goo blog サービス終了のお知らせ 

新・さひょ君のらくがき帳

僕と妻と娘、3人の日常と僕の趣味を書いたブログです。

1月17日…あれから19年

2014-01-17 22:10:50 | 自分のこと
今日は1月17日。阪神淡路大震災が発生した日です。そして、僕にとっても、一生忘れないであろう日でもあります。

平成7年1月17日。神戸で大地震が発生したその全く同じ日に、僕は結核で入院したのでした。

        

社会人になって三年目。僕は滝簾太郎の出身地として知られる竹田市に、一人で住んでいました。

その前の週末から発熱が治まらず、休日明けだったその日の朝、仕事を休んで近所の診療所に行きました。待合室のテレビで、初めて神戸で大地震が発生したことを知り、驚いて見入った画面には、燃え盛る長田区の街並みの映像。「全く消防活動ができません」との現場記者の悲鳴にも似た実況が、耳をつんざきます。

これは、えらいことになった…。

朦朧とした頭でそんなことを考えていると、診察室に呼ばれました。

院長先生が開口一番

「あんた、えらいことになっとるよ」

ああ、地震ですね。本当にえらいことになりましたね…。

先ほど撮影した、レントゲン写真を示されました。

我が目を疑いました。

右の肺が、ほぼ全部、真っ白です。

肥り過ぎると、レントゲンまでこんな風になるんだあ…なんて、おバカなことを考えている僕に、院長が更に説明を続けます。

「詳しい検査をしないと断定できないが、まず、間違いなく結核だ。今すぐ入院の必要がある。」

…えっ?

「独身だから、親元に帰って地元の病院に入ってもいいが、どうするね?」

とりあえず、その日はその診療所に入院し、翌日、駆け付けた両親の手により地元の総合病院へ転院。そこで色々検査をされて、結核性胸膜炎との診断を受けました。

呼気からは結核菌が検出されなかったため、専門病院の隔離病棟行きは免れましたが、その後、手術のために更に転院した大分市内の病院と併せて、一ヶ月半に渡る入院生活を送る羽目になりました。

これまで書いたことはないと思いますが、僕は、大学時代を京都で過ごしています。
だから、自分の身体のことはともかく、震災で被災者となったかもしれない、大学の友人の安否が気にかかりました。とは言え、携帯電話も持っていなかった当時、自分からは全く連絡を取る手段もなく、ただ、やきもきするばかりの日々を送っていました。

ベッド備え付けのテレビから伝えられるのは、想像を遥かに越える惨状と、ひたすら増え続ける被害者の数。熱でうかされた身体を抱えて、何ともいえない毎日を過ごすしか、ありませんでした…。

1月17日。

僕にとっては、一年で最も厳粛な気持ちになる日です。





2013-12-14 20:19:02 | 自分のこと
以下は、さっき妻に言ったことです。

僕には夢があります。

娘が十数年後に学校を卒業して無事社会人になって、その時に生活の目処が立っていたら、退職する。退職して、後は妻と二人で毎日をのほほんと過ごす。

それが、僕の夢だと。

実現したいなあ。




どろどろ

2013-12-08 10:31:00 | 自分のこと
不快な内容です。閲覧注意。

昨日、妹と姪達が実家に日帰りで戻ると聞いて、遊びに行った娘を迎えに実家に行った時のこと。何の脈絡もなく父が言いました。

「『ごちそうさん』の方が『あまちゃん』なんかより視聴率がいい」

また、始まった。

このところ同じことを何度も言うと、娘から聞いています。

うちの実家は、年寄りらしく朝ドラと大河ドラマは欠かせないのですが、たまに、題材が気に食わない時に最初から見ないことがあります。判断するのは父。見もしないうちから「こんなものはつまらん」と一方的に言い切り、家族にも見ることを許しません。そして「あまちゃん」は、そんな父の判断で、実家では見なかったのでした。

見なかったドラマが高視聴率だったり人気が出たりすると、何とか貶めよう、自分は間違っていないという意思表示をするのが父のいつものパターン。テレビに限りませんが、自分に分からないもの、自分が認めないものが、世の中で評価の高いのが、気に食わないのです。いくらくさしても、世間の評価は変わりませんが、多分、家族の中では自分が一番だと誇示したいのでしょう。

父も母も妹も、妻のことには一切興味がないので、こちらからは特に話したいこともないのですが、久し振りに顔を合わせて、何も話さないのもどうかと思うので、当たり障りなく仕事のことなど少し話していると、例によって遮って、自分の主張を始めます。それは僕が以前に言っていた内容とほぼ同じで、その時は、自分はワイドショーや情報番組でコメンテーターが言うような話をしていたのに、一転してマスコミ批判など始めます。

元教師だから、口だけは、うまいのですが…。

外では「子どもに寄り添いましょう」「個性や能力にあった生き方をしましょう」などと言っているそうですが、彼が実際に自分の息子に施したのは、典型的な早期英才教育。「一番でなければつまらん」「百点でなければ零点と同じ」「やるからには一流でなければ、やらない方がまし」と言い続けた父。

本音と建前が、これだけ解離した人間も珍しいと思います。

哀れな人です。

あと何年生きるかも分かりませんから、これからは、ただ安楽に過ごしてくれればいい。

死ぬまで息子の気持ちは理解できないでしょうけど。
でも、それは、自業自得というものでしょう。




迷ったけど…

2013-11-27 12:43:40 | 自分のこと
先日、小学校のクラス会幹事から、12月30日に集まろうというメールが来ました。

この幹事の呼び掛けで、年に2、3度集まっていますが、出席者がいつも男だけ5、6人で固定している上に、幹事本人が絡み酒であまり癖が良くありません。他にも細々した不満はありますが、手間の掛かる幹事を自ら買って出てくれている手前、正面切って文句を言いづらい面があります。

今回については、まず「なんで、こんな日程?」というのが一番に頭に浮かびました。正月の準備はどうするの?翌日の大晦日に二日酔いで大丈夫?…きっと、家のことなど奥さんに任せっきりなんでしょうね…。

あり得ないとは思ったけど、もし参加者が多かったら、やっぱり出たいので「予定がはっきりしないけど、頭数に入れておいてください」と返事してから、別の友人に探りを入れたところ「出席者は、県外からの帰省者が一人居るけど、あとはいつものメンバー。男ばかり」という回答が…。ああ、やっぱり…。この友人も、出席は考慮中とのこと。

決めた。無理してまで出ない。

友達が少ないから大切にしたいけど、気が引ける会に自分を抑えてまで付き合うことないし。その頃は、娘は実家にお泊まりに行くけど、多分、妻が外泊で帰宅するから、家で夫婦水入らずでレコード大賞を見る方がいい。

そうしよう。




人と会う時は

2013-09-19 08:04:47 | 自分のこと
今日は、来月に控えた行事の打ち合わせで、会場を借りる相手先と打ち合わせをしなければいけません。

人と会い、話をする必要がある時は、今でも心中に不安が付きまといます。何故か、まず相手から怒られる気がするのです。

多分、自分の過去に関わりがあるのでしょう。

小さい頃から、僕が何か話すと否定されるという経験が多かった気がします。特に親との会話はそうでした。僕が何か言うと父から即座に返ってくるのは「お前の話はつまらん」「それのどこが面白いのか」「そんなことより…(以下、父の演説の始まり始まり)」。母は息子のテストの点数しか興味がありませんでした。「百点でなければ、同じ」と、99点でも98点でも、烈火のごとく怒られました。学期末に通知表をもらうと、苦手な体育が「よい」「ふつう」「がんばろう」の三段階評価の「がんばろう」であることをあげつらって「お前はつまらん」。

思えば、僕は、両親から「お前はつまらん」と言われ続けて育ちました。

でも、よく考えたら、国立大学には落ちたけど、有名な私立大には現役合格しました。学費がかかる分、生活費は奨学金とバイト代でまかないました。留年はしましたが、それは4回生の時に決まった就職先(大阪一部上場の中堅企業でした)を父が気に食わなかったために指示に従ったまでのこと。単位を取りこぼしていた訳ではありません。翌年、帰省しての就職もうまくいき、今までの僕の人生で、それほど親に心配をかけた覚えはありません。現在の妻との生活も、基本的に自分達だけで処理しています。

それでも、母はことあるごとに今でも言います。

「お前はつまらん」

この歳になって、人のせいにするのはみっともない話ですが、20年間働いてきて、それなりに実績があるにも関わらず、自分に全く自信がないのは、根っこに親との関係がある…そう思わざるを得ない部分があります。

何だか話がおかしな方向に行っています。出勤の準備もありますから、今日はこの辺で。

新しいカテゴリを作りました。気が向いたら、過去のことやその他、記していきたいと思います。