[内紛]日本聖公会よ、どこへ行く?

児童に性的虐待を加えた司祭原田文雄を保護する京都教区(主教高地敬)を追求する。
児童虐待、裁判、

考えよう、主張しよう 12月20日より転載

2008-12-27 18:28:15 | Weblog
考えよう、主張しよう 12月20日より転載

祭壇を汚す罪

 堀江静三氏が配信してくださるメールが届きました。これは改めて、京都教区の性的虐待事件がどういうものかを教えてくれます。社会的に大事件であることはいうまでもないことで、それを聖職者がしたことは赦しがたいことです。同時に、教会で行われたことのために、その犯罪は特別な意味も持ってきます。この二つの点が改めて教えられます。


 この事件をどう扱うかは、聖公会の信仰の問題になります。あいつが悪かった、京都教区のことで他の教区は口出しできない、ではすまされません。


 愛の精神で仲間を庇いあって、傷ついた弱者を見殺しにすることは、主イエスが教えた愛でも赦しでもない。糾すべきことは糾し償うべきことは償ってこそ、痛めつけられた人が立ち直ることもできるし、教会の規律も守ることができる。ヤクザの世界でも「落とし前をつける」という言葉がある。
さもないことでも自分が気にくわない人間にはガンをつけて執拗に追求するではないか。
これだけの大事件で、見逃したり庇うことはあるまい。

クリスマスでお祭気分になっているのではなく、この事例で信仰のあり方を考え直した方が良い。

本人の許可を得て、私が必要と判断したものは実名を伏せたり削除して、転載します。

12月19日に配信されたものです。


聖公会ほか関係者の皆さんへ(一斉メール)

原田文雄牧師が純真無垢な少女たち何人にも牧師の権威を悪用し、信用させ、呪縛をかけて、何をしたのか?
  「このことは絶対誰にも言ってはいけないよ」
  「大人になるために重要な事だから・・」(毎日新聞、裁判記録から引用)といたいけな未熟な少女にうまいことを言って騙して鍵をかけたベストリー(香部屋、聖餐式準備の部屋)で強制猥褻行為を行ったのです。

原田牧師は結審後も未だに提訴の内容は「事実無根だ!」と言って謝罪していませんが、二人目三人目が柳原司祭に訴えた内容はまさしく裁判記録の証言と同じなのです。

この準備室は6畳くらいの広さで、私は子供の頃にサーバーを小学2年生くらいから中学、高校生まで
行っていたので、この部屋の様子ははっきり覚えています。
夏は酷暑の荒行、冬は寒さ比べ、特に夏は牧師にとって苦行の季節だったでしょう。

ベストリーは  東側は全面ガラス引き戸で、常にカーテンがしてありました。
        牧師館から通じる入り口には3,4段の上りステップがあり、
        部屋を通り抜けて反対側に聖堂入り口がありました。
  
   その横の棚には小さな十字架が置かれ、天上から鐘が下がり、
   引き出しには洗濯されアイロンがけされたサーバー用の白い着衣がサイズ毎に収納されていたように記憶しています。


提訴した被害者の証言記録ではこの部屋の描写をかなり詳しくしていたように思います。
裁判記録には「十字架に向かって足を広げてソファーに座らせられた」とありました。


裁判長の「その部屋には鍵がかけられていたか、どうですか?」との質問に原告女性は「ある時、だれかが来たがドアーをガチャガチャとやっていても開かないので、鍵がいつの間にかかけられていたのです」と答えています。

これは監禁罪に当たるのでは?


私は二番目、三番目の女性が申し出た元高田聖公会の柳原司祭に電話で確認しました。

柳原司祭さん! 「原告の被害手記は被害女性の妄想から書かれた作文だ!原田牧師は
        むしろ被害者だ!」という声もありますが、
      (事実、佐藤弁護士は一貫してその線、妄想癖、虚言癖症で弁護方針を立てていた。)


その点はどうですか?と問いかけたところ、
 柳原司祭は突然受話器が割れるほど大きな声で
  「何をいっているのですか!」とそれを否定し、
  自分のところに訴えてきた2番、3番目の女性は
  「ベストリでやはり十字架に向けて足を無理やり開かせられました。事実無根や冤罪ではありません  よ」とはっきり言っていますよ!と電話の向こうで口角泡を飛ばし、同司祭のかなり興奮した声と息使いが感じられました。



 【 次の箇所も重大なことを教えてくださっていますが、冒頭部分だけの転載で、関係する文章は省略し本人に転送するだけにとどめます。】


さて、
皆さん!来月17日(土)に現場高田基督教会で聖職候補生(Candidate for Orders)の執事(deacon)への按手(Laying hands)式が行われます。

聖職者の少ない時にそれ事態は祝福されるべきことで、彼も何らかの神の啓示があり、信仰に燃えて志願したのだと解釈してあげたいのですが、
一信徒(昨年まで教会委員)から推薦取り消しの通知を出されたのです。

それは私の実兄の堀江育夫(72歳)が昨秋推薦状に署名捺印したのですが
その後教区の事件対応に深く憤りを感じるようになり、聖職候補生に
「○○さん!貴方は自分自身、原田事件をどのように受け止め、総括していますか?」と問いかけた時に、彼から信じられないような答えが返ってきたので、

「ああ、これでは聖職者になる資格はない!事件現場の教会ではやっていけない」と感じ、昨年末高地主教に推薦取り消しの通知をされたのです。

【省略部分に続く】

原田文雄を推薦した石井義雄牧師はいま闘病生活にありますが、
私が和歌山に会いに行ったときに

 「彼をもう少し深く観察すべきだった。前任地で問題を起こして放り出されているのにその事件を詳細に検証もせず、反省と決意も聞かず、安易に推薦してしまい高田の信徒には取り返しのつかないご迷惑をかけてしまいました。どうぞお許し下さい」 と涙ながら私に謝罪されました。

  【省略】

私が子供時代、青春時代に何年も過ごしたこのベストリーでの凶行がどうしても許せないのです。
聖堂や牧師館での犯行も絶対許せないのです。

こんなことをする牧師を依願退職させ、野放しといっても良い状態にしておく、正式懲戒もしない、ひたすらに組織を守る為に奔走している。

こんな聖公会とは一体何を説くと言うのですか?

信徒の沈黙を良いことに事件を早期に解決するチャンスは何度もあったのに、声を封じ、真実を知らせず、今後聖公会は聖書や信仰をどう教えるのでしょうか?

新聞をしっかり読んでみなさい!聖公会の司祭の諸君よ!

会社や学校では猥褻が発覚し、本人が認めればすぐ懲戒解雇にしていることを!
ましてやキリストの牧師ですよ!それも少女わいせつ犯ですよ!

正式懲戒もせず、告発した堀江静三を黙らせる為に弁護士の内容証明を送りつける!」

過去の不祥事はほとんど風化させたが、どっこい、私の目の黒い間は絶対はなしませんよ!高地主教、武藤主教、古賀司祭、三浦司祭、そして沈黙を決め込んでいる京都教区の全ての聖職者よ!

信徒に真実を伝えず、信徒が羊のように沈黙を守っているがある時点でそれは180度ひっくり返りますよ!

武藤六治さんよ!覚えていますか!私は最高裁結審後立教へ10回に近い電話をしましたね!
        その何回かは貴方自身が電話口に出ましたね
  
   「武藤さん!原田の犯行を知って翌日辞表を書かせ、退職をせまったのは立派な判断で、
   評価されていますよ!しかし、10日後に復職させたのは信じられない愚行ですよ!どうして原田   牧師の言い分だけを聞いて、被害者に面談しなかったのですか?
   復職させた重大な責任を反省もせず、被害者父親が教育機関に再就職するのはけしからん
   すぐ辞職しなさいと言っているのに、立教の椅子にしがみついて!
   貴方は復職させ、提訴に至った責任をどう感じているのですか?」と私はせまりましたね!
   覚えていますか!その時貴方はどう答えたか記憶しているでしょう。

 「堀江さん!堀江さん!退職撤回したのは常置委員が決したのです。常置委員が撤回したのです」と逃 げましたね!(これは電話録音あり)

今でもそれを主張しますか!私にウソを言ったのなら、必ず私に訂正文、謝罪文、反省文を送ってください。
必ずですよ!武藤さん!

第一回目の電話の時にチャプレン室で香山洋人という人が出ましたね!
その人は「自分は京都出身だからその事件を詳しく教えてください」といわれ、事件の概略を説明しました。その後武藤さんが出てこられました。その頃は多分堀江静三と言う名前は馴染みがなく無警戒でした。

何度かメール、電話、の後、総長名で代理の弁護士から「電話、メールは業務妨害になる」という内容証明が送られて来ました。
立教のチャプレンは4,5人おられましたが、誰もが「被害者など知らない、迷惑だ!」といわんばかりの応対で被害者よりも自分の地位と組織の方が大事だ!という感じを受けました。


結論として

管区の小審判廷がこの超猥褻少女凌辱犯の牧師を法規に則り、法規とおりに審判されることを要請いたします。
司祭按手の約束、即ち「不道徳なことをしない」と言うことをこの審判廷が原田牧師に適用するかしないか!

もししなければ聖公会は何をしても咎められない懲戒解雇にならない。
幼稚園園長としても700万でも1000万円でも退職金が支払われる組織だということを世間一般、社会に宣言したことになるのですよ!

審判員は本当にこの理屈が分っているのでしょうか?心配です。

3月3日~11日の第一回管区小審判廷についてはマスコミ2社から既に糾す会に問い合わせが来ています。
おそらく教区、管区にも取材が入るでしょう。
聖公会新聞で報道すべきです。  以上

糾す会   堀江静三

ブログ 「考えよう、主張しよう」 11月17日より転載

2008-12-27 18:22:51 | Weblog
ブログ「考えよう、主張しよう」 11月17日より転載

撤回要求など(1)
これも、行をあけるなどの技術的なことだけでそのまま載せます。前日の「公開質問状」とあわせてお読みください。

日本聖公会中部教区
主教 フランシス 森 紀旦 様
常置委員会 一同 様

              撤回要求書(公開)

2007年11月付け、ならびに2008年4月28日付けにて、中部教区主教及び同常置委員会が東京教区主教宛に提出された、東京教区木下量煕司祭の雑誌「正論」記事ならびに同司祭のブログ公開文面に対する「抗議の文書」二通を下記理由に基づき撤回することを要求いたします。尚本要求書への応答を文書にて受領後10日以内に差出人までお送りくださるよう合わせて要求します。文書の形態は問いません。書面、メール、FAXのいずれかでお願いします。また撤回の処置は中部教区主教及び同常置委員会より、東京教区主教あて改めて公文書にて提出することを求めます。
                          2008年11月16日
                          長岡聖ルカ教会
                          信徒 小林真幸

                撤回要求理由
<略儀礼>
1、 2007年11月付けの抗議文に関して


1)抗議の内容が文面上は、後藤司祭に関するものと思われる「正論」記事の中の文言が事実と異なることを捕らえ、それが人権蹂躙であるというものであるが、抗議文が意図し、目指す目的は木下司祭を抹殺することにあることは明らかである。その根拠は抗議文の随所にある言葉使いや、行間、紙背に潜む記述者の心根を洞察すると容易に理解できることにある。つまり、後藤司祭に関すると目される箇所の事実と異なる文言を挙げ足のごとくとらえ、待ってましたとばかりに木下司祭の抹殺をする欲求を満たすべく攻撃しているものであることは誰の目にも明らかである。

木下司祭の「正論」の記事をその論筋に沿い正しく読み、正当に受け止めれば、現在の聖公会も含むキリスト教全体や仏教にも及ぶ「聖職者」の堕落振りを改めて指摘し、その原因分析と対策の処方について深い神学的考察によって的確に述べた素晴らしい記事である。即ち現状への強い警鐘を鳴らすことに主旨がある。一信徒である私から見ても、全く本筋をついた論文であるといえる。聖公会は今、民主的で自由な先進文明国である日本という国の社会条理を保つための「法律」に反する反社会的不道徳・犯罪を犯しているにもかかわらず、それを許し、お咎めなしとしているような「カルト集団」になっていることは紛れもない事実である。社会の裁きよりももっと厳しく己を律するための処罰をしなければならないのに、全くその逆である。ここにこそ今の聖公会の病根が宿っているのであり、それを除去することが最重要・最重点課題である。然るに卑しくも主教たるもの、また常置委員会たる主導的立場の重鎮が雁首をそろえて、そこから目をそらすどころか、その最重要・最重点課題への取り組みを促すための警鐘を鳴らす一司祭を排除しようとすることに没頭している様は、大局観に欠け的外れで真に恥ずかしく、情けないことというべきである。中部教区の一信徒としてこのような恥ずかしい営みは絶対に許せない。

2)抗議文を巡って、東京教区の竹内司祭と中部教区が事前に連携していた形跡がはっきり残っている。私が中部教区から取り寄せた抗議文の写しと、木下司祭から「竹内司祭から受け取った」として取り寄せた抗議文の写しとではあて先が異なり、それに矛盾しないように本文を違えてあり、単なる事務的なミスではなく、作為的な行き違いであることを確認した。つまり、竹内司祭と中部教区は「正論」記事を巡って事前に交流していたことは明らかである。上述のように、普段から木下司祭を葬るために中部教区と竹内司祭が共謀していた物的証拠が特定されたのである。つまり、木下司祭を抹殺したいという東京教区の思惑と、中部教区の思惑が一致し、東京教区が木下司祭を依願退職に追い込むことに中部教区が積極的に手を貸したことが明白となった。このような卑劣な行為は断じて許せない。もし必要なら私は公開の元で東京教区、中部教区の関係者と対決し証拠を白日の下に晒し闘うことを拒むものではない。

3)京都教区の問題やそのほかの不祥事に関し、いたずらに周囲が騒ぐことは混乱が助長され却って解決が遅れるので慎むべき要素も持ってはいるが、それは解決に向かって必死に最善の手を尽くしていると衆目が認める場合である。いつまでも本質的な解決の手を打つことをせず、それどころか上述のとおり反社会的で「カルト」と言われても反論の余地のないような状態のまま放置していることに対して「早くやれ!」と警鐘を鳴らすものを「好ましからざる行為、人物」として排除したり、口を塞ごうとする心念に基づいた行動は断じて許し難い。時間と共に自然に「忘れ去られること」を目指した、つまり「なかった事にすること」を目指す卑怯で、ずる賢い聖公会の体質が表面化している。再発を絶対に防ぐんだ!という強い信念のかけらさえも感じられないやり方である。

4)人権蹂躙だという理由なのに、後藤司祭本人が抗議文の差出人に記銘がないのはあまりにも不自然である。本来であれば後藤司祭本人が「正論」記事執筆者である木下司祭宛に釈明と謝罪を求める抗議の文を出すのが、まっとうな筋である。周りの人間が眦を決して殺到すかの如き抗議は、唐突で異様である。このような下心丸出しの下品な抗議の文書は中部教区の名誉にかけて許し難い。

5)このような陰湿且つ卑劣で的外れな抗議文を鬼の首を取ったように送り付けることに使うエネルギーをもっと根本対策に向けるべきである。犯罪者を聖公会の内部でも厳しく処分することが出来ない今の法憲法規を、社会に対して真に開く姿勢で改定し、社会の条理に適うことはもとより、それ以上の品位あるものにすることを目指した営みを開始するべきである。抗議文を出している暇があれば、一刻も惜しんでそこに注力するべきと考える。そして正々堂々と自らを律する溌剌とした営みを求めるべきである。


2、2008年4月28日付け抗議文に関して上述の理由との重複も含め、

1) 木下司祭が自身のブログで指摘したこと、即ち中部教区の抗議文が中部教区と東京教
区との「密接な連絡の下で記された」という主張は、何ら正当な根拠のない一方的な断定であると指弾していますが、既述のごとく明らかな物的証拠があり、ブログ記事は全く真実を語っているものである。そもそも今回の物的証拠がなくても東京教区の竹内司祭が、木下司祭を抹殺したい一心で、脅迫する積りであっただろうと思われる自らの暴露つまり「中部教区から入手した」と言ったことが何よりの証拠であるが、それに加えてそれを裏付ける物的証拠が確認できた故、最早動かない事実である。このような嘘と厚顔で固められた恥ずべき抗議文は速やかに撤回するべきである。

2) ブログ記事が職務の行使の一部であるという無理やりのこじつけ論理で、木下司祭本
人ではなく、所属の東京教区主教あてに、言いつけるように抗議したのは下品な下心が透けて見える卑しい行為であり、撤回するべきである。

以上の理由により冒頭の二通の中部教区からの抗議の文書は、速やかに撤回することを重ねて求めるものである。

被害者側代理人公式ページより転載2

2008-12-23 14:03:25 | Weblog
被害者側代理人公式ページより転載

京都市左京区 聖光幼稚園の問題

児童虐待をしていた聖光幼稚園元園長に対し、民事裁判敗訴後に退職金支払い!

元園長の児童虐待に関する民事裁判の敗訴直後(2005年)に、
左京区・聖光幼稚園から元園長に対し700万円の退職金が支払われました。
聖光幼稚園の説明によれば、「わいせつ行為は園に来る前の話で、
退職前に発覚しても懲戒免職にはできなかった」としている。
(毎日新聞2008年7月18日 夕刊)
児童に性的虐待をしていた過去が発覚しても、園長を辞めさせることは出来ないと表明したのです。

原田文雄元園長は裁判での劣勢をみて、賠償金と裁判費用に相当する金額を退職金として要求、
敗訴直後に聖光幼稚園から受け取り、京都を出て行きました。転任先は保育園のある金沢の教会。
当時の幼稚園理事会はそれを許し、現在の理事会や、宮嶋眞園長も仕方ないことだと表明しました。

子供へのわいせつ事件が存在したかどうか、全く分からないことだったのか?
2000年の発覚時、原田元園長本人が被害者に2度も謝罪文を書いて、
それは当時の教会(京都教区)の最高責任者の手にも渡っています。(2001年)
教区の役員会では原田氏は一部自供さえしていた。決定的な証拠文書と自供があったのです。

虐待被害の訴えを直接受け、証拠を握っていた武藤六治主教は、教会の最高責任者であり、
かつ幼稚園の理事でした。
原田文雄氏は聖光教会でも一度罪を認め、牧師を辞めると宣言して引っ越しまでしたのに、
幼稚園の理事たち(聖光教会のメンバー)は、原田氏の自白撤回を追及もせず、
武藤氏に至っては園長復帰に関して説明を拒否、部下の原田氏を擁護しました。

聖公会京都教区の聖職及び信徒が、幼稚園の教育に関与することについて、
深い憂慮の意を表明いたします。

注記)
聖光幼稚園の「寄附行為」(いわゆる定款、基本規則)によれば、
京都教区の最高責任者は自動的に幼稚園の理事に任命されます。
2001年当時も、教区の最高責任者は確かに理事会に加わっておりました。
また当時、教区最高責任者は園長に対する実質的な人事権を持っていました。
学園の人事は理事会の決議事項ですが、園長は聖光教会の牧師と兼務となっており、
牧師の解任は園長の解任と同義でした。
従って、教会(聖公会京都教区)は、園長の児童虐待の証拠をつかんだ上で、
2005年まで園長職に留任させたことになります。

毎日新聞の当該記事画像

幼稚園の弁護士からの通達
  (学園が問題を認める気は全くないらしいので、このページを作りました。 2008.11.4)


被害者側代理人公式ページより

2008-12-23 14:00:24 | Weblog
被害者側代理人公式ページより転載

日本聖公会 京都教区における 児童への性的虐待事件
被害者側代理人 公式ページ  
http://homepage3.nifty.com/periborg/

聖公会司祭による児童虐待事件の速やかな解決を!

2001年に京都教区において発覚した、司祭による女児への性的虐待事件では、
被害者は明白な証拠(←リンク先を参照)をもって教会に訴えたにも関わらず、
また、加害者自身が常置委員会で一部自白したにも関わらず、武藤六治主教は
司祭の加害行為を認めた上で不問にし、訴えを退けました。
被害者父親の抗議の電話にも、強い態度で突っぱねました。
武藤主教は一カ月後に反省して、再度の話し合いを求める手紙(←リンク先を参照)を
出しましたが、結局話し合いを撤回し、そのまま放置しました。
教会への訴えが退けられたため、被害者は加害者を相手に民事裁判で訴えました。
これに対し、常置委員の古賀久幸司祭は、加害者に同調して被害者を攻撃しました。
加害者側は、被害者には虚言癖があるとか、精神疾患の妄想のために訴えているとか、
性的妄想のとりこになっているなどと主張しました。

以上のことは被害を与えた側として良心のない、酷いやり方であるし、
キリストの教会としては、子供を守る責任を忘れた対応です。
児童虐待を見つけたら、必ず追及して事実を確かめ、子供を危険から守らねばならない。
それが子供を預かる教会の責任です。私の関わっている人の他にも、
被害者は数名が確認されております。日曜学校の、教会の子供たちです。
主教が訴えを突っぱねるなど、もってのほかです。
事件そのものも大罪ですが、その対応においても罪深いことをしました。

武藤主教及び古賀司祭は上記の事実と責任を正直に認めることを拒み、
未だに、ちゃんとした謝罪ができていません。

わたくし、司祭鎌田雄輝は、被害者の家族の代理として正しい謝罪を求めてきました。
事実を認めて謝るのは最低限のことであります。
事実を認めない謝罪は謝罪ではありません。
教会当局者が事実の隠蔽をし、加害者を擁護し、被害者の攻撃までしてきたのは、
小さな罪ではありません。 これは加害聖職者の個人的な罪の問題ではありません。
聖職団全体の姿勢と職務的良心の問題であり、痛悔せねばなりません。
信徒の訴えにこのような対応をするなら、それはキリスト教会の聖職ではない。
上記の2名は、聖職として振る舞う資格がありません。
日本聖公会の主教会は、この問題に対して主体的な関与を拒み、
不誠実な態度をとる京都教区の当局者に一切を任せると表明しています。

以上のようなことは聖職達の間で片を付けるべき問題です。
しかし主教会は同僚(先輩)の主教が神の名を汚しているという意識を持っていません。

日曜学校、幼稚園を抱える教会の皆さんは、特に事件の経過に関心を持っていただき、
児童保護の観点から御意見を表明して頂きたいと考え、ここに状況を報告します。


マタイ福音書18:5
「わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、
 わたしを受け入れるのである。」
6 「しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、
大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。」

2008年 7月  被害者側代理人  司祭 ヨハネ 鎌田雄輝
沼津市三芳町 3-14 沼津聖ヨハネ教会
TEL 055-962-5471  FAX 020-4662-7241
Mail : periborg@yahoo.co.jp

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1. 事件の概要  クリック

2. 京都教区による公式見解   クリック
    日本聖公会京都教区第101回(定期)教区会 常置委員会特別報告( 2007.11.23 ) PDF (642KByte)

3. 和解交渉における問題点

 京都教区が「加害事実を認識した上で、加害者を不問にした」と認めないこと
(上記、公式見解の主教コメントを参照)
武藤主教が正直な説明を拒んでいること。事実関係を認めないため、謝罪が受け入れられない。
武藤主教は
原田の謝罪手紙を良く読んでいなかったとか、(4月4日から6日まで、主教の手元にあった)
加害者が常置委員会で「性器に触った」話をしたのに、それを聞いていないとか、
事件の真相が分からなかったとかいう弁明をされています。
しかし、主教は2001年当時、被害者の父親に、加害者が一部罪状を認めていたと話していた。
現在になって、責任回避のために、正直に話すことを拒んでいる。
被害者父親と加害者、主教の3者で話し合っていた場面のことすら、違う報告を書いている。
これは被害者家族を愚弄している。
そこで、武藤主教が2001年当時書いた手紙を公開することにしました。PDFファイル (444Kbyte)
主教が事実関係を十分に認識していたという証拠です。
主教は加害者の罪状を十分認識していたのに、うやむやにして追求せず、不問にし、
加害者を擁護した、と認めて謝罪すべきです。

古賀久幸司祭が正直な説明を拒んでいること。
また、古賀司祭を高地主教が擁護していること。
古賀は原田の謝罪手紙を読みながら、最後まで原田を擁護しました。
原田が裁判所に提出した証拠写真(左に写っているのが古賀司祭

加害者本人の問題について クリック

4. 京都教区主教の不誠実な態度

被害の訴えの後、常置委員会は被害者に全く聞き取りをしないで訴えを退けた。
このことについて、高地主教は「当然取るべき手続きを怠り」などと表現していますが、
もっと深刻に捉えるべきです。
自殺未遂までした人の訴えを、聞き取りもせずに却下するというのは、
しかも、加害者が一部罪状を認めていたのに、話し合いを続けない、
被害者の状態にも全く注意を払わないというのは、
要するに、ひき逃げと同じです。違うでしょうか。

高地主教の声明では、加害者が一部自白したと認めながら、
「それがあまりにも信じがたい内容であり」などと言う。

子供の性器に触ったと自白をした男の、何を信じたというのか、
ちゃんと説明してみたらどうでしょう。
事実関係は少し認めましたが、なお事態の矮小化に努める高地主教。
被害者感情を受け止めるということを考えるべきです。
組織のしたことの罪深さを認め、被害者の側に立って心を受け止めることがなくて、
どうして謝罪が受け入れられるでしょうか。
それに、新しい事実の認定後も、教区民に迷惑を掛けたという謝罪しか聞いておりません。

現況について改善を求める代理人からの要請文 (2008.1.21)
PDFファイル (113KByte)

聖光幼稚園の運営資格を問う

2008-12-10 22:16:31 | Weblog
被害者側代理人公式ページより引用
(教会関係の文書では西暦を使うことが多いのですが、ここでは元号を使用していますが??)

通知書
平成20年10月28曰
静岡県沼津市三芳町3-14
沼津聖ヨハネ教会
司祭鎌田雄輝殿

京都市中京区堺町通竹屋町下ル西側
ヴェルドール御所103
TELO75-223-5255
堺町法律事務所
学校法人聖光学園代理人
弁護士中島俊則

当職、この度、学校法人聖光学園の代理人
として、通知します。
貴殿は、1988年(昭和63年)4月か
ら2005年(平成17年)3月まで聖光幼
稚園に勤務していた原田文雄氏の児童に対す
る性的虐待に関連して、9月6曰及び9月1
0曰に聖光幼稚園にやって来てビラをまかれ
ました。しかし、当曰貴殿がまかれたビラは
、事実と相違する点が幾つもあり聖光幼稚園
の名誉を段損するものです。例えば、ビラに
は、「児童に」性的虐待をしていた過去が発覚
しても、園長を辞めさせることは出来ないと
いうのが聖光幼稚園の運営方針と表明したの
です」とありますが、聖光幼稚園はそのよう
な運営方針を表明したことはありません。学
校法人聖光学園は、勤務前の過去の行為であ
っても児童に対する性的虐待は園長としての
職責とはとうてい相容れないものと考えてい
ますし、当時そのことが判明しておれば原田
文雄氏に対し処分をすべきであったと考えて
おります。しかし、残念ながら、当時、原田
文雄牧師は、児童虐待を否認されていたこと
から学校法人聖光学園は処分が出来なかった
のです。それに、学校法人聖光学園は、毎曰
新聞の記者に「わいせつ行為は園に来る前の
話で、・・・」といった説明はしておりませ
ん。また、ビラでは「教会の責任役員会では
原田氏は一部自供さえしていた。決定的な証
拠文書と自供があったのです」と記載されて
いますが、それも事実と異なります。教会の
責任役員会で原田文雄氏が一部自供していた
という事実はありませんし、証拠文書はほと
んどの教会関係者は知りませんでした。ちな
みに、奈良地方裁判所さえ、原田文雄氏の弁
明を信じ、性的虐待を否定するという判決を
下しています。ビラでは「園の運営に関わる
教会関係者は、児童虐待を小さなこととして
不問にした」とも記載されていますが、それ
は貴殿の独断と偏見に基づくものであり、聖
光幼稚園に対する不当な誹誇中傷に当たりま
す。さらに、ビラでは「園の運営に関わる教
会関係者が被害の訴えに酷い対応をとり」と
ありますが、これも事実と相違しています。
当時、被害者の方から聖光幼稚園に対する働
きかけはありませんでしたので、「酷い対応
」をとるといったことも有りえません。ビラ
では「宮嶋眞・聖光幼稚園現園長・・・も含
め、聖公会の役員会は、事件を隠蔽し、訴え
を圧殺した当時の責任者(牧師たち)を擁護
し、..」ともありますが、これも事実に反
しています。宮嶋眞聖光幼稚園現園長らが原
田文雄氏を擁護したことは一切なく、聖光幼
稚園は現在原田文雄氏に対する退職金の返還
請求などの責任追及を行っています。もっと
も、一旦支払ってしまった退職金の返還は、
法的に困難な問題もあり、訴訟提起するまで
には至っていません。
以上のとおり、貴殿は、聖光幼稚園の名誉
を穀損するビラをまかれ、またインターネッ
トを通じて聖光幼稚園の名誉を段損する文章
を掲載しています。このような貴殿の行為は
、聖光幼稚園に対する名誉段損でありまた業
務妨害となるものであります。実際、聖光幼
稚園には毎年25~30名の入園者がありま
したが、今年は説明会には例年並みの参加者
が来訪されたにもかかわらず、入園申込者は
現在わずか6名です。このような入園申込者
の減少は、貴殿のビラまき行為等によるもの
と考えられます。ちなみに、1人の園児が3
年間で納める保育料は約100万円ですので
、20名分は約2000万円となり、学校法
人聖光学園はそれだけ被害を被ったことにな
り、貴殿に対する損害賠償請求も検討してい
ます。学校法人聖光学園は、貴殿において、
2度と聖光幼稚園でビラをまいたり、インタ
ーネットを通じて聖光幼稚園の名誉を段損す
る文章を掲載したりしないように、本書面に
おいて警告します。もし貴殿が今後上記のよ
うな行為を行った場合、学校法人聖光学園は
、貴殿の責任を法的に徹底的に追及する考え
ですので、ご注意ください。
以上