映画館の大きなスクリーンに映し出された「ウエストサイド物語」の音楽、ダンス、ストーリー、ファッションなどすべてに、非常に大きな衝撃と感動を受けたという、私の友人のご主人。
「今度ね、スピルバーグのウエストサイド物語が公開されるんだよ!」
と、興奮まじりに話されていたのは1ヶ月ほど前のこと。
そして
いよいよ2月11日からロードショーが始まり、私は友人ご夫妻にお誘いいただき、先日さっそく見に行って参りました。
駅から映画館に向かう道でも
なんとなく普段よりも早足なご主人。
本当に楽しみにされているのが私にも伝わってきました。
友人と私にとっては
これがはじめての「ウエストサイド物語」。
音楽は耳にしたことがあるけれど、な程度でした。
映画館は感染症対策で、座席は一つ空けるようになっていたのもあり
平日の昼間にしては、座席は埋まっているように見えました。
私の一つ空けた隣の席に座っていらしたのは年配の男性。
映画が始まり、
大音量で音楽が流れるたびに
まあまあな声量で、隣から鼻歌が聴こえてきました。
当時を懐かしみ、楽しんでいらっしゃったのがわかります。
上映が終わり
私はまず、友人のご主人に伺いました。
「昔の作品と比べて、いかがでしたか?」
ご主人にとっては
変わらない音楽、変わらない世界観が
瞬時にご自身をあの当時へと運んでくれたことに感動し、嬉しかったようでした。
ところが。
そんな感動に浸っているご主人の横で
私と友人ときたら
「なんであの時マリアはさぁ」だの
「マリアのあの行動は信じられない」だの
完全に井戸端会議状態で、マリア批判は止まりません。
聞き覚えのある音楽も、
迫力のある素晴らしいダンスも、
そして争いからは何も生まれない虚しさも
もちろん、いろいろと感じるものはありました。でも
それよりもまず、マリアだったのです。
マリアって、
昔もこうだったの?
私の気持ちは収まりません。
そして翌日、
私はDVDをレンタルしました。
60年前の「ウエストサイド物語」を。
スピルバーグ監督の「ウエストサイド物語」は、私を60年前の作品へ導いたことになります。
ひょっとしたらこれさえも
スピルバーグ監督の狙っていたところなのかもしれないですね。