Crazy Moon

世界~ブレーズ・パスカル後

ボカロDTMer 主に巡音ルカさん

【音楽小説】A Day In The Life

2009-12-04 | Weblog
腕の中の子供が既に死んでいるのにそれを気づかぬ風に
呆けた顔で抱き続けている若い母親。
外国の寄付で運営されるNGOの援助でかろうじて生き延びた少年。
彼は、今でもその金を送って来た無表情な黄色人種を憎んでいる。
ぐるぐる回っている夢から、耳障りな目覚ましの音が、現実に引き戻す。

朝はいつも憂鬱。それに今日は昼から出かけるから車で出勤しなければならない。
朝の運転は気が重い。どこにも逃れられない車の列に、閉所の恐怖を覚える。
それから、とても苦手な交差点。片側3車線の国道の右折レーンで停止すると
決まって軽いパニックを起こす。
右折信号が見えたので、早くやり過ごしたいとアクセルを吹かすが
30mも手前で赤に変わってしまい最前列で停止。
今日は調子がいいから大丈夫。と、思っていたがいつものように
急速に湧き上がる不安感。動悸が始まり、呼吸が速くなる。
気休めにレキソタンを取り出し飲んでみるがすぐに効くわけが無い。
早く!早く!それでも信号が青に変わっても2分近く行き交う車の中で
立ちすくむのだ。今日こそダメだ。今のうちに、あの歩道の上に逃げ出してしまおう。
いつものようにそんなことを考えているうちに信号が青に変わる。
瞬間的にアクセルを踏み込み強引に右折する。対向車の怒りのクラクション。
それすら負け犬の遠吠えのように聞き安堵感に浸る。今日もなんとか切り抜けた。

仕事は、単調。紙の山を崩し、より分けまた積上げたり、パソコンのファイルを
探し意味もなくクリックしたり。頭を使うのは、言い訳を考える時だけ。
休憩時間になればいち早く外に逃れ限られた時間で煙草を吸いまた席に戻る。
それからまた紙を手繰りパソコンを弄り何がしかの書類をまとめ上司に提出する。
なぜかしら彼は体が硬そうだ。彼の在り様はそんな風な印象を与える。
居丈高だが実は気の小さい、虚勢を張りたがる迷惑な存在。
気まぐれに細かい硬直的なことを言い出し無駄な仕事を指示することで
自分が何者かであることを示したがっている。
さし戻された書類を手直しし、それをまた上司に戻す。
何事も主張せず、ひっそりと時間をやり過ごす。ここはそんな場所。

昼はいつも社員食堂でカレーを食べるのが、もう数年来続いてくる。
向かいに坐った同僚が、またカレーですか。そのうち社内報に載るかもね。
と笑いながら話しかけてくる。
それは無いだろう。まぁ、珍しいけどさ別にその先の話があるわけじゃないから。
というようなことを答えておく。
そうなんだ。所詮、貧しい社食。食べることなんかなんの楽しみでもない。
だから、無難なカレーにしています。これなら外れがありませんから。
なんて記事になるわけないじゃないか。

食後はiPodを聞きながら喫煙所付近で過ごす。
席に戻れば自分は勤勉であると振舞いたい上司が、仕事をしており、
休み中に悪いけどと何かと休憩の邪魔をしてくるから。
ランダムに流れてくるのは、ニューマスターサウンドのファンクの次に、
クレメールのヴァイオリン。ディレクトラックスのスライドの次に、
トルコの民俗音楽。世界のいろんな音楽に混じって、先日のバンドの
練習で録音した曲が流れてくる。9000分の1の偶然。
明日は、バンドのライブ。自分には、最後のライブになる。
春に、サポートのつもりで入り、そのままズルズル居ついてしまった。
今では随分と愛着を覚え脱退を宣言してから、感傷的にもなっている。
明日は気負わずいつものようにたんたんと弾き、何事も無いように
ステージをおりようと思う。打ち上げも軽く済ませ終電で帰る。
そして週明けには、癌の精密検査に行く。異常が見つかるのは5人に
1人くらいですし、そう急がなくてもいいんですが一応受けてくださいね。
そう医者には言われた。自分では平静なつもりだが、もしも癌が現実のものと
わかったらあまり穏やかな気持ちではいられないと思う。
最後のライブはきっちりやりたい。そう思って今まで今まで引き伸ばして
きたのだ。そんなことを思いながらもう1本煙草を吸って、休憩が終わる。

廃業する協力会社がある。老いた職人気質の社長が先日その報告に来た。
時代遅れの技術だけの会社で最近では新しい仕事もなく先細りは目に見えている。
次の生業のあてはないが、続ければ赤字が累積するばかりで廃業に踏み切るという。
それは良いが、今止められてはこちらが困る。代替会社に引き継げるまで仕事を続けろ。
また、それなりにノウハウもあることだからそれも教えろ。
というような手前勝手な応対をしたのが先日。
温厚な社長であるが、それに怒り、ノウハウは墓まで持っていくというようなことを言い
帰っていった。その後、代替会社で試してみたが案の定うまくは行かない。
地味な仕事ではあるがそこには長年かけて培った尊敬すべき知恵や工夫がある。
弱った管理職たちは、いきなり役職者が行くのもなんだからお前ちょっと
機嫌をとって来いと言い出した。
そんなことで、車で1時間ばかりのそこに出かけることになった。

工場の明かりは消えていて誰も居ないが、小さな音でAMラジオが鳴っている。
すっかり減った一日の仕事が早く終わり従業員は帰ってしまったようだ。
奥の事務所に行くとそこには社長が一人坐っている。急な訪問に驚いた顔をする。
なんの用だね。ノウハウ供与の件かね。と、社長が言う。
いや別に用は無いが近くに来たので寄ってみた。と言い訳してみる。
それから小一時間ばかりの雑談は、昔一緒に苦労した製品のことや、
社長が最近釣りに凝っていることや、仕事を手伝っている息子の次の
働き口がなかなか見つからないことなど。
話はそれからが本題。まずは、居丈高な先日の対応を詫びる。
それにしても、会社はなくなっても社長の技術がなくなるのはあまりに惜しい。
ついては、金で解決するようで失礼ではあるが、有償技術供与というようなことでは
いかがだろうかと言って見ると社長は急に嬉しそうな顔になる。
少し考えさせてもらえるかな。いやね、仕事を畳むのもいろいろ物入りらしくてね。
そういうもの払ってもらえるなら助かるな。
そんな話は、その場の思いつき。社内でそんな話は無かったが、この状況だと
提案してみる価値はあるかなと思い、今日のところは引き上げることにする。

たいしたことでもないのになんだか疲れた。
このまま帰宅する気にもならず途中のタリーズに立ち寄り
カフェラテを一杯買い奥の喫煙席に陣取る。
iPodで最近はまっている取って置きの音源を聴く。
煙草に火を点け飲み物を啜る。

携帯を取り出し、バンドのボーカルにメールしてみる。今日の仕事が終わったよ。
金に困っている人間の目の前に小銭ちらつかせて尻尾振らせるって楽しいね。
こんな俺って音楽やる資格あるのかな?

しばらくしての返信。

性格悪いね(笑)
でも音楽をやる資格はあるよ。
というか、

音楽をやる資格の無い人間なんていないよ。


不覚にも泣きそうになった。

A Day in the Life