サマンサマムとタバサの日記 夢は叶う・・・ 

不思議とシンクロが起きる事故からの闘病記

『高圧酸素カプセル療法』を試してみました。

2019-01-13 | 不思議な不思議な闘病記
お疲れ様です。いつもありがとうございます。

お正月が過ぎ ようやく自分の生活リズムに 少しずつ戻ってきた感じがします。


では お話のつづきです。

この頃の娘は 一時ほどの 極端な寒がりは無くなったものの・・

相変わらず 夏場でも 汗一つ かくこともなく過ごしていたため


主治医の先生が移られた 新たな病院では

以前 入院先で 脳梗塞を起こされた患者さんが『高圧酸素療法』だけで 手術をせずに 回復した様子を間近で見ていた為

先生にお願いをして 娘の代謝も いくらか良くなるのでは?・・・との思いから

『高圧酸素カプセル』に入っての『高圧酸素療法』を させていただく事にしました。


早速 3か月おきの レスパイトケア入院の度に『高圧酸素カプセル』に 入れて頂いたのですが・・・


羨ましい事に 酸素カプセルから戻ってくると・・

毛細血管の隅々まで 酸素が行き渡るのでしょうか?

まるで お風呂上りかのように 顔や全身が ぽっかぽかの桜色です(^^♪


私も娘のように くすみが取れて 桜色になるなら カプセルに入りたいわ~・・と 思わず思ってしまう程でした

 

そして 何度か 入れていただくうちに・・・・ 

私の予想通り!! 

麻痺の強い 左側の太もも付近から 少しずつ 汗をかくようになってきたのです!


やはり 物は試しでした。


 

 

今年もどうぞよろしくお願い致します。。(^^)

2019-01-02 | 不思議な不思議な闘病記
新年 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。


昨年も『サマンサマムとタバサの日記』を応援していただきまして 本当にありがとうございました。


昨年は、思い切った事に

また一つ 大~きな夢を叶える事が出来まして 親子して記念に残る とっても忘れられない1年になったのですが・・・


今年もまた 新たな目標を作り 

少しづつ無理の無いよう 夢を叶えて行こう!!と 考えておりますので 応援ほどよろしくお願い致します。

  

ところで 今年の大晦日も お陰様で 家族が揃い 

それぞれが 1年を振り返りながら 

鍋をつつきながら・・・・・

格闘技のチャンネルと 紅白歌合戦のチャンネルを入れ替えつつ 賑やかに過ごしました。


このところ 各地で 地震などによる災害が増えておりますが・・・

どうか今年は 何事もなく 皆様にとっても 平穏で幸せな1年でありますように。。と 願っております。

今年も 親子共々 どうぞよろしくお願い致します(^^)


  

シンクロな話53 まさかの再会でお習字を始めました。

2018-12-27 | 不思議な不思議な闘病記
お疲れ様です。いつもありがとうございます。

クリスマスは 如何でしたか? 

我が家は 早めにA子ちゃんとクリスマスをしてしまったので イヴやクリスマス当日は 普通の食事で終わってしまいました。 

悲しいことに 年々 地味になるクリスマスです。


ところで お話の続きです。


引っ越しが終わり ようやく落ち着いた頃

朝 何気に開いた新聞のチラシの中に 1枚のお習字教室のチラシを見つけました。


娘が 小学生に上がった頃

学校の裏の町内会館のような所で 教室を開いているのを知り 同じクラスの友人と一緒に 習いたいというので 

小学校1年生から 事故の遭う大学1年生まで 習わせておりました。


子供に何が合っているのか 本人も分からない為 

とりあえず 小さいうちから 本人が『習いたい』というものは 一通り習わせては来たのですが・・・・・


友人が習っていたので 習わせた『バレエ』は・・・ 幼稚園の2年間で終わり。

水泳のチラシを見て 楽しそうだから習いたい というので習わせた『スイミング』も・・・ 結局。幼稚園の2年間で終わり。

ドラえもんのチラシに騙され習いに行った『イングリッシュスクール』も 結局 途中から飽きてしまい 転勤について行く為 小学校の5年生で終わりでした。

その中で 唯一嫌がるでもなく 面倒くさがるでもなく コツコツと続いていたのが『お習字』でした。


娘の右手は 事故当初 筋力が落ちていたのと 失調が強かった為 

大きなスケッチブックに マジックをくくりつけて 紙一面に 大きく書くのが やっとでしたが

事故から10年も経過する中で 少々曲がったり 線からはみ出たり バランスが悪くなったりはしますが 

時間をかけながらも ノートの横線の中に納まるように 書くまでになりました。


本人に『お習字のチラシ』を見せると・・・「また習いに行きたい!!」と。


確かに 家の中で ただじっとTVを見ているだけでは 時間が勿体ない。

連れて歩くのは 何かと大変ではありますが『右手のリハビリ』にもなるし 習わせてみよう!

そう思って 早速『チラシ』に書かれている電話番号にかけてみたのですが・・・


自宅から近い 2か所のお習字教室の場所のうち 実際に通うには どちらが便利か・・ 曜日はいつが空いているのか?など

受話器の向こうの 受付の方に 詳しく問い合わせをしていくうちに・・・

またしても びっくり!する『偶然』が あったのです


「車椅子で通うなら A教室の方が 通いやすいかもしれませんね。」と 受付の方に勧められて

「それでは A教室にしますね。」 


 曜日は 入浴などの都合もあり 月曜日しか空きが無かった為・・

「曜日は・・月曜日の午前中で お願いしたいのですが・・ 空はありますか?」


「実は以前 遠く離れたA地区に住んでいて 近くの公民館で こちらのお習字教室に 小学1年生から大学1年まで習っていたのですが・・・」

「先生は 〇〇先生で・・・」などと 話をしていたら


「そうですか ちょうど A教室の月曜日の午前でしたら 〇〇先生が いらっしゃいますよ!」と。

「えっ!本当ですか?」と 


またしても ふいをつかれた偶然に 驚いたのと

小学1年生時代に かなり離れた場所で 初めてお習字を教えて頂いていた時の 先生です。

途中 〇〇先生から 別の先生に交代していたので まさかここでまた 運命の再会が出来るがなどとは 思っていなかったのと・・・


事故に遭った当時 まだ目は開いてきたものの・・意識が戻っていない。と言われていた時期に 

交代された先生と お二人でお見舞いに来て下さって お会いしたきりでしたから


まさか娘がまた お習字を習いに来るなど 先生もさぞかし びっくりされた事でしょう。 


こうして 感動的な 運命の再会から(*^-^*)

当時 娘が持っていた段からは かなり下げた所からでしたが 先生の下で また お習字を習うことが出来たのでした。


私もこうして 幾度もの 不思議なシンクロニシティ(意味のある偶然)を経験していると さすがに気づくのですが


こうした『シンクロ』的なメッセージというのは・・・・・


たまたまつけた TVからとか・・・

たまたま広げて読んだ 雑誌や新聞からとか・・

たまたま書店で手にした 本の中などに ヒントがあったりする事が多いようです。


不思議とが『何か偶然を見つけてやろう!』 などと考えている時には 全く起きないのですが・・・


逆に 何も考えていない時に ふいに起きることが多いので 本当にびっくりさせられます。


この時も 娘が小学生の時に 初めて教えて頂いた先生から まさか事故後 またお習字を習うなんて

全く想像もしていなかったものですから・・・


とてもとても 不思議な運命の引き寄せを感じました。 










どう考えても不思議なお引越しでした。

2018-12-19 | 不思議な不思議な闘病記
お疲れさまです。いつもありがとうございます。

本日 2つ目の投稿です。

しかし・・娘の発言には よく今日まで 殺されずに来たものだわ。と思う事が度々です


それでも 有難いことに 強運が味方してくれていたのか・・


自分でも こうしてブログを書きながら・・


あまりにも 自分でも想像がつかない人生を 歩んできてしまったもので 

時々 キツネにでも つままれたのかと思ってしまう事がありました。



キツネにつままれた。。。。といえば

20年近く住み慣れた お気に入りの家から 

この時期 急に マンションに引っ越す事になったのですが・・・


この時も

私自身は 昔から マンションのような集合住宅に 住んだ事が無かったのと


上や下や お隣さんに 気を遣って

住むのが大変だった方のお話を 以前 聞いた事があった為


娘の車椅子生活を考えたら 

『絶対に 階段の無い マンションがいいよ。』という主人とは反対に


「いやいや 気を遣って住むなんて嫌だわ。

私は 絶対に マンションには住みたくない!!」と いつも抵抗をしていました。




しかし・・・

人の『運命』というものは 大まかに決まっているのかもしれない。

どんなに 逆らったところで

きっと 生まれた時から 大まかな『シナリオ』が すでにあるのかもしれない。


そう思ったのが この時の引っ越しでした。 


こんな事を書くと・・単に 洗脳されやすい人なんでしょ。

と 思われるかと思いますが・・


確か この時期の4年程前に


退院してからというもの

1階の居間の奥に 娘の介護ベッドを置きながら 常に顔が見えるようにして

娘の 介護をしていたのですが・・・


世の中には 本当に 不思議な特殊能力を持つ方が いらっしゃるのでしょう。

よく当たるという 占いの方に たまたま 娘の身体の相談をしていたところ


全く 家の中の様子を 伝えていないのに・・・


「年頃の娘さんを 人が出入りする居間に パジャマ姿で寝かせていたら 

プライバシーも無くて 可哀想ですよ。」と 言われ 


えっ?この方 私の家の中が見えているのかしら?と ちょっとドキッ!としました。


「あぁ・・・そうなんですけど・・娘の部屋は2階にあって・・」

「今は 歩くのが大変な状態なのと 介護をするのに ベッドを側に置かないと 大変なので・・・・・・」 


と そんな風に 言い訳を話していると・・・


「あぁ・・でも いずれ引っ越ししてるから 大丈夫よ。」


「ただそれまで 見えないように パーティションのような物を 置いてあげてね。」

と 最後に そんなお願いをされました。


これまでも 大変な事を決める時は どんな風におっしゃるのかしら?と

試しに と言っては失礼ですが・・

たまに お電話をかけ 相談することはあり

確かに これまでの 娘の回復過程は びっくりする程 当たってきましたが


しかし この時のお話は 自分の中で 100%あり得ない。と言い切れる位のお話で


「20年も住み慣れた家から お引越し?? 」 

「あはは・・まさかそんな事 ある訳ないじゃない。」

「いやいや 今回は申し訳ないけど 全く当たっていないわ。」


お電話を切った後 もう 全然当たっていない。

かけて損したかしら。。。もう かけるの止めよう。


そんな感じで 私の中に ちょっと不快感が残りました。 


・・・そして あれから4年。


最後に入院していた病院で 医師から さりげなくかけられた

「〇〇〇位の距離に住んでいたら 訪問リハで 行ってあげられたのに。。」


という その言葉から 急に その土地が懐かしくなり

娘の病院の帰りに しばらく振りに その土地へ 足を運んだのでした。


この時期は 丁度 いつまでも夏日が続いていて 

もうすぐ秋というのに 暑くて 少し歩いても 背中に汗が滲みます。


この辺で 喉が渇いたので どこかで お茶でも飲みたいわ。。


そんな風に考えている所に 目の前に お洒落な 喫茶店が目に入りました。

昔なら 一人で食べ物屋さんに入るなんて事は ほとんど無かった。というか

出来なかったのですが・・・


娘の事故から ほとんど 一人での行動が多くなってしまった為

そんな事を言ってる場合じゃない。


喉が渇けば どこでも入ります。


・・とは言うものの 初めてのお店なので 

ゆ~っくりと 心なしかドキドキしながら 恐る恐るドアを開けて お店に入って行きました。。


中は 想像以上に広く 洋風の中に シックな『和』も取り入れたような

とても落ち着いた 私好みのお店です。


周りは 私達の年代か もう少し上の お洒落なお姉さま達が

友人達と 楽しそうにランチをしに来ている。という感じです。


「とりあえず アイスコーヒー 」・・と 思ったのですが

暑い中 沢山歩いたせいか・・・お腹も空いてきて


かと言って まだ15時。

先程 病院で食べてきたばかりで 何かを食べる程でもないし・・・

と 思いながら メニューを手にしていると


そこに とっても美味しそうな『ごまアイス』の写真が目に入ってしまい

あろう事か ”年中ダイエット中”にも関わらず

うっかりと 『ごまアイス』まで 注文をしてしまいました

(お腹を空いている時の スーパーの買い物と同じです。余計な物を ついつい買ってしまう。)


結局。話相手も居ないので 格好もつかないし・・・と

おしゃれな婦人雑誌を手にしながら 1時間程 一人でくつろいで来たのですが


この お店の印象が良かったのか「この辺なら 住みたいな。」


いつの間にか そんな気持ちに変わっていきました。


その後 娘や主人に話をし

家族の意見も合い 何度か足を運んだりするうちに・・・・
 

自分でも不思議な位 いつの間にか『ここに引っ越ししたい。』

という 気持ちに変化して行きました。


そして あり得ない事に その半年後。

気づくと私は マンションの一室に居ました。


「あれ? 私 なんでここにいるの?」 

しばらくは 本当に キツネにつままれたみたいでした。 


そして そういえば・・・

数年前から いずれ引っ越しますよ。と 言われていたっけ。


『いやいやごめんなさい。これだけはあり得ないし 絶対当たっていない。』 

あの時は そう思っていたのに・・


なんという事だ 本当に引っ越ししている。


自分でも あれほど反対していたはずなのに。。。と

あり得ない現状に びっくり!でした。


娘はというと・・ 自分のお部屋を持つことが出来て

ピンクのカーテンが 可愛い~と テンションが上がっています。


やはり 引っ越してみると・・・ 

外にも 中にも 階段が多かった 以前の一軒家よりも 車椅子には都合が良く


相談しながら 父に設計してもらった お気に入りの家と別れるのは 

とても とても残念でしたが


考えてみると 結局。引っ越しは 大正解でした。



そして ここからまた 

ここに移り住んだのが 元々『運命』だったかのように・・



不思議なシンクロが 次々と 起こり出すのです。














いつも安心した頃にやらかしてくれます。

2018-12-19 | 不思議な不思議な闘病記
おはようございます。いつもありがとうございます。


昨日は 朝から1日中 曇り空のお天気でしたので・・気分が乗りませんでしたが

今朝は 朝から お部屋の中まで 日差しが入り込み お天気が良いので

何だか それだけで 気分が違いますね(^.^)


ところで お話の続きです。


約2年振りに 在宅に戻り・・・

入浴介助の為にだけ入って下さる お二人の女性ヘルパーさんや 


外来リハや 通院などで 利用させて頂くようになった事業所の 

男性スタッフの方とも

すっかり 楽しい会話が出来るようになり


ようやく落ち着いてきた頃に


以前 お世話になった病院へ 月に一度の お薬を頂きに行く事になりました。


・・・娘の名前が呼ばれ 診察室に入って行くと

いつも ニコニコ顔の 優しい先生が座っていらっしゃいました。



この日は 大学病院の為か

実習生らしき学生の方がお二人 受診の様子を 脇に座って 見学されていました。


いつものように のほほ~んと 最近の娘の様子をお伝えしていると・・

先生が 今度 病院を移られるといった内容のお話をされました。


「えっ?そうなんですか・・?」と 何とな~くは お聞きしていたものの

今後の受診はどうなるのかしら?と 焦っていたところに・・・・・


娘は また この辺で・・・と 思ってか どーなのか?


多分 ウケを狙ったつもりなのでしょう。。


親指と人差し指で OKマークを逆さにしたポーズを取りながら 

「先生。それって・・・・・・これですか?」と

とても笑えないような 大変失礼な事を 笑顔でを 口走っており・・・


この一瞬で 

私の身体には また変な汗が 滝のように 流れ落ちて行きました。。



看護師さんから 先生が怒った顔を いまだに一度も見た事がない。とは

聞いておりましたが・・


さすがに一瞬 先生のお顔が 引きつったのを 私は見逃しませんでした


「いや・・もう・・本当に申し訳ありません。。。」と 謝ったものの

陰で お母さんが言ってたのでは? なんて思われたらどうしよう。


とにかく 一瞬の出来事で 娘の口を塞ぐ暇も無かったもので


もう!! またやらかしてくれたねーーーっ!

と 思いましたが



今では 先生には 大変失礼ですが・・・ 


娘の 高次脳機能障害が まだ残っていた当時の 

笑い話の顔 一つになっております


 






またまた在宅介護の始まりです。

2018-12-15 | 不思議な不思議な闘病記
せっかくなので お話の続きです。


いつも 本当にありがとうございます。

日に日にブログの順位が上がっているので とても嬉しいです(^.^)


ところで こちらの病院でも 

リハの先生方に 一生懸命 リハビリをして頂き

娘と一緒に 食堂で 美味しいご飯も食べる事ができたりで


とても充実した入院生活を 送る事が出来ていたのですが・・・・


一般的には どこの病院も 大体3か月程の入院生活で 転院を考えなければいけない為

そろそろ 次の事を考えなければ・・・と 思っていました。


それにしても 手術後 足が立たなくなり 再度 緊急入院をしてから・・・

病院を転々とし もう すでに2年が経っていました。 


この先 次々と転院し 入院生活を続けていても

背中の病気は なかなか良くなるものでも ありません。


手術は もう するつもりも 予定も無い為

そろそろ 自宅に戻って『訪問リハビリ』でも・・・と 考えるようになり


医師からは・・・

「自宅がもう少し近ければ 訪問リハビリで 行ってあげられるのですが・・

近いうちに 引っ越しとか ないですか?」と 聞かれ


「あはは・・・いえいえ 引っ越しは まず あり得ませんね。」と言いながら 

娘は 2年振りに 自宅へと戻りました。


ようやく 長旅のような 入院生活から解放され 自宅に戻ってきた娘は

嬉しさばかりですが・・


私はというと・・ 入院先へ 毎日のように通う生活からは 解放されたものの

また 朝から晩まで 1日中 介護をする生活に戻り

しばらく振りに 家の中が 慌ただしい生活に戻りました。 


入浴介助には・・以前は 娘も 一人で立っていられたので

ヘルパーさんは お一人の方に来て頂き 時々 私がサポートで入る形で 充分でしたが


今度は 足が立たないので お二人のヘルパーさんに入って頂ける 

事業所探しから まずは始まりました。


以前来て頂いて 慣れていたAちゃんは 

すっかり 離れてしまった期間が長かった為 スケジュールが一杯で

入って頂けなかったもので 


区役所から頂いた事業所へ

片っ端から 電話を入れて ようやく ヘルパーさんお二人を確保しました。


また 週に1度の デイサービスも 

以前 喉の気切などで トラブルがあった所ではなく


近所の事業所へ 見学をさせていただき 決めさせていただきました。



今度のヘルパーさんも 皆さん 面白く 親切な方ばかりでしたので

娘も すぐに打ち解け 仲良くなる事が出来


入浴の日は 相変わらず お風呂の中から ラジオ放送か?と思う位に

お風呂に入ってから 出るまでの間


「お母さんが 〇〇でね。 アハハハハ・・・

「それで あれがこうで これがああで・・・ガハハハハハ・・・」と

声が切れることがなく。


それに付き合って 身体を洗いながら 娘の話を聞いては

一緒に「アハハハハハ・・・・・」と 笑って下さっている 

ヘルパーさんも 気の毒です。


とにかく 時折聞こえる「お母さんが・・・」という 

多分。 私をダシにした話の内容が 何を話しているのか?妙に気になりましたが


それよりも 30分間 話をしながら 入浴をするという体力に

のぼせて 倒れないかと 心配でした。


お風呂から上がったヘルパーさんは 

何か?私の面白い話でも聞いたのか・・・

時々 ニヤニヤしているのが ちょっと気になりましたが


とにかく そんなこんなで・・・ 

入浴介助に来て頂く事業所と

外来リハビリへの 送迎をして下さる事業所。

そして 週に1度の 送迎付きのデイサービスの事業所を それぞれ見つけ 


それぞれの事業所と 新たに契約をし また 元の在宅介護の生活が始まりました。





 


 






 









もしかしたら・・誰かに恨まれてました?

2018-12-15 | 不思議な不思議な闘病記
今日は 娘を早めに横にしたので 続けて投稿です。


この頃の娘は リハビリの先生や看護師さんと 仲良く楽しい会話をしていて

傍から見る分には 何の問題も無いように思い 安心をしていたのですが・・


この頃になると もはや

自分での意思表示が ハッキリしすぎる位に しっかりしていたので


私も お昼頃までの病院へ行き

2~3時間で帰ってみたり 3日に一度は お休みしてみたり・・という感じで

病院に通っており


師長さんや スタッフの皆さんも 皆 感じ良く 楽しい会話をしていたので

安心していたのですが・・・


ただ 後から分かった事なのですが・・・

現在は いきなり失礼な事も あまり言わなくなったように思いますが


当時は まだ『高次脳機能障害』のせいか

本人は 全く悪気はないものの・・

親が居ない 一人の時に限って

いきなり ちょっと失礼な失言を 口に出す事があったようで


知らないところで 

真に受けて ちょっと恨んでいた 看護師さんもいらしたようでした


この『高次脳機能障害』というのは なかなか やっかいな病気で

いきなり何を言い出すか 分からないので

私自身 娘に何度 変な汗をかかされたか わかりません。


とにかく 小さな子供に教えるように 

そのつど 言い聞かせるしかないので いつも 親の居ない所で

何を話しているのか?と 心配でなりませんでした。



心の友だった戦友との別れ。。

2018-12-15 | 不思議な不思議な闘病記
おつかれさまです。いつも読んで頂きありがとうございます。


ついつい 当時の内容から外れてしまいましたが お話の続きです。

人生。やはり 楽しい事や良い事ばかりは 続かないようで・・


この時期 前の病院で仲良くして頂いた A子ちゃんの体調が気になり

A子ちゃんの病院へ 一人で顔を出すと・・

あいにく お母さんは外出中で 

A子ちゃんは ベッドの上に横になり 

相変わらず 食欲が無く 体調は最悪のようでした。


A子ちゃんには 一言 二言 励ましの言葉をかけながら 

病院を後にしてきたのですが・・ 


後から お母さんからのお電話では 

このまま 諦めたくない。という思いから

もう一度 手術をされるという事でした。


これまでも 都さんのように 例えステージ4であっても

ガンを克服され 元気になられた方を見ていると・・


やはり『抗がん治療』という とても過酷な治療に対し


食欲があり 気力も 体力もある方は・・ 

過酷な治療を乗り越え 克服されていらっしゃる方が多いように 思いますが・・


体力が無い状態で 果たして大丈夫なのだろうか?と 

心配をしていましたが・・・


その数ヵ月後 残念ながら 

A子ちゃんが お亡くなりになったという 報告を聞きました。


まだ20代の前半というのに・・・・・・・。

本人だって まだまだ これからやりたい事が 沢山あったでしょうし


また 毎日献身的に病院に付き添っていた A子ちゃんのお母さんの気持ちを考えると

同じ娘を持つ親として 何とも やりきれない気持ちで いっぱいになりました。


娘も A子ちゃんとの 楽しかった入院生活を思い出し 

同じ痛みを持ち 戦ってきた友人を また一人亡くした事に 

大変 ショックを受けていました。


とにかく

病院で知り合い 仲良くして頂いたお友達を亡くすのは 

娘にとって A子ちゃんで 二人目だったのですから。


私達親子が A子ちゃんの死の知らせから 気分的に落ち込んでいる中


A子ちゃんのお母さんからは

とても心のこもった 長文のお手紙と

病院のホールで 皆で聞いて 涙・・ 涙・・で 深い思い出になったという 

ゆずの『栄光の架け橋』のCDが 届きました。


私達親子も こちらの病院に入院して 

毎日 とても心細かったところに A子ちゃん親子が居て下さり

どんなに 心強かった事か。。。


毎日 A子ちゃんのお母さんとの会話は

何十年もの友人かのように 話が尽きなくて・・・本当に 毎日が楽しかったのです。


しばらくは A子ちゃんを亡くされたショックから 体調を崩されていたようですが


最近 また食事でも・・・と 誘って下さるまでに お元気になられたようで 

安心しましたが


私自身 介護をしながら 生活をしていくのも・・・ 

年々 きつく感じたり

自分の体調が悪い時には 辛い。と感じる日もありますが・・


娘さんを亡くされた方の お気持ちを考えると

そんな事は言ってられない。と いつも思ってしまいます。



どちらにしても 本当に 世の中って残酷なものだわ。と考えされられた

A子ちゃんの死でした。



まさかの『復活ライブ』へのお誘いが!!

2018-12-06 | 不思議な不思議な闘病記
珍しく気分の乗っているところで 本日2つ目の投稿です。


当時のお話の続きになりますが・・

気持ちの悪い位というよりも 気持ち良い位の 不思議な偶然が続く中


その日は 個室の病室の中で 娘と二人で 仲良く昼食を食べていました。


・・と そこに 携帯のベルが。(リ~ン リ~ン

すぐに携帯を 手にして見てみると・・

 まさかの都さん!!


「どーも どーも~・・・(大阪風)」と いつもの 都さん風のご挨拶。

私も つい

「えっ!都さん? どーも どーも~・・・」と なぜか(大阪風に・・)


この頃。すでに私も

前の年の 3月のライブの時に お会いし お聞きした 

ステージ4の『濾胞性リンパ腫』から 見事 復帰されていらっしゃったのは 知っており


そこに娘が 都さんへのメールで 

『今度こそ 武道館での『復活ライブ』に行きた~~い!!』と 打っていたようで。


それを見て 都さんから

わざわざ 武道館での『復活ライブ』への お誘いの お電話だったのでした。


「えーーっ! めちゃくちゃ嬉しいけど 娘はまだ病院だし・・・・・・・」と

娘を連れて行ってあげたいのと・・ 現実を考えると かなり難しいのでは?と

思うところで・・


頭の中が ごちゃごちゃになりました。

(実はこの時 まだ最後の手術から おしっこの管をつけたままでした。)


それでも 大変なガンの闘病から 見事に復活された お祝いのステージなら 

心配していた 家族の皆も 観たいだろうし・・・・・と 思い


自宅に帰ってから 家族に話をしてみました。


しかし・・・ケガをして 車椅子になってからというもの

コンサートには 何とか 連れて行く事はあったものの・・・


車椅子で 飛行機に乗せて・・・というのは まだ一度もなかったので

「えっ!連れて行ってあげたいし 自分だって 都さんのステージ観たいけど 

それは 無理だよ~・・」と言う 言葉しかありません。


確かに 何かあったら・・と 考えると 止めた方がいいのかな?とも 思いましたが

娘が あれだけ行きたがっているライブ。

それに いつものツアーのライブではなく 記念すべき 都さんの『復活ライブ』です。


当時 担当をして下さった 医師にも ダメもとで相談したところ・・・


「行って来たら~」と 簡単にOKを出して下さったので


それでは せっかくなので やっぱり 家族 皆で行こうと 考えました。


しかし 何度誘っても 頭から難しい。と 諦めモードの 主人と子供です。



それでも・・

「芸能人が 他にも 来ているかもよ~・・」とか

「もしかしたら TVに 映っちゃうかもよ~・・」とか


ダメもとで 子供騙しのような言葉を 

毎日 毎日 繰り返し かけていました。(俗に言う洗脳です


・・で やはり人間。 簡単に 諦めてはいけないんですね。


日に日に 何とな~~く 主人達の態度が『行きたいモード』に 変化して行き・・・


終いには・・・

「それじゃあ せっかくだから 行こう!」に なりました。(実に簡単なものです


それで まさか まさかの『武道館』への 旅の準備が始まりました。

(おしっこパックも見えないように 車椅子の後ろの 使わなくなった白いショルダーバッグの中に 忍ばせて・・・)


よく TVで『武道館』とは聞くけど・・どんな所なのかしら?

と 準備をする私も 嬉しいやら 不安やらでドキドキです。


車椅子になってから 初めて 飛行機に乗れた娘は

とにかく 羽田に着くまで 嬉しくて たまらない様子です。 


『介護タクシー』も 運良く とても良心的な方の所を見つけ

空港から『武道館』まで 気持ち良く 送迎して頂きました。


この日は 確か8月13日。

お天気も最高で ギラギラの太陽が照り付け 

初めて見る『武道館』の建物が 眩しく輝いておりました。 


娘は 沢山の若い女性ファンでごった返す中

造花の『ひまわり』を片手に 同じように車椅子で来られていた 可愛い女の子と一緒に

記念撮影をしたりして 常に 笑顔がはじけていました(*^^)v


外で 並んで待っていると・・・・

芸能人のご家族の方が いらっしゃいました。 やはり 芸能人は オーラが違うので

普通にしていても 目立ちますね。


しばらく待ってから 有難い事に『関係者入り口』から 入れていただきましたが

せっかく 都さんに 家族全員『アリーナ席』を 取って頂いていたのに

娘と私は 残念ながら 震災後だった為 安全を考え 2階席で。という事に。


そして 主人と子供は・・・

せっかくなので『アリーナ席』で。(えーっ悔しい いいな~・・


ステージが始まる 大歓声の中

都さんが 「ただいま~~~~!!」と 元気な笑顔で ファンに挨拶されてました


とにかく ガンと診断されてからの 精神的な苦労から 

受けた方にしか分からない 数ヵ月にわたる 抗がん剤治療の大変さを考えると・・


ここまで 見事に復活された事の喜びで 胸がジーンとなりました( ;∀;)


この日のステージは SOPHIAのメンバーは もちろんのこと

しばらく活動休止から 待ちに待ったファンのも皆さんの熱気で 盛り上がり

めちゃくちゃ 沢山の感動が詰まった 最高のステージでした。


娘はというと・・・・・・


途中。 興奮しすぎて 痙攣を何度か起こし 

その度に 痙攣止めのお薬を 飲ませたり 水を飲ませたり・・で

とにかく 救急車だけは乗らないように。。と思い 焦りました


ライブ終了後。


係の方から 待ってて下さい。との事で 待っていると・・

『太鼓の達人』でお馴染みの ドラムの赤松さんが 楽屋から最初に出て来て 娘を見つけて 

しっかりと 両手で 握手をして下さいました。(優しい~嬉しい~)


その後 都さんが 楽屋から走って来て下さり 握手と記念撮影

その後は 甲斐甲斐しく 動き回る

奥様の 久宝留理子さんにも お会いすることが出来ました
(ノーメイク?の久宝さんが とても可愛いかった。)


とにかく 私達家族も 身内の事のように 都さんが 復活出来たことが嬉しく

感動的で 一生忘れる事の出来ない 最高の思い出となりました。 




そして あれから7年。。。。


毎年 来て下さる『Rayflowerツアー』で 

先日も 元気な都さんに お会いする事が出来ました(^.^)


この日のライブも メンバーの演奏はもちろんの事。

田澤さんの 歌の上手さも 本当に素晴らしく  

あのスリムな身体から どうしてあんな声量が・・・と 思う程でした。


途中 恒例の 手の込んだ『サプライズ演出』が 

笑いのツボを刺激し・・・娘と二人で 大爆笑。


メンバーも それぞれ いい味を出して 面白いトークをして下さるのですが・・



ボーカルの田澤さんの 大阪弁での 滑りが好調過ぎて
 

ロックを 聞きに来たのに・・

あれ? お笑いの陣内智則さんの ステージを観に来てた?


と 勘違いするほど しゃべりも お上手で 沢山 沢山 笑わせていただきました。



娘は この日も 

都さんと 記念撮影を させていただきましたが・・


あぁ・・・またこうして 

お互いに 元気に再会出来て 本当に良かった。。と 思う 楽しい1日でした(^.^)




※12月12日 Rayflower ミニアルバム。『ENDLESS JOURNEY』が リリースされます!

仮面ライダーエグゼイドトロジーアナザーの

エンディング主題歌『Fellow Soldier』他 新曲も収録です。  お楽しみに!
  







シンクロな話52 まさか向かいの病院に・・

2018-11-20 | 不思議な不思議な闘病記
お疲れさまです。いつも読んでいただきまして ありがとうございます。


今日も 不思議なお話の続きです。


転院してから 色々ありましたが・・

35年振りに 幼なじみと再会をした事で 

また 気分新に 楽しいリハビリ時間などをして 過ごしていた中


こちらの病院では 

とても見晴らしの良い食堂で 社員食堂にあるような ラーメンに カレーライス・

うどん・そば などのメニューで 時々 昼食が食べられた為


食いしん坊の 私達親子は 

今日は 何を食べようか?と 二人で考えるのが 楽しみの一つになりました


実はこの頃 点々と 転院をしてきた為

なかなか 友人達にも 場所を知らせずに来ていたのですが・・・


そんなある日。

娘と向き合いながら 美味しいラーメンを すすっていると


急に 娘が幼稚園から仲良くしている 

ナースをしている 幼なじみのCちゃんの事が 頭に浮かびました。



「そういえば・・Cちゃん 今 どこの病院に居るんだっけ?」

「元気しているのかな~・・ たまにメールでもしてみたら?」


・・と そんな会話をしながら


食事を終えた娘が 目の前でメールをした時でした。


Cちゃんが 勤める病院の名前を知り・・

その後「そこの病院は どの辺にあるの?」と メールを返すと・・・・・



驚く事に・・・ 

私達が居た病院の 窓からも見える すぐ 真向いにある病院だったのです!

思わず 「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」と なりましたが




ここまで『シンクロ』が続くと・・


さすがに つい・・ 失礼ながら

もしかして 私達 神様に遊ばれているのかしら?と 思ってしまう程の


もう 笑ってしまうレベルの 『シンクロ』まみれ状態です


その後 Cちゃん親子が お見舞いに来て下さり

またまた 昔のように 顔を会わす機会が増え とても嬉しかったのですが・・・


とにかく この頃は 次は 何が起きるか分からない。

毎日が ミステリーでした。