太平洋戦争末期、日本の都市はマリアナ諸島から飛来する米軍爆撃機Ｂ２９のために、次々と廃墟と化していった。その中で、なぜか広島は爆撃を受けていなかった。
昭和２０年８月６日、午前７時５０分、広島郊外の日本海軍基地で、高射砲（飛行機を狙い打つ大砲）の配置に就く兵隊達がいた。少数のＢ２９が広島市に接近しつつあるとの警報がでていたので緊急に集合、配置についた兵たちであった。広島上空は晴れで視界も良好であった。
当時、１万mの高空から襲来するＢ２９に対して、日本軍の高射砲はその高度まで射撃できないので無力であったとよく言われる。しかし、広島の海軍基地には当時最新鋭の、口径１２cmの大型高射砲が配備されていた。この高射砲は優に１万m上空の敵機を撃ち落すことが可能であった。その照準機も高性能で、作業者も優秀な兵が選ばれていた。
午前８時、高射砲の照準機の中心には広島に近づくＢ２９の姿がくっきりと捕らえられていた。兵達は勿論敵機が原爆を搭載しているとは知らない。しかし、本能的にそのB29がどことなく不気味な、死の影を運んでいるのを感じていた。照準は良く、風も少ない。「射撃命令はまだか」高射砲兵達の苛立ちはつのった。今高射砲を撃てば必ずＢ２９に命中できるだろう。８時３分、蛇行していたＢ２９はまっすぐ直線状に広島に向かいはじめた。そして高度を下げだしたではないか。「今だ」と兵は高射砲の引き金に手をかけた。しかし射撃命令はでなかった。命令無しに撃つことはできない。絶好のチャンスはむなしく過ぎ、８時９分、Ｂ２９から原爆が投下された。
なぜＢ２９射撃の命令がでなかったのか。おそらく、少数のＢ２９などほっておけ、弾丸の無駄である、などという上層部の無思慮、無分別によるのであろう。Ｂ２９が直線行動をとり、高度を下げ始めたときに、最新鋭の大型高射砲が火を噴けば、原爆搭載機を撃墜できたか、できなくてもＢ２９に損傷を与え、原爆は街の中心からそれたのではないかと思われる。これは実話である。
真珠湾攻撃と原爆投下とは同位置にあるといった米大統領もいた。軍事目標攻撃と民間人大量殺戮とを同価とみなすおかしな論理である。
ともあれ、日本が市民無差別攻撃に対して一矢報いる機会を逃したのは惜しまれる。
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