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ドは前に進み出た

ドは前に進み出た

わしの知るかぎりでは

2016-09-20 16:23:19 | 日記


「まったく、わたしがどんな――」彼女は必死の努力で自分自身を取り戻そうとしていた。
「この数ヵ月間、あなたはわたしに力がなくなったと思いこませようとしたけれど、本当は失われていなかったのね。よくもわたしをそんな目にあわせて平気な顔ができたわね」
「おいおい、ポルや、落着いて考えてみれば、そんな簡単に消せるものかどうかよくわかるはずだぞ。いったん備わった力は永久にそこにあり続けるのだ」
「でも〈師〉が――」
 ベルガラスが片方の手をあげて制した。「よく思い出してみるんだ。あのとき〈師〉が言ったのは、おまえが自分の力を制限して、ダーニクと同じ能力の範囲で暮らしていく覚悟があるかということだ。いかにアルダーでもおまえの力を取り去ることなどできはしないから、一計を案じたというわけさ」
「でもおとうさんはわたしにそう信じこませたわ」
「おまえが何を信じようが、わしの知ったことではないからな」ベルガラスはもっとも落着きはらった口調で言った。
「わたしを引っかけたのね!」
「いいや違うな、ポル。おまえは自分で引っかかったのさ」老人は優しくほほ笑んだ。「がみがみわめき出す前に少し考えてみたらどうかね。とどのつまりおまえに何かさしさわりがあったわけじゃないだろう? それにこんなふうに真相を知るのも、なかなかおつなもんじゃないかね」老人の微笑は今やにやにや笑いに変わっていた。「何ならこれがわしからの結婚の贈物ということにしてくれてもいいんだよ」


 ポルガラはじっと相手をにらみつけ、反論したそうな顔をしたが、老人の返した視線にはちゃめっけがあふれていた。二人の対決の結果はいつもうやむやのうちに終わっていたが、今回ばかりはベルガラスが勝ちをおさめたようだった。怒るふりをそれ以上続けられなくなったポルおばさんは、どうしようもないという顔で笑い、老人に優しく腕をまきつけた。「本当にあなたってどうしようもない老いぼれだわ」
「わかってるさ」老人は答えた。「ガリオン、失礼しようじゃないか」
 廊下に出たとたん、老人は再びくすくす笑いはじめた。
「何がそんなにおかしいんだい?」ガリオンがたずねた。
「わたしは何ヵ月間もこのときを待っておったのだ」老人は実に愉快そうな顔で笑っていた。
「ことの次第がわかったときのあいつの顔を見ただろ、ガリオン。彼女はこの数ヵ月というもの、さんざん殉教者ぶった顔をしておきながら、突然それが不必要なものだと思い知らされたのだ」老人の笑いが意地悪そうな表情に変わった。「だいたいおまえのおばさんは、これまで自信過剰ぎみだったんだ。一度ここらで自分が普通の人間だと思わせたのはいい薬だったかもしれんぞ。これであいつも少しは視野が広がったことだろう」
「おばさんの言ったとおりだ」ガリオンは笑いながら言った。「おじいさんて、本当にどうしようもない老いぼれだね」
 ベルガラスはにやにやした。「人は常におのれのベストを尽くすべきなのさ」
 二人は廊下を戻り、すでに結婚式のために整えられたガリオンの衣装の置かれている部屋へ向かった。
「おじいさん」ガリオンは腰をかけて自分の長靴を脱ぎながら、老人にたずねた。「ひとつ聞いておきたいことがあったんだ。トラクが死ぬ前に『母上』と叫んだことなんだけれど」
 ベルガラスはジョッキを片手にうなずいた。
「トラクの母親っていったい誰なんだい」
「世界だ」老人は答えた。
「よく意味がわからないけれど」
 ベルガラスは考え込むような顔つきで白く短いあご髭をかいた。「それぞれの神を発案したのは、かれらの父神ウルだったが、実際に作り上げたのは世界だったのさ。話せば非常に複雑で、わたしにも実のところよくわからないのだ。まあ何にせよトラクは死の間際に、かれを唯一愛してくれていると思いこんでいたものの名前を呼んだのさ。だがむろんやつは間違っていた。ウルも他の兄弟たちもみなかれを――いかにその性格がねじけて、邪悪であろうとも愛していたのだ。そして世界もまたかれの死を悼んだ」
「世界が?」
「おまえは感じなかったのか? やつが死んですべての光が消えうせたあの瞬間だよ」
「あれはぼくのせいだと思っていたよ」
「いいや、それは違う。あの瞬間、全世界から光が消えうせ、あらゆる場所であらゆるものたちの動きが止まったのだ。それというのも世界が死んだ息子を悼んでいたからさ」
 ガリオンはしばらく考えこんでいた後に言った。「でも、トラクは死ななければならなかったんだろう?」
 ベルガラスはうなずいた。「ものごとを正しい道へ戻すには他に方法がなかったのだ。トラクが死んでこそ、はじめて世の中は定められたとおりに動きはじめる。もしそうしなかった場合には、すべては深い混沌の中に沈んでしまっていたことだろう」
 突然ガリオンの脳裏に奇妙な質問が浮かんだ。「おじいさん」かれは思わず口に出した。
「エランドはいったい何者なんだろう」
「わしにもわからんよ。何のへんてつもない普通の男の子かもしれないし、あるいはまったく違うのかもしれない。さて、そろそろおまえも支度を始めた方がよさそうだぞ」
「そのことは考えないようにしていたんだ」
「ぐずぐずするのはいいかげんにしたらどうだ。今日はおまえの生涯でもっとも幸福な一日なんだぞ」
「本当かい?」


この戦いに決着をつけよう

2016-07-21 17:10:17 | 日記

世界がまだ若かりしころ、邪神トラクは世界を支配しようとして〈アルダーの珠〉を盗み、逃走した。〈珠〉はこれにあらがい、自らの炎をもってかれに見るも無残な火傷を負わせた。しかし、トラクはそれでも〈珠〉を手放そうとはしなかった。それほど〈珠〉はかれにとって貴重なものだったのだ。
 やがて、魔術師にして神アルダーの弟子ベルガラスが、アローン人の王とその三人の息子を率いて、トラクの鉄塔から〈珠〉を取り戻した。トラクはなおも〈珠〉を追い求めようとしたが、〈珠〉の怒りはか免疫系統れを追いはらい、退けた。
 ベルガラスはこの世の続くかぎりトラクの来襲に備えるべく、チェレクとその三人の息子たちを王となし、四つの大王国を各人に治めさせた。そしてかれは、リヴァに〈珠〉を与えて保管させ、かれの子孫がその〈珠〉を持っているかぎり西部は安泰であることを告げた。
 トラクの脅威のない数世紀が過ぎたが、四八六五年の春、ついにドラスニアはナドラク人、タール人、そしてマーゴ人の大軍に侵攻された。このアンガラク人の大海のただ中に〝王にして神〟を意味するカル=トラクという名の巨大な鉄の大天幕が現われた。町や村は破壊され、焼きつくされた。というのも、カル=トラクの目的は破壊することであって、征服することではなかったからだ。生存者は、アンガラク人の口にするのもおぞましい儀式のいけにえとして、鉄仮面をつけたグロリム人の僧侶に引き渡された。アルガリアに逃れたり、チェレクの軍艦によってアルダー川の河口から運ばれた者以外は生き残った者は皆無であったという。
 つづいて、軍勢はアルガリアの南部に矛先を向けた。ところが、そこには町がひとつもなかった。遊牧生活を営むアルガリアの騎馬戦士たちは敵の軍勢にいったんはひるんだと見せかけ、そのあとですさまじい奇襲攻撃をしかけた。アルガリアの王たちの代々の領地は城塞、すなわち三十フィートも厚さのある岩壁に囲まれた人造の山だった。アンガ免疫系統ラク人はこれを攻略しようとしたが徒労に終わり、けっきょくその地を包囲することにした。包囲はまる八年つづいた。
 これが西部側に、兵を集めて戦いに備える時間を与えることになった。将軍たちはトル・ホネスの帝国軍事大学に集まって戦略を練った。国家間の争いはひとまずわきに置かれ、〈リヴァの番人〉ブランドが総指揮官に選ばれた。ブランドに伴って、風変わりな二人の相談役もやって来た。ひとりは年老いてはいるが頑健で、アンガラク人の諸王国に関する知識まで披露する男。そしてもうひとりは、額の生えぎわにひとふさの白髪があり、振る舞いは高慢だが、目鼻立ちの端整な女だった。ブランドはこの二人の言葉に耳を傾け、並々ならぬ敬意を表した。
 四八七五年の晩春、カル=トラクは包囲を解き、依然としてアルガリアの騎馬戦士に追われたまま、海を目指して西に向かった。アンガラク人の軍勢は山地に入ったところで、闇夜にまぎれてほら穴から抜け出したウルゴ人に眠っているところを情け容赦なく虐殺された。だが、それでもカル=トラクの軍勢は数えきれぬほど残っていた。小休止して再編成をすませ免疫系統たトラクの軍勢は、行く手にあるものすべてを破壊しながら、ボー・ミンブルの町めざしてアレンド川の谷を下っていった。初夏、アンガラク人はボー・ミンブルの町に攻撃を加えるべく、軍団を配備した。

 戦いの三日目、ホルンが三たび鳴りひびいた。するとボー・ミンブルの門が開き、中からミンブレイト人の騎士団が突撃してアンガラクの軍勢を攻撃し、蹄鉄をつけた騎士団の軍馬のひづめが生者と死者をともども踏みつけた。左手からはアルガー人の騎馬隊とドラスニア人の槍兵、それに仮面をつけたウルゴ人の不正規軍が現われた。さらに、右手からはチェレク人の狂戦士とトルネドラ人の軍団が。
 三方から攻撃を受けたカル=トラクは、予備軍を出動させた。とその時、灰色の服を着たリヴァ人、センダー人、アストゥリア人の射手がカル=トラクの軍勢の背後から襲いかかった。アンガラク人は収穫期の小麦のようになぎ倒され、あわてふためいた。
 時を同じくして〈裏切り者〉の魔術師ゼダーは、まだカル=トラクが閉じこもったままの、不吉な鉄の天幕に急いで入っていった。そしてかれは〈呪われた者〉に向かって言った。「主よ、敵が膨大な人数であなたを取り囲んでおります。そうです、ネズミ色のリヴァ人までがあなたの御力に挑戦しようと大勢でやってきているのです」
 カル=トラクは激怒して立ち上がり、言った。「わしが出向こう。わしの物たる宝石クトラグ・ヤスカのにせ番人たちめ。この姿を見て恐れをなすであろう。わしの王たちを連れてまいれ」
「偉大なる主よ」ゼダーは答えた。「あなたの王たちはもうおりません。戦場で命をおとしたのです。グロリム人の僧侶も多くが同じ目にあっております」
 これを聞いたカル=トラクは怒りをますますつのらせ、右の目と左の空《うつろ》の眼孔から炎が飛び散った。かれは下僕に命じて手のない一方の腕に盾をくくりつけさせ、恐ろしげな黒い剣を取り上げて戦場に向かった。
 やがてリヴァ人の群れの中から名乗りがあがった。「ベラーの御名においてきさまに挑もうぞ、トラク。アルダーの御名において、真っ向からきさまに怨みをぶちまけてくれる。これ以上血は流すまい。わたしがきさまと渡り合い、わたしはブランド、〈リヴァの番人〉だ。さあ、剣を交えよ、さもなくばおぞましききさまの軍勢を連れ去り、二度と西部の王国に攻め入るな」
 カル=トラクは軍勢の中から歩み出て叫んだ。「死すべき肉体でありながら、わざわざ〈世界の王〉に戦いを挑むやつはどこのどいつだ? しかと見よ、わしはトラク、王の中の王、神の中の神ぞ。この騒々しいリヴァ人などひねりつぶしてくれるわ。わしに歯向かう者は滅び、しこうしてクトラグ・ヤスカはふたたびわしの掌中に収まるであろう」
 ブランドは前に進み出た。手には巨大な剣と布でおおわれた盾を持っている。かたわらには灰色の狼が歩を合わせ、頭上には雪のように白いふくろうが舞っている。「わたしがブランドだ。汚らわしい不具者のトラクよ、きさまと一戦交えようぞ」
 トラクは狼を見て言った。「立ち去れ、ベルガラス。命が惜しくば、消え失せよ」それからふくろうに向かって、「誓って父親を見捨てるのだ、ポルガラ。そしてわしをあがめよ。わしはそなたをめとり、〈世界の女王〉にしてやる所存である」
 だが狼は挑戦の遠吠えを響かせ、ふくろうも軽蔑の金切り声をあげた。
 トラクは剣を持ち上げると、ブランドの盾めがけて切りつけた。ふたりは何度も何度も激しく剣を交わしながら、長いあいだ火花を散らしていた。やがて、近くでこの熾烈な闘いを見守っていた人々は、思わず息を呑んだ。トラクの怒りがしだいに激しくなり、かれの剣がブランドの盾をめった打ちにすると、ついに〈番人〉は〈呪われた者〉の猛威にしりごみしはじめたのだ。とその時、狼が吠え、それに合わせてふくろうも鳴き声をあげた。するとブランドの力がよみがえったのである。
〈リヴァの番人〉が一瞬の動作で盾のおおいを剥ぐと、その中央に子供の心臓ほどの丸い宝石が浮かびあがった。トラクが見つめていると、宝石はしだいに光を放ち、燃えあがった。〈呪われた者〉はあとずさった。そしてトラクは盾と剣を落とし、石の恐ろしい炎をさえぎろうとして両腕を顔の前にかざした。