
北京・西安旅行4日目、西安観光スタートです。
ホテルの別の出入り口には西安の象徴である兵馬傭のレプリカが。
左、鏡に映った入口付近。 右はホテル内のレストランの入口。そこにもレプリカ像が立っています。
ホテル内のレストランで朝食を済ませた後、朝8時、ツアーバスで西安観光に出発です。
朝9時前に、秦始皇帝兵馬傭博物館にやってきました。これから中に入ります。入口には世界遺産のマークもあります。
入口を入ってから、博物館は、さらに奥にあるので、送迎用の電気カートに乗って行きます。
兵馬傭博物館の1号館
兵馬傭博物館の2号館 (この奥に3号館がある)
兵馬俑坑は発掘された順番に1号坑、2号坑、3号坑の名がつけられている。
こちらは銅の馬車が展示された銅車馬館
以上の4館を順番に見学します。
まずは、一番大きいメインの1号抗に入りました。(写真クリックで拡大)
今回のツアーで一番の目玉である20世紀最大の発見、世界遺産の兵馬傭抗です。
長さ230㍍、幅62㍍、深さ5㍍、総面積は1万4260平方㍍、3つの俑坑の中で最大である。
1号坑では陶俑、陶馬あわせて約6,000体が発掘された。(全体では8千数体)
「20世紀最大の発見」といわれる兵馬俑は、1974年に農夫が井戸掘りの作業中、偶然見つけました。秦始皇帝陵の東1.5kmに位置し、約2200年前始皇帝を永遠に守るために副葬されたものです。
ズラリと整列する傭 (殉死者のかわりに埋葬した人形) の軍隊。
軍隊と平行に盛られた土の部分に丸太が渡され、その上に藁と土をかぶせ埋められていました。そのため木が腐るとかぶせていた土が落ちて、傭は粉々に壊れてしまいました。
発掘中にかまぼこ型の建物で覆い、半分くらいは、いまだに発掘・復元作業が続いている状態。
こちらは後方のエリアにある、復元されたばかりの傭
兵や馬の表情や衣装はひとつひとつ異なっています。
(写真クリックで拡大)
兵士の俑の大半は西の秦始皇帝陵墓に背を向けるように東を向いており、編制は前鋒の主要部隊、左右の側方部隊、後方の防衛部隊の四つに隊に分れている。この発掘により明らかになったという当時の軍隊のしくみ。傭は発掘したままの配置で並べられています。
長い間眠っていた傭の着色は、外気にさらされるとたちまちなくなるそう。今は当時の色彩がわずかに残すのみです。
1号抗の見学のあと、つづいて2号抗の建物にに入ります。
2号坑の軍陣は1号坑の東端北側で1号坑との距離は20メートルで、東西124メートル南北98メートルで6000平方㍍の面積。
発掘調査から戦車の引き馬350余頭、騎兵用に馬100余頭、その他各種武士俑が900余、合計1300件の陶俑、木製戦車89台で、これらは歩兵、騎馬兵、軽車等で混編された一種の曲形陣である。
発掘されたばかりの状態で、倒れている傭がたくさん見えます。
発掘当時の記録写真。 当時はまだ色が残っていましたが、徐々に消えてしまったようです。
2号館の中では、発掘された傭の一部がガラスケースに入って展示されています。
左は騎兵傭と鞍馬傭。
右は立射傭。戦の最前線で弓を構える兵士の姿。
左は将軍傭。位は頭の冠を見ればわかるという。
右は弓矢の部隊ひざ射ち兵士傭。
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