり遂げることの大切さが躍動的な絵の中で、
 子供達の心をとらえます。
 この絵本が大好きで、毎晩抱えて眠っていた男の子がいました。
 「ありがとう」と、作者の渡辺茂男さんにお伝えしたい気持ちでいっぱいです。
 昨日、遠い世界へ逝ってしまわれたそうです。
 親子に、いい世界をありがとうございました。

教えられたもの

2006年11月11日 | 読書
訃報。
74歳で、宇井純さんが亡くなられた。
宇井さんの「公害原論」は、素人にもわかりやすく、
こういったたぐいの本なのに
最後まで読み、なぜか共感した。
公権力とは、考えてこんでしまう著書だった。
東大自主講座をまとめたものだから、講義がベースとなっていたのが
わかりやすくなっていたのだけれど、この「公害原論」のおかげで
公害の本質がわかった人も多かったのでは。
活動的で、すばらしい業績があるのにもかかわらず、
東大助手のままだったのには、なぜだろうかと思っていたが、
そのうち、東大を辞められて、沖縄大学で教授になられていた。
それなりの理由があったのだろうが、
東大の枠の中では納まらなかったのかな?
でも、沖縄には、本土と違った風土があり、
むしろ宇井先生には合っていたのかもしれない。
著書「公害原論」でしか、存じ上げないが、
まだまだなのに、人は去っていくのだなあと思ってしまった、本日。

カレル橋?

2006年11月09日 | 読書
さきほどまで、プラハを紹介する番組を拝見。
美しい街だ。
どこも歴史の重さと、その重さにびくともしないたたずまいに溢れている。
カレル橋がでてきた。
聞いたことがある橋の名前だ。
どこで?
勿論行ったことなんてないし
歴史上の有名な事件があったっけかなあ。
そうそう、
池田理代子作「天の涯まで」の中で、でてきました。
どのへんだったっけ。

めずらしくポーランドの歴史。
国家を分割され、大国に翻弄されたポーランドの歴史を
ナポレオン台頭期のポーランドの貴族の青年ポニャトフスキの話。
面白かったなあ。
ポーランドの歴史なんて、世界史では習わないもの。
複雑で、悲劇的で、でもちょうどフランス革命期の
躍動するヨーロッパが、わかりやすく魅力的に描かれていた。
しばらく、ヨーロッパの歴史物を読んだものだった。
でもいつ読んだんだろう?
ずいぶん大人になってからだったような。

それぞれの国で、今まで積み重ねた歴史。
どれも素晴らしい人々が息づいて、そして倒れていった。
以上
カレル橋からの連想でした。

おやすみ前に…「イタリアの丘」

2006年10月16日 | 読書
        

安野光雅さんの「イタリアの丘」
ベットの傍らに置いてある本の紹介です。
読みかけの本。
お気に入りの本。
私のベッドの傍らには、本ばっかり。

この「イタリアの丘」は、ずーとある位置を占めています。
イタリアは歴史の国です。
太陽と陽気な人たちの国でもあるのですが、あの歴史には圧倒されます。
そうしたイタリアの旅のエッセイが、
歴史の深みとは違う優しげなタッチで描かれます。
旅の風景のスケッチなのですが、一生懸命旅をしていないのが
イタリアの景色と合います。
やっとベッドにもぐりこんで
なんか、ちょっとページをめくります。
そして、眠りにつきます。

宮沢賢治(永訣の朝)

2006年09月11日 | 読書
「銀河鉄道の夜」が映画になるそうです。
実写で。
難しいでしょうね。
アニメでとても素晴らしい作品がありますから。
美しくて、切ない物語で、

宮沢賢治には、「永訣の朝」という詩があります。
この詩は、妹の死の朝を詠んだもので、哀切という言葉が
もっとも相応しい詩です。
国語の教科書にも載るくらい有名な詩です。
長い間、この詩を遠ざけてきました。
最初、読んだときから心に残る言葉でしたが
その後、身近な肉親の死を経験してからは
読めなくなりました。

ーけふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよー

と呼びかけ、「あめゆきをとってきてください」という
死を迎える妹の言葉を彼はどうして、詠むことができたのだろうと
心が、きしきしいいながら、考えていた頃がありました。
だから宮沢賢治というと
この「永訣の朝」を思い出して、明るくはなれないのです。
という私の心の思い出。

今日は、9月11日でした。
誰かになんの言葉も残せず、自分に何がおこったのかもわからず
逝ってしまったたくさんの人に、心から冥福を祈ります。



司馬さんのことば

2006年08月28日 | 読書
すっかりお邪魔が日課になった、きじさんのブログにて
司馬遼太郎記念館が紹介されていた。

「自分の人生の95パーセントは書庫のなかだ」
といった、司馬さん。
司馬さんが連載小説を開始するにあたって、人物なりテーマが決まると
それにまつわる資料や本が一切合切が、古本屋の棚からことごとく一掃される、
という伝説。
「竜馬がゆく」のときは、古本屋から一千万ほどの本が大阪まで運ばれ
すべて購入されたそうだ。

「時代が変われば人の評価は変わる。戦前の罪人扱いされた人が、戦後は英雄になる、
あるいはその逆というのが一例。一時代の資料だけ読んでいては、評価を見誤る恐れがある。
………本はできるだけ広く集めるんです」
あの日本史上もっとも犠牲者のでた戦争の時期を生きたからこそ
歴史の矛盾と冷徹さを感じることができたのだろうか。

彼は、一級の史料以外でも子供むけ本まで集めたそうだから、
その取り組み姿勢は半端ではないだろう。

「本が武器であり、趣味であり、また戦友だった。」そうだが
なんと幸福な人生でもあり、なんと壮大な敵と戦う羽目になったんだろう。

多くの人を惹きつける作品を生みだすことの底辺にあるものを見た気がした。