かぐや姫
2012-06-29 | 詩
ほんとうは竹から生まれるよりも、人から生まれたかった。計り知れないうちの一つの奇跡は、ビックバンのように時空に爆発的膨張が起こり、子宮に着床し遅れた受精卵を助けるため、絶対的な力のものが彼女を竹に身篭らせた。愛情深い人が竹の子を探しに来たときに見つけられるようにと仕組まれていたことだった。美しく育つ彼女は人でないことに気づいていく。人から生まれていない生身は、人と交わると瞬時に砕け散ることを、月の光に告げられていた。彼女は月を眺めては涙する。愛おしく想える人と出逢うまえに、月に還らなくてならかった。幸い、彼女に結婚を申し込んだ男たちは、誰ひとりとして彼女の想い人ではなかった。彼らに出した難題の「石のはち」「玉のえだ」「火ねずみのかわごろも」「龍のいつつの玉」「つばめのこやす貝」など、はじめから何処にもなかった。幻の宝物を探しに出かける男たちは、かぐや姫への愛のためではなく、自己顕示欲と利己心の塊だったことを、彼女は見破っていた。もしも、ほんとうに彼らが幻の宝物を見つけてきたとしても、彼女は再び難題を出して誰のものにもならなかっただろう。絶世の美女であったがために、見かけの美しさに目が眩む者を憐れみ、彼女が求めたものは上澄みだけの装いではなく、遥かな月の光をきらきらと水面に映す湖のような透きとおる心。「きみは地球の人ではないね」と言う男性がいたなら、彼女は迷わずその男性を一緒に月に連れていったかもしれない。人から生まれていない彼女の悲しみの分かる人。ほんとうの自分を感じてくれる人を愛したい。多くの男性に想われたとしても、我が身を投げ出しひとりの人に尽くしたいという気持ちになれないのなら、それは途方もない虚無を飼いならすことになり、己を己自身でつまらなくしてしまうことを、彼女は本能で知っていた。月へと旅立ち、やがて彼女は人の子に生まれ直していた。「愛する」ための命であることに気づいたから、ビックバンは起こらず子宮に着床する。絶世の美女ではなく、ショートカットでミニスカートの似合う小麦色のおてんば娘の瞳の奥に、朔月の夜でもかがやく望月が映っていたなら、その少女はかぐや姫の生まれ変わりなのです。
☆銀河詩手帖253号 掲載をありがとうございました。
☆銀河詩手帖253号 掲載をありがとうございました。