公演終わり、やっと少し落ち着きました。
ぺチャぺチョ役の朝寝坊月眠。です!
共演者の方、スタッフの方、お客様、そして演出のロッテさん
皆様本当に有難う御座居ました!
カラベラが終わって帰ってきた日に
ロッテさんもヌーボーさんも松本さんも皆ニコニコ笑ってる
という夢を見ました。
勝手にですが、許してもらえたんだなと思いました。
そして僕はあのメンバーが本当に好きで、家族のように暖かい居場所だったのだと思いました。
この感謝の思いを出来たら何度か分けて書き出していきたいです。
まずこのお話をさせて下さい。
ミクシィには書きましたが、僕は自分も見下してきた人を見返す為に芝居をやってます。いわば復讐です。
そもそもそれを演劇でやろうときっかけが、実は数奇な運命でして・・
あれは2003年のことです。
僕はそれまで落語研究会で毎日コントや漫才に明け暮れていました。
でもその年に演劇というものを初めて見て衝撃を受けました。
演劇はお笑いと違って、笑わせるだけじゃなく、感動させることもわくわくさせることも怖がらせることも驚かせることも色々出来る
僕は演劇をやってみたいと思いました。
ちょうどその頃、演劇部が演劇部外も出演出来る有志公演の出演者募集をしてて「出てみないか」と言われ、勿論快諾しました。
その有志公演は3本のオムニバス公演で
そのうちの一本(トリ)が、りゃんめんのみ群杏子さんの代表作「ポプコーンの降る街」だったのです!
僕は「ポプコーン」を読み、これが一番面白いと思ったので、この作品に出たいと思いました。
その作品に出るには演劇部の演出による役決めオーディションで受からなければなりませんでした。
僕は主役である「探偵」役を希望しました。そしてどうしてもこの作品に出たかったので「老人」役も希望しました。
しかし希望はどちらも不採用・・・
結局僕は「ポプコーン」には出ることが出来ませんでした。
僕はその時思いました。
落語研究会だからって見下しやがって・・・
絶対この演出家を後悔させてやるっ!!
絶対凄い役者になってやる!!
それが僕がお笑いをやめて、役者を目指したきっかけです。
僕はその演出家を見返すという思いでもう6年くらいやってます。
それがどういう運命の悪戯か、今年・・
み群杏子さんの在籍するりゃんめんにゅーろんから客演の依頼があったのです!
それが「カラベラの踊る日に」です。
本物のみ群さんですよ!本物のりゃんめんのお芝居に出てれるわけですよ!!
こんな痛快な復讐がありますか
僕は運命に感謝しました。
ヌーボーさんに、探偵役やった本物の南出さんと僕はタイプが似てるって言われたし。南出さん本人にも言われましたし。
にやにや・・
余談ですが、それだけじゃないんです
僕の復讐劇の第一弾が
2003年に役のオーディションを総て落とされた僕が、逆に2004年の演劇部の引退学外公演に役者として「出て下さい!」と客演依頼きたことでした。しかも演劇部を差し置いてメインの一人の役でした。引退公演に演劇部以外の人が出るのは異例のことだったので、その時も痛快でした。
その時の舞台が森ノ宮プラネットホールです!(毎年引退公演はプラネでしたので)
そして今年・・
僕はその森ノ宮プラネの最後のお芝居に出たのです!!
長年続いているプラネの最後の舞台に!
つまりダブルで痛快だったわけです。
そしてこの痛快復讐劇はこれからも続きます。
僕が見返したい人はまだ山ほどいますから。
でも僕は総てに感謝したいと思います。
屈辱と復讐の機会をくれた神にも・・・
僕の負のパワーなめたらあかんぜよ!!
ぺチャぺチョ役の朝寝坊月眠。です!
共演者の方、スタッフの方、お客様、そして演出のロッテさん
皆様本当に有難う御座居ました!
カラベラが終わって帰ってきた日に
ロッテさんもヌーボーさんも松本さんも皆ニコニコ笑ってる
という夢を見ました。
勝手にですが、許してもらえたんだなと思いました。
そして僕はあのメンバーが本当に好きで、家族のように暖かい居場所だったのだと思いました。
この感謝の思いを出来たら何度か分けて書き出していきたいです。
まずこのお話をさせて下さい。
ミクシィには書きましたが、僕は自分も見下してきた人を見返す為に芝居をやってます。いわば復讐です。
そもそもそれを演劇でやろうときっかけが、実は数奇な運命でして・・
あれは2003年のことです。
僕はそれまで落語研究会で毎日コントや漫才に明け暮れていました。
でもその年に演劇というものを初めて見て衝撃を受けました。
演劇はお笑いと違って、笑わせるだけじゃなく、感動させることもわくわくさせることも怖がらせることも驚かせることも色々出来る
僕は演劇をやってみたいと思いました。
ちょうどその頃、演劇部が演劇部外も出演出来る有志公演の出演者募集をしてて「出てみないか」と言われ、勿論快諾しました。
その有志公演は3本のオムニバス公演で
そのうちの一本(トリ)が、りゃんめんのみ群杏子さんの代表作「ポプコーンの降る街」だったのです!
僕は「ポプコーン」を読み、これが一番面白いと思ったので、この作品に出たいと思いました。
その作品に出るには演劇部の演出による役決めオーディションで受からなければなりませんでした。
僕は主役である「探偵」役を希望しました。そしてどうしてもこの作品に出たかったので「老人」役も希望しました。
しかし希望はどちらも不採用・・・
結局僕は「ポプコーン」には出ることが出来ませんでした。
僕はその時思いました。
落語研究会だからって見下しやがって・・・
絶対この演出家を後悔させてやるっ!!
絶対凄い役者になってやる!!
それが僕がお笑いをやめて、役者を目指したきっかけです。
僕はその演出家を見返すという思いでもう6年くらいやってます。
それがどういう運命の悪戯か、今年・・
み群杏子さんの在籍するりゃんめんにゅーろんから客演の依頼があったのです!
それが「カラベラの踊る日に」です。
本物のみ群さんですよ!本物のりゃんめんのお芝居に出てれるわけですよ!!
こんな痛快な復讐がありますか
僕は運命に感謝しました。
ヌーボーさんに、探偵役やった本物の南出さんと僕はタイプが似てるって言われたし。南出さん本人にも言われましたし。
にやにや・・
余談ですが、それだけじゃないんです
僕の復讐劇の第一弾が
2003年に役のオーディションを総て落とされた僕が、逆に2004年の演劇部の引退学外公演に役者として「出て下さい!」と客演依頼きたことでした。しかも演劇部を差し置いてメインの一人の役でした。引退公演に演劇部以外の人が出るのは異例のことだったので、その時も痛快でした。
その時の舞台が森ノ宮プラネットホールです!(毎年引退公演はプラネでしたので)
そして今年・・
僕はその森ノ宮プラネの最後のお芝居に出たのです!!
長年続いているプラネの最後の舞台に!
つまりダブルで痛快だったわけです。
そしてこの痛快復讐劇はこれからも続きます。
僕が見返したい人はまだ山ほどいますから。
でも僕は総てに感謝したいと思います。
屈辱と復讐の機会をくれた神にも・・・
僕の負のパワーなめたらあかんぜよ!!
けいこさんにそんなにお褒めのお言葉頂けるなんて非常に嬉しいです!!有難う御座居ます!!
けいこさんにそう言って頂けるだけで、やった甲斐があったと思えますね!まさかそんなに買って頂いてたとは!!
僕がやっていけたのはけいこさんや皆さんの温かい言葉や皆さんが笑ってくれる優しさがあったからです。本当に感謝してます。
いつも気遣ってくれるけいこさんが僕は大好きでした。尊敬してます!
けいこさん、ポプコーンやられたことあるんですね!!めちゃ見たかったです!!またお話聞かせて下さい!!