山本理顕BLOG

Architect,Riken Yamamoto Official BLOG

耐震偽装事件

2006-07-22 18:24:11 | Weblog
d/signという季刊の雑誌がある。その季刊雑誌に連載記事を書いている。毎回、今つくっている建築を中心にして気がついたことなどを書いている。この次で11回目、例の某元一級建築士の耐震偽装事件のことを書いている。
以下のような書き出しです。

「例の某元建築士による耐震強度偽装事件のことを、今教えている大学の建築学科の学生たちに聞いてみた。その某建築士は建築基準法で定められている耐震強度の半分にも満たないような強度の構造設計をして、鉄筋量が極端に少ない柱断面の設計をしてしまった。大きな地震が来たら倒壊するかも知れない。そのマンションの住人たちは半ばパニックになってしまっている。この事件は社会問題になっているからみんなよく知っていると思うけど、だけど、もし君たちがこうした分譲マンションの設計を頼まれて、そのディベロッパーから耐震強度をごまかすように要請されたらどうする?あれだけ鉄筋量を減らせば、確かに施工も簡単、工期も短くなるだろうし、建築コストも下げられる。それに、ちょっとくらいごまかしたってひょっとしたらばれないかも知れない。かなり大きな地震が来て、君たちの設計したその建築が倒壊したとしても、多分他にも倒壊する建築は周辺にいくつもあって、その建築だけが特別に目立つということはないかも知れない。だからおそらく疑われない。多分、その某建築士はそう考えたんだろう。それにもしそのディベロッパーからの要求を断ったらその仕事は断られてしまうかもしれないし、どうする?やっぱりその某建築士のように偽装してしまうかどうか、それを聞いてみた。学部の学生と大学院生100人程の中で、およそ1割ほどの学生が手を挙げた。やっちゃうと思う。
やっちゃうと思うというこの学生たちの数はひょっとしたらもっと多いのかも知れない。手は挙げなかったけど、でも、絶対そんなことはやらないと言い切れる彼ら学生がどのくらいいるのか。内心、かなり揺れ動いているはずなのである。
揺れ動いている彼らの内心が私にはよく分かる。断言してもいいけど、オレ(わたし)は絶対にやらない、と多くの学生たちは思っているはずである。それでもいざとなったら分からない。と一方で思っているのだと思う。それはいくつかの大学で学生たちとつきあってきた私の正直な感想でもあるのだが、今の現実の社会を学生たちは相当ひどい社会だと思っている。その現実の社会で今の自分たちのナイーブな感性がそのまま通用するはずがないという、非常にシニカルな内心なのである。その社会の要請に結局はやられちゃうんじゃないか。やっちゃうかも知れない、と学生たちの挙げた手は今の社会に対するいわばどうしようもない絶望感でもあると考えるべきなのだ。それは既に社会の中心にいてそこで仕事をしている私たちの側の責任でもある。
今の現実の社会、つまり建築をつくる人使う人を取り巻く社会環境というのは学生たちが冷静に眺めている通りで、実際かなりひどいと私も思う。
この某元建築士の事件は建築をつくるという環境がいかに荒廃しているか、実はそれを見せているのである。」

この先は今まだ書いている途中。もうすぐ出版されるので是非,買って読んでください。
邑楽町のその後の経緯だとか、あるいはごく最近体験した広島市民球場のコンペ。広島市はコンペ提案者に対してあまりに不誠実だったと思う。様々な場面で建築を巡る環境がいかに荒廃しているか、それを実感している。だからといって、シニカルに振る舞うことはできないと思う。どうしたらいいのか一緒に考えてください。


新しいブログ

2006-07-20 13:48:15 | Weblog
松井創さんにお願いしてブログを立ち上げてもらった。
松井さんは横須賀の美術館の設計をきっかけに、ヨコスカンという美術館支援組織をつくってくれた。横須賀に住む学生たちを中心にして、ヨコスカンの活動はかなり活発だったけど、美術館側の動きがちょっと鈍いこともあって、今は活動は停滞気味である。松井さんも大学を卒業してインターネットの広告会社に就職して、自分のことで忙しい。山本さん自分でいろいろメッセージを伝達したらどうですか、ということで、このブログをつくったというわけである。
邑楽町が裁判になっている。横須賀の美術館も来年4月にはオープンの予定である。工学院大学も今年度で辞めることになった。
時々そんな話をしたいと思っています。

横須賀美術館

2006-07-01 21:01:55 | Weblog
美術館の設計会議は、プロジェクト会議と名付け、ソフトとハードを横断的に議論する場とした。QBS審査の際に提案した様々なプレイベントも実際に行っている。建築の具体的イメージを全く持たずにスタートしたプロジェクトなので、そうした議論や活動の中から、あるべき美術館の姿を見つけだそうとしている。プロジェクトを始めるにあたり、我々が最初に行った提案は、2007年に新しい美術館が出来ることを示すロゴマークのデザインであった。未だ形を持たない場のイメージを、関係者、市民の間で共有するためのものである。



計画敷地は、北側が海に面し、東西南を山に囲まれた、広大な公園の一部である。この谷戸状の地形に埋め込まれ、ランドスケープと一体になった美術館である。ここでは塩害の影響が大きいため、外部に対して開放可能な諸室を外周部に配し、中央に巨大なシェルターで覆われた展示・収蔵棟を配置する。



既存の美術作品のアーカイブであると同時に、さまざまな展示やイベントが、周辺環境全体を利用してダイナミックに展開する美術館を目指している。展示・収蔵棟の内部は、アイランド状のボリューム(展示室・収蔵庫)とそれを取り巻く堀状の常設展示空間で構成する。来館者はこの空間を巡りながら、さまざまな高さ、角度から作品を体験することができる。二重のシェルターによりコントロールされた、柔らかい自然光が差し込む内部空間をイメージしている。