DF50はスルザー型とMAN型で実に137両も生産され
北海道を除く全国で活躍した優秀な釜だった。
その後電気式のDLはDF200まで生産されることなく
日本の国土はDD51とDE10兄弟が全国を埋めつくした。
DD54で苦渋を飲んだ液体変速機も国産品が安定して
一気にDD51やDE10の生産に弾みがついたといわれている。
DD54が安定的な性能を発揮したらもっと生産されていて
DD51などの生産が少なかったかもしれないと思うと
残念だ。ある意味DF50も半海外品であったがDD54
のような致命的な欠陥や故障もなかったことで車命が全うできた
釜だった。
高松運転所訪問で1号機もなくラストナンバーの573号もなく
がっかりしていたのだろう、運用を聞いてラストナンバーの
573号機をその後撮影している。多分1号機が遠くに行って
しまい追いかける事ができなかったと思われる。
当時5両いたMAN型の565号機以外はこれで潰れたが
MAN型はこの年の10月の客車列車運用廃止にともない全機廃車になって
しまい、結果4両しか撮影することがきでなかった。
573号機は坂出で入れ替えに従事しているところを撮影した。
坂出も今は高架駅になりまったく当時とは様子が違う駅になった。
DF50573(高)1981年8月21日
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